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松本俊彦 「身近な薬物のはなし」

第2回 アルコール(1) ストロング系チューハイというモンスタードリンク

【連載】松本俊彦「身近な薬物のはなし」(2) 

ストロング系チューハイへの警鐘

 2019年の大晦日の夜――まさにコロナ禍前夜――のことです。私は、ネットサーフィン中に偶然目に入ったある記事に目が釘付けになりました。

 それは、「ストロング系チューハイ裏話。国のいじめに酒造メーカーブチ切れ」1というタイトルの、わが国の酒税方式を批判する記事でした。内容を要約すると、次のようになります。

 「わが国では、ビールはアルコール度数が低いわりに課税率が高い。その高い税率を逃れるべく安価な発泡酒が登場したのだが、その発泡酒が売れると、今度はそれに高い税を課す。その『税収ありき』の一念によるイタチごっこが、酒造メーカーを追い詰め、結果的に、あたかもジュースに高濃度合成アルコールを添加したような、恐ろしく安価なモンスタードリンクを作り出させてしまったのだ……」

 私は思わず膝を打ちました。

 「なるほど、そういう背景があったのか!」

 それまでも、診察室でたくさんのストロング系チューハイ(以下、ストロング系)被害者に出会ってきました。そうした被害は、苦さや辛さといった、酒類独特のクセのある味が苦手で、当然ながらまださほど飲酒習慣のない――言い換えれば、まだ「酒の飲み方を知らない」――若者に多く発生していました。彼らは、「シュワシュワしてて飲みやすい」と勢いよく喉に流し込み、2缶、3缶と飲み干した結果、予期せぬひどい酩酊状態に我を失うわけです。歓楽街で屈強な男相手に乱闘におよんだり、痴話喧嘩でベランダから身を乗り出して「死んでやる!」騒ぎを起こしたり、あるいは、半裸のまま路上で気を失って朝を迎えたり……。

 私は、少なくない患者からこうした失態の話を聞かされるつけ、生半可な違法薬物よりもこっちの方がはるかに有害ではないかと感じていました。

 実際、ある患者はいみじくもこう語っていました。

 「確かにあれはマジやばいです。『飲む危険ドラッグ』ですよ」

 それなのに、コンビニでは、この種のアルコール飲料が陳列台のかなりの領域を占拠し、整列して軍威を誇示する兵士さながらずらりと並んでいるわけです。

 「この機会にストロング系の怖さを多くの人に知ってもらうべきだ」

 そう考えて、私は記事を自身のFacebook上でシェアしました――次のような文章で始まるコメントをつけて。

 「ストロングZEROは危険ドラッグとして規制対象とすべきです……」

 驚いたことに、投稿直後からたくさんの人が私のタイムラインを訪れ、ひっきりなしにその投稿に「いいね!」を押していきました。そしてまたたく間に、「いいね!」の数はそれまで見たことのないような数に膨れ上がっていったのです。のみならず、私の投稿は次々に見知らぬ人たちによってシェアされていき、その数は、小一時間ほどのあいだに4桁台へと迫る勢いでした。

 「これってもしかして、『バズる』という現象?」

 呆然とパソコンのディスプレイを眺めていた私は、急に怖くなって思わずブラウザを閉じてしまいました。

 完全に想定外でした。後日、知人から教えられたところによると、私の投稿は「スクショ」され、その写真(写真1)が添付された状態でTwitter(現、X)上でも続々と拡散されていき、どうやら正月休み明けまでその動きが止まらなかったそうです。

写真1 筆者によるfacebookの投稿(2019年12月31日)

 事実、正月休みが明けて職場に出勤すると、各種メディアから取材依頼で研究室の電話は鳴りっぱなしの状態となりました。さすがに私も慌てました。というのも、特定の商品名を出したことで、企業から苦情、いや、それどころか、誹謗中傷や名誉毀損の咎で訴えられる不安に襲われたからです(なお、本稿執筆時点で、あれから4年あまりを経過していますが、現時点まで私は提訴されずにすんでいます。酒造メーカーの寛大さに感謝いたします)。

 いま振り返って思うに、私の投稿がかくも異例のバズり方をしたのは、当時、すでに多くの人が薄々ながらも同じ危機感を抱いていたからなのだと思います。

ストロング系とは?

