第46話 旧版完結・新版未完
私が確認した範囲では、岩波文庫の未刊書目は21 点ほどある。それぞれ、さまざまな事情が重なった結果であり、続きが読めないのは残念ではあるけれど、ことさら責めたいとは思わない。と、前回同様前置きをした上で、未刊書目のなかから興味あるものをご紹介してみたい。
岩波文庫では、一度刊行された書目も、年を経るうちに改訂を施されたり、改訳、あるいは訳者が代わって新訳されることがある。そんなふうに改訂・改訳などが生じるのは、大きく二つの場合があるようだ。
一つは印刷技術の発展に応じて物理的に版を改めたり、文字の組み方を刷新するという出版物として更新するケース。もう一つは、言葉は時代とともに変わってゆくものだけに、翻訳や仮名遣いなどの言語表現を更新するケース。コンピュータに喩えて、ハード面とソフト面と見立ててもよいかもしれない。ともあれ、本や文章は、そのようにして時代とともに姿形を少しずつ変えながら読み継がれてゆくわけである。こと「古典」と呼ばれる書物の中には、人間よりよほど長くこの世に存在し続けているものも少なくない。
さて、岩波文庫のなかには旧版や旧訳では完結していながら、後の新版や新訳が未刊に終わった珍しいケースもある。例えば、魯迅(1881-1936)はその一例。魯迅といえば、「狂人日記」「阿Q正伝」をはじめとする小説で知られる中国の文学者・思想家で、仙台医学専門学校への留学をはじめ、日本とも浅からぬ縁がある。『魯迅――東アジアを生きる文学』(岩波新書新赤版1299、2011)を書いた藤井省三によれば、20世紀前半の「日本および日本植民地統治下にあった台湾・韓国にも」魯迅の作品を広めた本として、改造社の『大魯迅全集』(全7巻、1937)と並んで、当時10万部売れたという岩波文庫版『魯迅選集』(赤〔無番号〕、佐藤春夫、増田渉訳、1935/06)があったという(同書 、p. 191)。
ここで注目したいのは、小説ではなく『支那小説史』(上下巻、赤〔無番号〕、増田渉訳、1941/11-1942/12)という本だ。原著は『中国小説史略』といって、魯迅が北京大学その他での講義で学生に配った謄写版のプリントが元になっているのだとか。同書ははじめ、1923年末に北京で上冊が、翌年の6月に下冊が刊行され、1925年には上下を合本した再版本、1931年には訂正本という具合に形を変えながら何度か刊行されている。岩波文庫の『支那小説史』は、いま述べた訂正本を訳したものだ。
以下では少し込み入るけれど、翻訳の経緯を眺めてみよう。ある本が岩波文庫に収録される経緯の例というくらいのつもり。
さて、その岩波文庫版は、はじめ『支那小説史』(サイレン社、1935) として刊行された本をもとにしている。1931年の魯迅による原著(訂正本)を、1935年には日本語訳で出していることから、ほとんど同時代の翻訳であるのが分かる。ついでながら、この増田訳、私が確認した範囲では、岩波文庫の旧版に続いて、1937年(昭和12)に『大魯迅全集』第6巻(改造社)に『中國小説史略』として 、その翌年に『支那小説史』(天正堂) として出ている。
ところで、魯迅は同書の序言を「これまで支那の小説史は無かつた」という一文で始める。次いで第1篇で、歴史家らによる「小説」についての記述を確認と検討し、これを前置きとして、神話の時代から清末までを全28篇で中国の小説史を案内するという仕立て。それぞれの時代の背景と、作品の具体的な引用と寸評からなる講義で、中国の小説を楽しみたい読者には、いまでもよき読書ガイドになると思う。なにより読んで楽しい。比較的新しい本としては、『中国小説史略』(上下巻、今村与志雄訳、ちくま学芸文庫版ロ2-1/2-2、筑摩書房、1997)、『中国小説史略』(全2巻、中島長文訳、東洋文庫版618/619、平凡社、1997)などがあるが、品切れかもしれないので図書館などで探されたい。
