第47話 名前はむずかしい
岩波文庫には、文学や哲学をはじめ、異言語から翻訳された本もたくさん入っている。そうした翻訳にはさまざまな苦労話や創意工夫がつきもので、興味ある話題に事欠かない。とりわけ創刊から100年近く続いている岩波文庫の場合、この1世紀のあいだに日本語そのものも姿を変えてきたという経緯もある。この文庫全体が、100年分の日本語の地層を成しているようなものだ。その様子を窺う例として、固有名に注目してみよう。名前をどう扱うかは存外厄介なのだ。
異言語の人名や地名などの名前の翻訳は、いまではたいていの場合、カタカナで音写する。そして同じ名前でもカタカナ表記が複数ありえる。私はこれを勝手に「マキャヴェリ問題」と呼んでいる。ルネサンス期イタリアの思想家、ニッコロ・マキャヴェリ(1469-1527)は『君主論』で現実主義とも評される政治論を展開したことで知られる。「マキャヴェリズム」といえば、政治での目的達成のために手段を選ばない権謀術数の代名詞だ。
そのマキャヴェリの著作は、岩波文庫では白帯と赤帯に入っている。それぞれ最新版のみを並べると、以下の4点7冊である。
・『君主論』(河島英昭訳、白003-1、1998)
・『フィレンツェ史』(上下巻、齊藤寛海訳、白003-2~003-3、2012)
・『ローマ史論』(上中下巻、大岩誠訳、白003-4~003-6、1949―1950)
・『マンドラゴラ』(大岩誠訳、赤〔無番号〕、1949)
マキャヴェリのなにが問題なのか。その名前の表記がイヤになるくらい多様なのだ。
上記の岩波文庫では、「マキアヴェㇽリ」「マキァヴェッリ」「マキアヴェッリ」の3種類がある。話が見えてきただろうか。原語での綴りはMachiavelliで、これをどんなふうにカタカナで表すかにはさまざまな仕方がある。かつてマキャヴェリの日本語訳を古いものから現代のものまで調べた際、名前の表記がいったい何種類あるのかと驚いたことがあった。
ここでは煩瑣になるので出典は省略して、さまざまな翻訳書や文献から採取した名前の表記だけを並べてみよう。先にお伝えしておくと、目が滑るのでお覚悟を。一つずつ口にしてみるのもよい。
マシェーヴェル
マキアエ゛リー
マキアヴエリ
マキアヴヱリー
マキャヴェール
マキアヴェㇽリ
マキャヴェリ
マキアヴェルリ
マキアヴェッリ
マキヤベェリ
マキヤベリー
マキャベリ
マキャヴェリ
マキアベリ
マキアヴェリ
マキアベリー
マキァヴェリー
マキァヴェリ
マキァベリ
マキアヴエル
ご覧のように、同じ表記が繰り返し出ていても見分けられないほどいろいろある。そしておそらく探せばまだあると思う。
こうした表記の多様さを眺めるだけなら、「ふーん、そうなんだ」で終わるのだが、デジタル環境で検索することを考えると、途端に無視できない問題になる。検索システムの設定にもよるが、「マキャヴェリ」の検索で「マシェーヴェル」に辿り着くのは難しい。つまり、どの表記で検索するかによって、目にできる資料が違ってくる可能性がある。これは図書館や古本のデータベースで本を探すときには注意を要する。こうした表記の可能性が念頭にないと、そもそも別の表記で検索しようと思いつかないかもしれない。
こんなふうに、固有名をカタカナで写す際のゆらぎに幅がある状態を、まことに勝手ながら「マキャヴェリ問題」と呼んでいる。このように見ると、岩波文庫で表記が3通りしかないのはかわいく思えてくる。
さて、問題の所在をお伝えするのに手間取った。岩波文庫では、訳者ごとに、あるいは版を改めたり、訳を新たにしたりする際、著者名の表記が異なっていることがある。いくつか例を並べてみよう。
・アリストテレース/アリストテレス(青604)
