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山本貴光 岩波文庫百話

第18話 特別版もいろいろ

 岩波文庫には、いくつかの特別な版がある。ここでは区別のために、現在刊行されている岩波文庫を「通常版」、それ以外のものを「特別版」と呼んで分けておこう。特別版といっても内容は通常版と同じで、本の造りが特別という意味だ。

 折しも2025年10月に刊行が始まった「大活字版岩波文庫」は特別版の一例。すでにお手にとられた読者もあるかもしれない。通常の岩波文庫がA6判(105×148㎜)で文字のサイズが8.5ポイントのところ、今回の「大活字版」はA5判(148×210㎜)、文字サイズが約12ポイントと、その名の通り大きな文字で組まれている。これまで刊行された岩波文庫の特別版のなかでも最大の判ではないかと思う。こればかりは自分がそうなってみないと実感しづらいところだが、歳とともに小さな文字は読みづらくなり、こうした大きめの文字は大助かりなのだった。

 それ以前に比較的よく知られていたのは「ワイド版岩波文庫」だろうか。1991年に刊行が始まったもので、こちらのサイズはB6判(128×182㎜)。通常版をそのまま大きくした見た目で、手にとると柔らかさを感じる。サイズ以外の面でもいくつか通常版と違いがある。一つは表紙の上部に「ワイド版 岩波文庫」という表記があること。それから「青214‒1」といった分類番号ではなく通し番号が添えてある。また、表紙の中央やや下に鳥と植物の図があり、これは、表紙の周囲をぐるりと囲む模様から採られている。これ自体は通常版にも施されているもので、平福百穂(1877―1933)が岩波文庫のために、正倉院御物の鏡の意匠をもとにデザインした模様である。ワイド版は、2016年3月刊行の『史記列伝(五)』(小川環樹、今鷹真、福島吉彦訳)が通し番号396で、以後は刊行されていないようだ。

 さて、他にもいくつかの特別版がある。私が手にしたことのあるものを並べるとこんなふう(他にもあるかもしれない)。カッコ内は当該シリーズが最初に刊行された年。

・教科書版(1932)

・岩波版ほるぷ図書館文庫(1975)

・岩波クラシックス版(1982)

・岩波CDブックスの一部(1990)

・岩波文庫特装版 日本の詩・世界の詩(1997)

・その他の特装版

 ここではさしあたり、通常版より大きな判のものを眺めておこう。まずは「教科書版」から。これは比較的早い時期のもので、1932年というから岩波文庫の創刊から5年めに始まって1937年まで30冊が刊行されている。サイズは四六判(129×188㎜)で、本の大きさこそ先ほどの「ワイド版」に近いものの、ページを見ると組版は通常版と同じ体裁だ。つまり大きな紙の中央に通常版を印刷したようなもので、天地左右の余白がぐっと広い。

 これはなんだろうか。「教科書版」の目録によると「本叢書は、高等諸學校教科書用に供するを目標として編輯したものであるが、一般國文學研究者に取つて非常に便利な書入本となり得ると信じます」とある。書き入れをしながら読むのにも使えるというわけだ。私も本に書き込み(マルジナリア)をしながら読むので、余白が広いレイアウトは大歓迎である。「教科書版」は、『古事記』『白文萬葉集』『新訓萬葉集』『古今和歌集』『源氏物語』『枕草子』など、もっぱら国文学の書目が入っている。また、「ワイド版」と同様に通常版の分類番号ではなく通し番号が振ってある。

 それからもう一つ大きな判型のものとして、1982年から1984年にかけて刊行された「岩波クラシックス」がある。サイズは四六判でこちらは上製カヴァーつき。現在の通常版にはないスピンもついている。中身は「教科書版」よりは「ワイド版」に近い。本文の文字は10ポイント相当とのことで、通常版より少し大きめ。ハードカヴァーで白地のデザインも通常版とは違っており、一見すると岩波文庫に見えないかもしれない。刊行されたのは60冊で、1から始まる通し番号が振ってある。10番までのタイトルだけ並べればこんなふう。

 『北越雪譜』『職業としての学問』『アルプス登攀記』(上下)『ガリヴァー旅行記』『女工哀史』『自省録』『芭蕉 おくのほそ道』『歎異抄』『フランクリン自伝』

 多様な書目の選ばれている様子がお分かりになるかもしれない。

 これが刊行された1982年から翌年にかけて、岩波クラシック版に触れている記事をいくつか目にした。その一つ、『出版年鑑1983年版』(出版ニュース社、1983)は次のように報じている。

 「前年、同社では「岩波文庫」をベースに10ポイントを使い四六判に拡大した『グリム童話集』などを試作したところ、読者から「とても読みやすい」と支持を受けたため、新シリーズ発刊に踏み切ったものである」(50ページ)。

 確たることは分からないが、1981年に金田鬼一訳『完訳 グリム童話集』(全5巻)がハードカヴァーで刊行されており、同書は1979年に岩波文庫で刊行されたものを元にしているところを見ると、これが試作された本だろうか。

 また、刊行前に行われたと思われる対談で、紀田順一郎が「岩波クラシックス」を「文庫本拡大豪華版」と評しているのも見かけた。『文庫の発想 知的生活の実践』(ダイヤモンド社、1982)に掲載された座談会での発言で、「岩波クラシックス」が800円から1800円くらいで、このように単価が高めに設定できれば、これまで文庫に入らなかったものも入れてもらえはすまいかと期待も述べられている。『文庫の発想』は近ごろあまり見かけなくなったレーベルを超えた文庫のガイドブックで、いまこそこういうものが欲しい気もする。

 ついでながら、この頃の出版関連の記事を読んでいると、あちこちで「若者の活字離れ」と言われているのが目に入る。国立国会図書館デジタルコレクションで検索してみると、1976年が最も古い例だった。半世紀以上言われ続けていることだが、実際のところはどうだろう。

 今回触れられなかった特別版については、別途ご紹介するつもりである。

(やまもと たかみつ・文筆家、ゲーム作家)

[『図書』2026年1月号より]


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著者略歴

  1. 山本 貴光

    1971年生まれ。文筆家、ゲーム作家。現在、東京科学大学 未来社会創成研究院・リベラルアーツ研究教育院教授。慶應義塾大学環境情報学部卒業。著書に『文学のエコロジー』(講談社)、『世界を変えた書物』(橋本麻里編、小学館)、『マルジナリアでつかまえて』(本の雑誌社)、『記憶のデザイン』(筑摩書房)など。

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