 知らない方のために、ここでストロング系について説明しておきましょう。

 正式な定義があるわけではないのですが、いわゆるストロング系=ストロング系チューハイとは、一般にアルコール度数7〜9%の蒸留酒――実際には焼酎ではなく、多くはウォッカ、それも何度も蒸留をくりかえしたクリアウォッカです――をベースにした、発泡性アルコール飲料を指します。この「ストロング」という言葉、もともとは一商品の名称からとったものでしたが、その商品がスーパーやコンビニの大定番商品となり、他メーカーも追随する商品を発売し始めるにおよんで、もはや一商品の固有名であることを超え、類似商品全般を指し示す、いわば普通名詞として人口に膾炙するようになりました。

 2017年末には、SNS上に「#ストロングゼロ文学」が忽然とあらわれ、多くの人々がそのハッシュタグをつけて、自分なりの「ストロング系のある風景」を文学パロディ調の文章にしてツイートするようになりました。この動きはちょっとした話題になり、NHKの報道番組『ニュースウォッチ9』でとりあげられたほどです。

 その一連のツイートは、自身がストロング系を痛飲する風景を自虐的に語る、というスタイルをとっていて、描かれる風景はきまって、華やかなパーティではなく、ただ酔うためだけに飲む「男のぼっち酒」です。それでも、味わい深い表現は散見されていて、たとえばストロング系を、「飲む福祉」「貧者の麻薬」「虚無の酒」「孤独を枕に飲む酒」と呼ぶあたり、なかなか悪くない諧謔センスです。孤独な深夜、片手にストロング系のロング缶、もう一方の片手にスマホを握りしめ、こうした言葉をツイートしている姿、考えようによっては、「酒一斗飲めば詩を百編作る」の李白に一脈通じるところがあるのかもしれません。

 しかし、SNSの世界とは打って変わって、私が臨床現場で遭遇するストロング系愛飲患者は、なぜか若い女性が多いのです。ダイエット中の人にも優しい、「糖質・プリン体ゼロ」の飲み物だからなのでしょうか? それはわかりませんが、彼女たちの多くは、パートナーのモラハラや上司のパワハラ・セクハラに悩み、そうした日々のしんどい現実と折り合いをつけるため、あるいは、時々わきおこるつらい感情を紛らわせるために、ストロング系を飲むのです。さながらそれは、脳を麻痺させ、人為的無痛状態をもたらす、安価な麻酔薬といった感じです。

 そのようなストロング系の飲まれ方・・・・は、小説家金原ひとみさんの短編小説『ストロングゼロ』(『新潮』2019年1月号: 金原ひとみ短編集『アンソーシャル ディスタンス』所収)において見事に描写されています。

 「朝起きてまずストロングを飲み干す。化粧をしながら二本目のストロングを嗜む……(中略)……昼はコンビニで済ませてしまうか、セナちゃんや他の同僚と社食や外食に行き、食事中あるいは戻る前にビールかストロングを飲む」

 「もう一本ストロングを飲んでから出社しようとコンビニに寄って気がついた。冷凍コーナーに並ぶアイスコーヒー用の氷入りカップにストロングを入れれば、会社内でも堂々とお酒が飲める。こんな画期的なアイディアを思いつくなんて、私はすごい」

 明らかにアルコール依存症患者の飲酒パターンです。ここでもやはりストロング系は、誰かと楽しいひとときを共有するための嗜好品ではなく、つらい現実やつらい感情と折り合いをつけ、人生を無痛化するための「クスリ」として描かれています。

 必ずしもストロング系愛好家女性のすべてがこんな飲み方をしているわけではないはずですが、動機や背景はさておき、ストロング系が女性顧客の獲得に成功したのは確かだと思います。