・エピクテートス/エピクテトス(青608)
古代ギリシア語の名前は、長音を省略する場合と省略しない場合がある。長音を省かず記せば「ソークラテース」、省けば「ソクラテス」という具合。音引きを入れるか否かでは、フランス語に次の例がある。
・ユーゴー/ユゴー(赤531)
・フローベール/フロベール(赤538)
人名について、どの言語の読み方を採用するかという違いもある。英語では「ホメロス」を「ホーマー」と英語風に呼んだりするところ、日本語の翻訳では、いつの頃からか翻訳元の言語の発音に寄せる音写をすることが多いようだ。次の例は混在しているパターン。
・プルターク/プルタルコス(赤116-117/青664)
「プルターク」は英語風の発音。古代ギリシア語として読むと「プルタルコス」となる。
また、ドイツ語の名前を中心として、末尾を「エル」とするか「アー」とするかという違いも見られる。比較的古いものでは「エル」式、最近のものになると「アー」と伸ばすことが多いだろうか。
・シュライエルマッヘル/シュライエルマッハー(青628)
・ショウペンハウエル/ショーペンハウアー(青632)
・フッセル/フッサール(青643)
・グリルパルツェル/グリルパルツァー(赤423)
・シュニッツレル/シュニッツラ/シュニッツラー(赤430)
時代による違いといえば、そもそもカタカナとして使われる文字がいまと違っているケースもある。「ヰ」や「ワ」に濁点などはその例だ。「ジョイス」の「ジョ」を「ヂヨ」とするのもいまではあまり見かけない表記かもしれない。
・ダーヰン/ダーウヰン/ダーウィン(青912)
・ノヷーリス/ノヴァーリス(赤412)
・ヂヨイス/ジョイス(赤255)
これは音を濁らせるか濁らせないかの例。
・フロイド/フロイト(青642)
・ベルグソン/ベルクソン(青645)
・ヴェーバー/ウェーバー(白209-210)
小林秀雄や西田幾多郎の文章では、「ベルグソン」と濁る表記だったと思う。「ヴェーバー」と「ウェーバー」は、原語のドイツ語風にvéːbərと読むか、英語風にwébərと読むかによる違いかと想像するも、両方とも流通しているように見える。
1字の微妙な違いだけれど、それだけにどちらを選ぶかについて使用者のこだわりや好みを感じる表記に次のものがある。
・スティーヴンスン/スティーヴンソン/スティヴンソン(赤242)
・ポオ/ポウ/ポー(赤306)
・ランボオ/ランボー(赤552)
油断していると同じ人の名前であることを見過ごしてしまいそうになる代表例は、やはり「ギョエテ」と「ゲーテ」だろうか。そこまで極端ではないものの、似たようなケースがいくつかある。
・ゲョエテ/ゲェテ/ゲーテ(赤405-407)
・ヘルン/ハーン(赤244)
・シルレル/シラア/シラー(赤410)
・ヘルデルリーン/ヘルダーリン(赤411)
原語の発音にどこまで迫るかという点で、ロシア語の人名は訳者ごとに工夫が凝らされている。
・ツルゲーネフ/トゥルゲーニェフ/トゥルゲエニェフ(赤608)
・ドストエフスキー/ドストイェーフスキー/ドストイェフスキイ/ドストエーフスキー/ドストエーフスキイ(赤613-615)
私が目にしたなかで、岩波文庫中、人名表記の種類が最も多いのはドストエフスキーだった。キルケゴール/キェルケゴール(青635)もこの類と言えそう。
人名をどう読むかの苦労は、日本語圏だけのことではないようだ。インターネットには、人名をさまざまな言語を母語とする話者の発音で聞き比べられるサイトなどもある。
それにしても、ネットもなければ、発音を調べる資料も乏しかった時代、翻訳者たちはどのようにして人名を音写したのだろうか。
(やまもと たかみつ・文筆家、ゲーム作家)




