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『科学』2025年8月号 特集「暑くてたまらない──「1.5℃超え」の世界を生きる」|巻頭エッセイ「脅して行動変容を促すのは強盗と同じ」沖 大幹

◇目次◇ 
【特集】暑くてたまらない──「1.5℃超え」の世界を生きる
「1.5℃超え」の世界をどう生きるか……江守正多
地球温暖化はすでに+1.5℃を超えたか?……渡部雅浩
適応策とはなにか……肱岡靖明
農業における気候変動適応策……櫻井 玄
気候変動に対して日本の水産業・食文化はどう対応するか──漁業現場,行政から消費者まで……木所英昭
暑さを克服する──スポーツ現場におけるジレンマと工夫……細川由梨
気候変動下における熱中症──その現状と対策,研究事例……岡 和孝
気候変動下における洪水対策の考え方……風間 聡
自然に根差した気候変動対策──グリーンインフラ・NbSの有効性と課題……西廣 淳
深刻化する渇水リスクを「予測」し「備える」──渇水対応タイムラインの策定と活用に向けて……真砂佳史

弥生時代前期土器の拡散過程を三次元の「かたち」から考える……野下浩司
クレオール言語はいつできるのか?──進化ゲーム理論からのアプローチ……中野来喜・大槻 久

[巻頭エッセイ]
脅して行動変容を促すのは強盗と同じ……沖 大幹

[連載]
夜の教室からリュウグウへ──定時制高校科学部の挑戦6(最終回)
『宙わたる教室』がもたらしたもの……伊与原 新
広辞苑を3倍楽しむ120 虎視眈眈……小林知里
17~18世紀英国の数学愛好家たち3 アラビア数字と数的素養……三浦伸夫
野球の認知脳科学4 「視力」はややこしい……柏野牧夫
ウイルス学130年の歩み2 根絶されたウイルス:天然痘ウイルス……山内一也
3.11以後の科学リテラシー151……牧野淳一郎

[科学通信]
地球規模で淡水生物の危機を評価する──4分の1が絶滅危機にあるという結論を得るまで……谷口義則
永遠のたまご肌!? ウーパールーパーの皮膚の秘密を解き明かす……大蘆彩夏・佐藤 伸

次号予告

目次画像クレジット:NASA/NOAA
表紙デザイン=佐藤篤司
 

◇巻頭エッセイ◇
脅して行動変容を促すのは強盗と同じ
沖 大幹(おき たいかん 東京大学大学院工学系研究科) 
 

 暑い。2024年における地球の平均気温は産業革命以前に比べて1.55 ℃の上昇となり,過去最高を記録した。日本全国で10万人近くが熱中症の疑いで救急搬送され,2000人以上が命を落とした。大気中の温室効果ガスの濃度上昇なしにはこの気温上昇や気候の変化,そしてそれらに伴う熱波や風水害といった自然災害の頻度増大は科学的に説明できない。温室効果ガスの濃度上昇は化石燃料の燃焼や,森林伐採など土地利用の改変といった人間活動の結果である。もし仮に今すぐに人為起源の温室効果ガスの増大を停止できたとしても,海洋や氷床などが現在の温室効果ガス濃度や気温と平衡していないため,温暖化はしばらく続き,海洋表層の水温上昇や氷床の融解によって海面は上昇し続ける。まして,このまま温室効果ガスの排出を続けていれば,地球の平均気温は3 ℃以上も上昇し,変化に十分対応できない脆弱な地域社会は大きな困難に直面する。

 そうした困難を避けるために温室効果ガスの排出削減が有効なのは自然科学的には自明である。しかし,現在の我々の排出削減への努力は,温度上昇を2 ℃以内に抑えるというパリ協定での合意の実現にはまったく不十分である。いったいなぜなのだろうか。

 気候変動による悪影響の深刻さが十分に理解されていないからだとして,温暖化の進行に伴って可能性が増すと想定される大西洋子午面循環の停止やアマゾン川流域の熱帯雨林の草原化といった天変地異の恐ろしさを伝えれば良いという考え方が僕の知り合いには根強い。しかし皮肉なことに,気候変動がもたらす悲惨な将来の話は小学生の頃からずっと聞かされており,温暖化した未来を想像すると暗澹たる気持ちになるのであまり考えたくないという学生が周囲には多い。怖がらせすぎるのはむしろ逆効果だし,脅して他人を意のままに動かそうとするのは強盗と同じである。

 誰にでもわかるように伝えればみんな重要性を理解し気候変動対策が進むはずだ,というのは典型的な欠如モデルである。そもそも,理解したからといってどの程度の優先順位でどの程度の対策を講じるかは受け手のリスク認知次第である。自然災害のように確率的な現象や,原因と結果の時間的な隔たりが大きい場合には我々は因果関係を認識しにくい。さらに気候変動の場合には,今のところ致死性が高くないので恐ろしさを感じにくく,広く問題が知られるようになって未知性もなくなりリスク認知が下がっているのかもしれない。

 一方で,正常化バイアスに加えて現状維持バイアスにより現状の社会システムや生活を変えたくなくて気候変動は虚構であると思いたがっている人が実はまだまだ多いのかもしれない。あるいは,気候変動対策に必要な追加的投資がそれによって削減できる悪影響よりも多く,温暖化はむしろ望ましいと想定する人や,現状の技術では社会的な受容性が低いとか,もう少し技術革新が進み費用効率が向上してから対策した方が得だと考えている人が多いのかもしれない。

 なぜ気候変動対策は進まないのかについての研究も求められている。

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