 近年、高齢化に伴って習慣的飲酒者数は年々減少傾向にあり、それに伴って国民のアルコール消費量は減少しています。厚生労働省による飲酒習慣者の年次推移(性・年齢階級別)によれば、成人1人あたりのアルコール消費量は、1992年度の101.8Lをピークにして、以後、緩やかに減少傾向を示し、2019年度には78.2Lとなっています。

 しかし現実には、人々の飲酒量は二極化していると考えるべきでしょう。というのも、若年男性のアルコール離れが進み、習慣飲酒者の減少が顕著である一方で(図1)、女性の習慣飲酒者については、ほぼすべての年代で増加傾向を示しているからです(図2)。さらに、女性の習慣飲酒者が増えるのに伴ってビールの販売量が顕著に減少し、逆にリキュール類(ストロング系はここに含まれます)の販売量が増えています(図3)

 私自身の周囲を見わたしても、そのことは実感できます。一例を挙げれば、宴会や食事会の席で、乾杯のための最初の一杯のオーダーがとても煩雑になりました。私のような昭和生まれの世代は、「最初はとりあえずビールでいいよね?」と問答無用で人数分のビールを注文したものですが、最近はそれが通用しなくなりました。若い世代、特に女性では、「ビールの苦い味がダメ」という人がずいぶんと増えたからです。そのような女性にとって、ストロング系はまさにニーズに合致したアルコール飲料といえるでしょう。

図1 年代別習慣飲酒率(男性、平成元年-令和元年)
厚生労働省 アルコール情報ページ「飲酒習慣者の年次推移(性・年齢階級別)」

図2 年代別習慣飲酒率(女性、平成元年-令和元年)
厚生労働省 アルコール情報ページ「飲酒習慣者の年次推移(性・年齢階級別)」

図3 酒類販売数量の推移
国税庁関税部酒税課「酒のしおり(令和3年3月)」2021
 

なぜストロング系は危ないのか?

 ここで、なぜストロング系が危ないのかについて考えてみましょう。

 最初に挙げるべき理由は、やはりアルコール度数の高さです。しかし、これは発売後のマイナーチェンジによるものです。一連のストロング系人気の先鞭をつけた『ストロングゼロ』(サントリー)も、2009年の発売当初は、「何がどうストロングなのか」が判然としない、いささか名前負けした商品でした。当時、同商品のアルコール度数は8%――これは、1984年発売の『タカラcanチューハイ』(宝酒造: アルコール度数8%)と同じです――であり、また、同商品が採用した凍結粉砕法――果汁搾汁後ただちに凍結し、ウォッカに混ぜる際に粉砕して、フレッシュな果実感を出す手法――についても、すでに『氷結』(キリン: アルコール度数7%[発売時, 現在は5%]、2001年発売)という先行商品がありました。

 臨床現場でストロング系被害と頻繁に遭遇するようになったのは、2010年代前半にわが国を席捲した「危険ドラッグ禍」の鎮静した後からでした。実は、ちょうどその時期にマイナーチェンジが行なわれたのです。2014年のことです。サントリーが『ストロングゼロ ダブルレモン』のアルコール度数を9%に引き上げたのでした。

 もっとも、こういうと、「わずか1%分のアルコール濃度上昇で、酩酊状態にそこまで影響するのか?」と訝しく思う人がいるでしょう。それどころか、そもそも9%というアルコール度数がそこまで大騒ぎする数字なのか、と疑問を抱く人も少なくないはずです。それはその通りです。そのアルコール度数、確かにビールよりは高いとはいえ、ワインや日本酒に比べればはるかに低いわけですから。

