第25話 東洋文学
岩波文庫の赤帯には海外文学が広く収められている。その赤帯は、青黄緑白赤という帯の中でも最大規模を誇る。私の集計では目下の岩波文庫全6,475冊のうち約41パーセントの2,681冊を占めている(2026年2月時点)。これは同じ本の新旧版を区別した数え方で、新旧を1冊とまとめた全4,630冊では、そのうち1,826冊が赤帯で、割合でいうと約39パーセントに相当する。ごく大まかに見た場合、岩波文庫の4割ほどが海外文学と言ってよさそう。
また、赤帯全体は大きく八つ、「東洋文学」「ギリシア・ラテン文学」「イギリス文学」「アメリカ文学」「ドイツ文学」「フランス文学」「ロシア文学」「南北ヨーロッパ文学・その他」に分類されている。ご覧のように欧米方面が中心で「東洋文学」と「ロシア文学」、それと「南北ヨーロッパ文学」のうしろについた「その他」のあたりが欧米以外を含んでいる(本連載第3話もどうぞ)。
では、赤帯の各方面はどんな様子か、順に眺めてみよう。まずは「東洋文学」から。
「東洋文学」には、いくつかの言語あるいは地域の作品が含まれている。大まかに並べると、中国、インド、チベット、朝鮮、アイヌで、これらは著者別分類番号でも区切られているようだ。「東洋文学」全体に割り当てられた番号は、赤1から100まで。そのうち中国が赤1から目下は47までと約半数を占めるのは、古来日本の文化への影響の大きさからしても頷けるところ。それに続くインドとチベットは60から69までと、ちょっと飛んで90にもある。朝鮮は70から75まで、アイヌは80から82までというのが現状である。
こうした番号の割り当ては、これが施された当時の人たちに見えていた海外文学の様子や見通しがもとになっていると思われる。いまでこそ中国や韓国の現代文学の翻訳も増え、また、アジア諸国の多様な言語で書かれた現代の文芸作品を日本語訳で提供するシリーズ「アジアの現代文芸」(公益財団法人 大同生命国際文化基金)や「アジア文芸ライブラリー」(春秋社)などの試みもあるけれど、「東洋文学」コーナーの割り当てが計画された当時は、アジアの諸国や諸言語への関心はいまほど高くなかったのかもしれない。と、これは私の想像。
もっとも多くの作品を収める中国文学にはどのような著者や作品が入っているだろう。著者別分類番号で若いほうから見ると、赤1の『楚辞』から始まって、王維、杜甫、李白、李賀、蘇東坡、陶淵明、『唐詩選』『玉台新詠集』『寒山詩』と、赤11まで詩が中心である。時代の古さでいえば無番号の『毛詩抄──詩経』もここに加わる。といってもこの場合、古いのは『詩経』であって、『毛詩抄』は清原宣賢(1475―1550)という室町後期の漢学者・国学者が、中国最古の詩集である『詩経』について講義したもの、という点には少々注意を要する。
古くは紀元前13世紀に遡るという中国の文芸は、現代にいたるまで長い歴史をもつものの一つだ。また、これはなにを「文学」と分類するかという見方にもよるところだけれど、『易経』や『書経』、『論語』をはじめ、『孟子』や『荘子』などの諸子百家の書物、あるいは漢訳仏典など、岩波文庫では青帯に入っている本も、広く見た場合には中国文学の一翼をなす書物たちである。このように考えると、帯色に関係なく岩波文庫に含まれる原文が中国語の書物という観点でまとめてみても面白いかもしれない。
赤12から20までは『完訳 三国志』(三国志演義、全8冊)、『金瓶梅』(全10冊)、『完訳 水滸伝』(全10冊)、『紅楼夢』(全12冊)、『西遊記』(全10冊)といった明代、清代に現れた長編物語が都合50冊にわたって並ぶコーナーでまことに壮観。『三国志演義』『水滸伝』『西遊記』に『金瓶梅』を加えて「四大奇書」、『金瓶梅』を『紅楼夢』に入れ替えて「四大名著」などと称されてきたものでもあった。なかでも『三国志』『水滸伝』『西遊記』は、日本でも小説、マンガ、ドラマ、ゲームなど多様な創作物を通じて広く親しまれており、原典を読んだことがなくてもどこかで見知っているという人も多いだろう。私も光栄(当時)の歴史ゲームで興味をもって本のほうへ進んだ口である。
著者別分類番号順で続きを見ると、晩唐の『杜牧詩選』(赤22)、明代末の『菜根譚』(赤23)を挟んで、『浮生六記』(赤24)からあとは魯迅、郭沫若、茅盾、巴金、趙樹理、丁玲、老舎と、18世紀から20世紀の近現代作家たちが赤31まで並ぶ。これらの原書の刊行年は20世紀前半に収まっている。
また、これより後ろは『新編 中国名詩選』(赤33)、『棠陰比事』、『遊仙窟』、『通俗古今奇観』、銭鍾書『結婚狂詩曲』、『唐宋伝奇集』、『中国民話集』、『聊斎志異』と時代もまちまちな作品が並び、赤41から陸游、李商隠、柳宗元、白楽天らの詩集、『文選 詩篇』、『曹操・曹丕・曹植詩文選』と再び詩が続く。あとから新たに追加された書目なのかもしれない。とはこれも想像。
目下のところ、最近の作家としては、2012年にノーベル文学賞を受賞した莫言の『赤い高梁』(井口晃訳、赤47−1〜2、2025)が岩波現代文庫から入ったところだった。同書の原書はここまで見てきた本のうちでも例外的に新しく、1987年の刊行である。また、著者の莫言は、岩波文庫赤帯中国エリアで唯一存命の作家でもある。
こうして大まかに眺めてみると、中国文学については古典を多く含んでいる様子が目に入る。今後、近現代文学がどのように充実していくかを楽しみにしたい。「東洋文学」の赤60以下については話を改めることにしよう。
(やまもと たかみつ・文筆家、ゲーム作家)
[『図書』2026年5月号より]




