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山本貴光 岩波文庫百話

第3話 文学(黄・緑・赤)の分類

 創刊の辞に「古今東西のあらゆる古典及び、価値高き良書を網羅」すると掲げて、1927年に出発した岩波文庫は、実際のところどのような本を収めてきたのだろう。百年で六千余点にのぼるというその全貌を見渡す手がかりとして、今回は少し大きめに、収録されている本の分野を見てみることにしよう。

 現在の岩波文庫は、帯の色によって分類されている。色は、青、黄、緑、白、赤の5種類で、これに「別冊」を加えた6カテゴリーである。説明しやすいほうから行くと、黄、緑、赤は文学方面だ。全5色のうち3色が割り当てられており、岩波文庫全体のなかでも創刊当初から大きな存在感を示している(ウェブ掲載第41話参照)。ここには詩、小説、戯曲、批評、随筆などをはじめ、広い意味での文芸作品が収められている。

 もう少し詳しく見てみると、「黄」と「緑」が日本、「赤」がそれ以外。つまり、「日本文学」(黄・緑)と「海外文学」(赤)という区別だ。こうした分け方は文学に限らず、「日本史/世界史」とか「邦画/洋画」「邦楽/洋楽」などをはじめ、お馴染みかもしれない。

 それはさておき、日本文学に割り当てられた2色は、黄が「古典」で、緑が「近代・現代」と時代で分けられている。そういえば、このような「古典」という意識や区別はいつ頃からあるものか、気になるところだがいまは措こう。黄と緑、古典と近現代文学の境界はどこにあるかといえば、おおよそ江戸と明治の境目あたりのようだ。

 というのは、緑の筆頭「緑001」の著者番号を与えられているのが仮名垣魯文(1829-94)であるところからも窺える。魯文は江戸から明治にかけて生きた人で、当時の新しいメディアである新聞の記者にして戯作者としばしば紹介される。もっとも、こんなふうに言っておいてなんだが、著者番号は、必ずしも著者の生年が早い順に割り当てられるとは限らない様子。

 岩波文庫に入っている魯文の作は、『安愚楽鍋』(小林智賀平校注、緑1-1、1967)と『西洋道中膝栗毛』(全2冊、小林智賀平校訂、緑1-2~3、1958)の2点3冊だ。細かく見ると、作品の点数をどう数えるかはなかなか厄介なのだが、ここでは岩波文庫として同じ書名のもとにまとめられたものを1点と数えることにしよう。また、例えば上下巻のように分冊になっている本は2冊と数える。すると『安愚楽鍋』は1点1冊、『西洋道中膝栗毛』は1点2冊なので、岩波文庫の仮名垣魯文は、目下のところ都合2点3冊という次第。緑全体で見ると、新しいものは20世紀のものも含まれている。

 他方で黄が割り当てられている日本文学の古典部門で最初の一冊「黄1-1」は『古事記』(幸田成友校訂、1927/倉野憲司校注、2007)である。いま、カッコ内の書誌には最初のものと最新のものだけを記した。同書には1927年刊行の本から現在流通している2007年刊行のものまで数えて4度の改版・改訂などを経て5種類ある。ただしこうした新旧版は区別せずに1点と数えておこう。

 では、赤帯はどうか。先ほど述べたように、日本文学以外の海外文学が収められている。黄=日本文学(古典)と緑=日本文学(近代・現代)では、色と部門が一対一で対応していたのに対して、赤は複数の部門から成る。大きくは「東洋文学」「ギリシア・ラテン文学」「イギリス文学」「アメリカ文学」「ドイツ文学」「フランス文学」「ロシア文学」「南北ヨーロッパ文学その他」という8つの部門だ。

 こう並べてみると分かるように、ヨーロッパ、あるいはアメリカも含めた欧米方面については分類が細かい。これらをいったんまとめるなら、赤全体は「東洋文学」「欧米文学」「ロシア文学」「その他」となろうか。このうち「欧米文学」と仮に分類した領域は、先に見たように「ギリシア・ラテン文学」「イギリス文学」「アメリカ文学」「ドイツ文学」「フランス文学」「南北ヨーロッパ文学」とさらに6部門に分かれている。ここには明治以来の日本が、西洋由来の文化を重視してきた痕跡や関心の所在が見られるようにも思う。これについては別途検討しよう。

 「欧米文学」はもっぱら国か言語で分けられているように見えるものの、実際には「ギリシア・ラテン文学」とそれ以外で大きく分かれているようだ。「ギリシア・ラテン文学」は、言うなれば「西洋古典」で、古代から中世にかけての比較的古い時代を扱っている。言語で言えば古代ギリシア語とラテン語だ。これに対して、イギリス、アメリカ、ドイツ、フランス、南北ヨーロッパの各部門は、それぞれの地域で中世以降に発達した英語、ドイツ語、フランス語などのいわゆる俗語による作品を中心にしている。先ほどの日本文学が「古典」と「近代・現代」というふうに時代で分けられていたのと似ているようでもある。

 「南北ヨーロッパその他」の内訳は次のとおり。イタリア、スペイン、ギリシャ、フィンランド、デンマーク、ノルウェイ、スウェーデン、スイス、チェコ、ハンガリー、ポーランド、ウクライナ、イディッシュなどの広くヨーロッパとくくられる地域や言語の他、中近東(アラブ、ペルシャ)、中南米(アルゼンチン、グアテマラ、キューバ、メキシコ、ペルー、チリ、カリブ)、アフリカ(南アフリカ、ナイジェリア)などの諸国や言語の作品が入っている。同じく「東洋文学」は中国、チベット、インド、アイヌ、朝鮮というラインナップである。

 とても大まかにではあるけれど、文学方面の様子を眺めてみた。総じていえば、世界各地を網羅するところまではいかないまでも、一応「世界文学」と言えそうな広がりは感じられるように思う。

(やまもと たかみつ・文筆家、ゲーム作家)

[『図書』2025年6月号より]


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