 おそらく考慮すべきなのは、アルコールの摂取速度なのでしょう。ストロング系の厄介さは、比較的アルコール度数が高いことに加えて、あたかも清涼飲料を飲むようなペースで喉に流し込むといった飲み方をされやすい、という点にあるように思います。あるいは、発泡性の飲み物であることに加えて、「ダブルレモン」という強烈な柑橘系の味つけが酒類ならではの味覚的なクセをかき消し、そのような飲み方を可能にしているのかもしれません。実際、ストロング系商品には、350ml缶と500ml缶の2種類が用意されていますが、どうやら愛飲者の多くは500ml缶をデフォルトと考えている節があります。しかも、その500ml缶を2~3本、それこそビール並みか、もしくはそれ以上のペースで飲むわけです。

 ストロング系に含まれる純アルコール量の多さには注意すべきです。純アルコール量はアルコール度数/100×量×0.8(比重)で算出されますが、この計算式によると、9%のストロング系350ml缶1本に含まれる純アルコールは約25g、500ml缶1本だと36gとなります。一般にアルコールの害を最小化するとされる飲酒量(適正飲酒量)は、1日あたりの摂取純アルコール量に換算して20g(日本酒1合相当)以下といわれており、逆に、1日あたりの摂取純アルコール量60g以上の人は、厚生労働省が定義する「多量飲酒者」に該当し、アルコールに起因する内科疾患や依存症のハイリスク者とされています。したがって、ストロング系を1日あたり1L飲む人ならば、毎日純アルコール量にして72gを摂取している計算となり、余裕で多量飲酒者の仲間入りというわけです。

なぜストロング系は愛されるのか?

 その味については賛否両論ありますが、ストロング系の最大の魅力はなんといっても価格です。スーパーでは、350ml缶1本が100円以下の価格――「水」より安い!――で安売りされている光景をまれならず見かけます。

 この低価格を実現できた理由が、冒頭で紹介したネット記事の内容、つまり、わが国独特の「酒税方式の闇」なのです。わが国の酒税は、アルコール度数が最も低いビールで課税率が高く、他方で、アルコール度数が高く、それゆえに健康被害を引き起こすリスクがより高い、ワインや日本酒リキュール類においては、なぜか課税率が低く設定されています。これは、健康増進法を根拠に年々課税率が高くされているタバコと比較すると、矛盾しているというか、まったく別のロジックによる課税です。結果的に、本来、健康被害の相対的少なさゆえに最も庶民的飲料となるべきはずのビールが、なぜか割高な贅沢品となっていたわけです。

 1990年代、この状況に果敢に挑み、見事、一矢報いたのが、酒造メーカー各社が競うようにして開発したビール風味発泡酒=低価格・節税ビールでした。しかし、これが人気を集めて大いに売れ出すと、「税収ありき」の発想から、国は酒税法を改正して発泡酒の価格面でのメリットを減じてしまいました。酒造メーカーの商品開発担当者は、さぞや忸怩たる思いだったでしょう。低価格を実現すべく、持てる技術を注いで努力を重ね、やっと成功したと思いきや、突然、国から「梯子を外され」てしまったわけですから(なお、2026年以降は、この酒類ごとの税格差は解消される方向性となっています)。

 このような状況における苦肉の計がストロング系だったわけです。麦芽を使わない、チューハイなどの発泡性酒類は、課税率の低いリキュール類に分類され、なかでも特に税率が低いのが「アルコール度数10%未満」の商品です。そこで、その基準ギリギリのアルコール度数に狙いを照準して、「安くてすぐに酔える」モンスタードリンクの誕生とあいなったわけです。

 9%ストロング系の登場は、依存症臨床の風景を一変させました。かつて重症のアルコール依存症患者が飲むものといえば、「俺とおまえと大五郎」というキャッチコピー――こちらは、ストロング系の一人称的世界観とは異なり、二人称的です――で知られる『大五郎』などの甲類焼酎(連続式蒸留焼酎)と相場は決まっていました。ところが、いまやそのポジションはストロング系にとって替わられ、アルコール依存症患者の多くがストロング系を愛飲しています。

 ちなみに、ストロング系と甲類焼酎とのあいだには2つの共通点があります。1つは、いずれも安上がりにすぐ酔える、つまり、「酔いのコスパ(コストパフォーマンス)とタイパ(タイムパフォーマンス)」がきわめて高い、ということです。アルコールで仕事を失い、経済的に追い詰められ、しかも忘れたいことをたくさん抱えている人が飛びつくのは無理もありません。

 そしてもう1つは、嘔気を覚えずに飲めることです。アルコールによる肝障害が進行し、腸管浮腫や腹水貯留を呈する状態になると、日本酒やワインのような醸造酒は匂いを嗅いだだけで嘔気に襲われ、とてもじゃないが飲めない、あるいは、飲んでもすぐに吐いてしまいます。といって飲まなければ、今度は、玉のような汗が噴き出して手が震えるなど、アルコールの離脱症状が出現し、それはそれでもっと苦しいわけです。

 ところが、ストロング系や甲類焼酎ならば、そこまで強い嘔気を覚えずに飲めてしまうようです。いずれも含有されるアルコール成分は、何度も蒸留をくりかえし、原材料の持つ風味や雑味を消してほとんど薬品に近くなった、ピュアなエチルアルコールです。これならば、するすると喉を通っていきます。要するに、いずれも、酒を受けつけないほど体調が悪化した人でも飲めてしまう、という意味では、皮肉にも「死期を早める飲み物」「黄泉の国への快速切符」ともいえます。

アルコールによる健康被害

 吉岡らの研究グループ2は、わが国におけるストロング系愛飲者の特徴を明らかにしています。彼らによれば、日本人の習慣的飲酒者のうち、半数以上がストロング系を愛飲していた経験があり、さらに、ストロング系を愛飲していた者は、そうでない者に比べて危険かつ有害なアルコール使用(要するに、問題ある飲酒ということです)をしていた者が多かったそうです。

 しかし、ストロング系だけを狙い撃ちして、「ストロング系、『ダメ。ゼッタイ。』」と声を張り上げるのは、公平さを欠いています。というのも、なるほど、ストロング系は「酔いのコスパとタイパ」が傑出しているものの、弊害をもたらす原因は、結局のところ、エチルアルコールだからです。その意味で、ストロング系の危険性とは、要するにすべてのアルコール飲料の危険性なのです。

 ここで強調しておきたいのは、アルコールはある意味で非常に有害な薬物である、ということです。なるほど、依存性という点では他にも有害な薬物はいくらでもあります。しかし、肝臓や膵臓、あるいは心臓・血管系、中枢神経系への医学的障害という軸で見てみると、アルコールは、あらゆる違法な薬物をしのいで、「最悪の薬物」ということができます。

 そのことは、様々な統計でも確認できます。世界保健機関(WHO)の「アルコールと健康に関する報告書2018年版」3によると、2016年には、アルコールの有害な使用(有害な使用とは、「問題ある飲酒」と同義に考えてください)により、世界で約300万人(全死亡者の5.3%に相当)が死亡しています。同報告書は、その死亡率は、結核、HIV/AIDS、糖尿病よりも高く、感染症以外の死因――消化器疾患、心臓血管系疾患、がんなど――による死亡にも、アルコールの有害な使用が直接的もしくは間接的に影響している、と指摘しています。

 それから、アルコールは自殺行動に無視できない影響を与えます。前出のWHOの報告書でも、アルコールの有害使用が関係する自殺死亡者は世界中で約15万人いると推計されており、アルコール依存症がうつ病とならぶ自殺リスクの高い精神疾患であることが強調されています。

 デ・レオとエヴァンス4は、アルコールが自殺行動に与える影響について、次の3つの経路を指摘しています。第1に、すでに存在する精神疾患を悪化させます。習慣的な大酒はうつ病を悪化させ、また、抗うつ薬による薬物療法の効果を減じ、うつ病の難治化・慢性化に影響を与えます。第2に、心理社会的状況を悪化させます。これは、勤務中の飲酒や酩酊時の暴力、飲酒運転などにより、失職や逮捕・服役、離婚を余儀なくされ、社会的に孤立することが関係しています。そして最後に、アルコールの直接的な薬理作用による衝動性亢進です。アルコールには、酩酊によって衝動性を亢進させ、死や痛みに対する恐怖感を減弱させて、自殺行動を促進する作用があります。また、アルコール酩酊は、自殺者特有の心理である「心理的視野狭窄」(「この苦痛を解決するには死ぬ以外手がない」という思い込み)をいっそう強め、自殺行動へのハードルをさらに下げてしまうのです。

 アルコールによる他者・社会への害

 飲酒者自身の健康被害以上に深刻なのは、他者や社会に対する弊害です。それについては非常に興味深い研究があるのですが、その研究を紹介する前に、まずは、同研究プロジェクトのリーダーであるデイヴィッド・ナット博士のことを紹介させてください。

 彼は、英国の著名な精神科医にして精神薬理学者であり、かつて英国薬物乱用諮問委員会の会長も務めていました。しかし、かねてより「違法薬物よりもアルコールの方が有害」5と主張していたことで、政府の不興を買っていました。そして2009年、彼は、「MDMAは乗馬よりも健康被害が少ない」6とする論文を発表しました。その論文は当時の英国内務大臣の逆鱗に触れ、これを契機に彼の薬物政策への態度、発言が政府からの批判に曝されることとなって、最終的に彼は、英国薬物乱用諮問委員会会長を解任されてしまったのです。

 この一件ははからずも薬物規制の「闇」を露呈する結果となりました。すでに前回も述べたように、薬物の合法/違法の区別には医学的根拠は存在せず、あくまでも政治的事情によって決められています。さらに、そのような規制の矛盾を突くような研究をすると、政府の不興を買うばかりか、研究者としての立場を失いかねないのです。乱用薬物には違法薬物はもちろん、嗜好品や医薬品も含まれていて、それぞれにステークホルダー――政府の捜査・取締機関、アルコール・タバコ産業や製薬企業など――が存在し、忌憚ない発言は高い確率で彼らを立腹させます。ここであえてナット博士の紹介に紙幅を費やした理由は、こうした裏事情を読者に知っておいてほしいからです。

 話を戻しましょう。要職を解かれた後、ナット博士は怯むことなく、ますます元気に自身の研究を発展させていきました。彼は、政府の薬物規制が科学的根拠なしに恣意的に決定されている事態に異を唱え、翌2010年に、政府の干渉なしに薬物の害を検討する団体『薬物に関する独立科学評議会』を設立しました。そして、同評議会のメンバー(依存症の研究者や専門医など)とともに、使用者本人への健康被害9項目、暴力や交通事故などの他者や社会に対する弊害7項目、併せて16項目の多次元的評価基準を用いて、アルコールやタバコを含む様々な薬物の害をスコアリングしたわけです。それが、私が「興味深い」といった研究7なのです。

 その研究の最も重要な成果をまとめたものが図4です。確かに、依存症罹患といった、使用者本人に対する害は、クラックコカインやヘロイン、メタンフェタミン(覚醒剤)の方が高得点を示していますが、他者や社会への害に関しては、アルコールが単独で突出しています。さらに、使用者本人への害と他者・社会への害を総合すると、最も有害な依存性薬物は誰がどう見てもアルコールであることがわかります。ちなみに、この「薬物有害性リスト」は、発表から15年近くを経た現在でも、世界中の研究者によって頻繁に引用され続けています。

 

図4 各依存性薬物における「使用者への有害性」と「他者への有害性」、ならびに、その総合スコア
(Nutt, D.J., King, L.A., Phillips, L.D., et al.: Drug harms in the UK: a multicriteria decision analysis. Lancet 376(9752):1558-1565, 2010)

 

 確かに、アルコールがもたらす他者・社会への害は深刻です。その弊害は大きく2つに整理できます。1つが飲酒運転です。海外の研究によると、飲酒運転検挙者の60%あまりがアルコール依存症への罹患が強く疑われる状態にあり、依存症の治療をしなければ、いくら刑事罰を与えても再犯を防止できないといわれています8。そしてもう1つが暴力です。国際的研究の系統的レビューによれば、傷害および殺人事件の40~60%、強姦事件の30~70%、ドメスティック・バイオレンス事件の40~80%に加害者のアルコール酩酊が関係するといわれています9。前出のWHOの報告書でも、アルコールの有害な使用が関連する交通事故死亡者数は約37万人、ならびに、暴力による死亡者数については約9万人と推測されています。

 こう考えてみると、アルコールという、かくも有害な薬物がなぜ規制されずに野放しとなってきたのか、いささか疑問に感じられてこないでしょうか? おそらくアルコールは人類とのつきあいの歴史が古く、あまりにも社会に広く浸透しているせいで、いまさら規制することが困難なのでしょう。しかし、もしも人類がアルコールと出会ったのがもっと最近であったならば、まちがいなくどの国、どの社会においても、アルコールは違法薬物として規制対象とされたはずです。

 とはいえ、私たち人類はまったく何もしてこなかったわけではありません。次回は、人類とアルコールとの戦いの歴史、すなわち、規制をめぐる試行錯誤の歴史を振り返ってみましょう。

  

引用文献

1. くられ『アリエナイ科学メルマ』: ストロング系チューハイ裏話。国のいじめに酒造メーカーブチ切れ. MAG2NEWS. 2019年10月20日記事. https://www.mag2.com/p/news/420186

2. Yoshioka T, So R, Takayama A, et al: Strong chū-hai, a Japanese ready-to-drink high-alcohol-content beverage, and hazardous alcohol use: A nationwide cross-sectional study. Alcohol Clin Exp Res 47(2): 285-295,2023.

3. World Health Organization (WHO): Global status report on alcohol and health 2018. https://www.who.int/publications/i/item/9789241565639

4. De Leo, D., and Evans, R.: Chapter 10: The impact of substance abuse policies on suicide mortality, In: (De Leo D, Evans R) International Suicide Rates and Prevention Strategies, pp.101-112, Hogrefe & Huber, Cambridge, 2004.

5. Nutt、DJ, King, L.A., Saulsbury, W., Blakemore, C.: Development of a rational scale to assess the harm of drugs of potential misuse. Lancet 369(9566): 1047-1053, 2007.

6. Nutt, D.J.: Equasy: An overlooked addiction with implications for the current debate on drug harms. J Psychopharmacol. 23: 3-5, 2009.

7. Nutt, D.J., King, L.A., Phillips, L.D., et al.: Drug harms in the UK: a multicriteria decision analysis. Lancet 376(9752):1558-1565, 2010.

8. Lapham SC, C'de Baca J, McMillan G et al.: Accuracy of alcohol diagnosis among DWI offenders referred for screening. Drug Alcohol Depend 76:135-141, 2004.

9. Johns, A.: Substance misuse: A primary risk and a major problem of comorbidity. International Review of Psychiatry 9: 2-3, 1997.

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著者略歴

  1. 松本 俊彦

    精神科医。国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 薬物依存研究部 部長/同センター病院 薬物依存症センター センター長。1993年佐賀医科大学卒。横浜市立大学医学部附属病院精神科、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所司法精神医学研究部、同研究所自殺予防総合対策センターなどを経て、2015年より現職。第7回 日本アルコール・アディクション医学会柳田知司賞、日本アルコール・アディクション医学会理事。著書に『自傷行為の理解と援助』(日本評論社 2009)、『もしも「死にたい」と言われたら』(中外医学社 2015)、『薬物依存症』(ちくま新書 2018)、『誰がために医師はいる』(第70回日本エッセイスト・クラブ賞、みすず書房 2021)他多数。訳書にターナー『自傷からの回復』(監修、みすず書房 2009)、カンツィアン他『人はなぜ依存症になるのか』(星和書店 2013)、フィッシャー『依存症と人類』(監訳、みすず書房 2023)他多数。

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