岩波文庫版を訳した増田渉(1903-1977)は、魯迅の愛弟子ともいうべき中国学者だった。増田と魯迅の出会いのエピソードは一読して忘れ難いもので、ここでも少し触れておこう。増田の『魯迅の印象』(大日本雄弁会講談社、1948 ;角川選書、1970)からあらましを述べるとこんな具合だったという。以下では大日本雄弁会講談社版から引用する。
東京帝国大学支那文学科を卒業後、佐藤春夫(1892-1964)*を手伝って中国文学の翻訳をしていたところ、中国へ行きたくなって1931年(昭和6年)に上海へ渡る。佐藤春夫から内山書店の内山完造(1885-1959)への紹介状をもらっており、同書店を訪れてみると、当時上海にいた魯迅が毎日やってくるという。『中国小説史略』その他を読んで感服していた増田は、ここは一つ魯迅に就いて勉強しようと思い立ち、内山書店で魯迅に会って教えを受けるようになる。はじめは増田がやがては翻訳するつもりだったという『中国小説史略』について、 魯迅の家で「殆ど一字一句 講解してもらつた」という様子を次のように述懐している。
「内山〔書店〕での「漫談」(當時さういつてゐた) をすますと、彼と共に彼の宅へ 行き、(内山からその宅 までは二分か三分の距離)それから彼のテーブルに二人並んで腰かけ、私が小説史の原文を逐字的に日本譯にして讀む、讀みにくいところは教へてもらふ、そして字句なり内容なりについて不審のところは徹底的に質問する。」(同書、7 ページ)
ほとんど毎日3時間ほど、およそ3カ月を費やしてこのような直接の講義を受けたという。こんなふうに尊敬する文人と親しく交わるのは、どんな心持ちのすることだろう。この件については、岩波文庫版 『支那小説史』の上巻冒頭に置かれた「譯者の言葉」や『支那小説史』(サイレン社、1935)に魯迅が寄せた「日本譯本に對する著者の言葉」という短文にも書き留められている。
つい翻訳の経緯に寄り道をした。岩波文庫の『支那小説史』(上下巻、1941-1942)は、およそ20年後の1962年に『中国小説史(上)』(赤1137〔旧分類〕)として、「改訳」版が刊行された。手許の本で奥付を見ると、「昭和三十七年十二月十六日 第三刷改版発行」とあり、ここだけを見る限りでは改訳かどうかは分からない。ただ、『岩波文庫解説総目録』には「改訳」と記されており、新旧版を見比べると、書名の「支那」が「中国」に変わっているのをはじめ、たしかに訳文の仮名遣いや表現に手が入っているのが分かる。
さらに気になることがある。目録では「中国小説史(全2冊)」で「下 未刊」と見える。これに対して、本の奥付には「中国小説史 上(全三冊)」と刷られている。目録と奥付のどちらが正しいかは分からないが、仮に奥付の通りだとすれば「中下 未刊」ということになる。ただ、この1962年の改訳版は上巻のみが出て、残りが未刊であるばかりか、旧版では上巻冒頭にあった訳者の言葉が、新版では削除されているため、巻構成や改訳についての訳者の意図は分からない。上で触れたちくま学芸文庫版の訳者、今村与志雄(1925-2007)*は同書の「解説」でこの件に触れて、「刊行中途で、一九七七年三月、訳者が死去したから、「訳者の言葉」は、永久になくなった」(下巻、p. 374)と書いている。
この点については、佐藤一郎、伊藤漱平「近世小説の研究と資料」(大阪市立大学文学部中国文学研究室編『中国の八大小説 中国近世小説の世界』、平凡社、1965)に、増田渉訳『中国小説史略』の書誌を記した件があり、こう記されているのを見つけた(p. 42)。
「再改訳『中国小説史』(岩波文庫)(上)一九六二、(中)・(下)近刊予定」
同書が発行された1965年の時点では、「近刊予定」だったのか。この本は「増田渉教授還暦記念」で企画されたもので、ご本人も寄稿している。上記の引用は、第三者による記述だが、岩波文庫の改訳版が全3冊だった可能性を裏付ける材料としてここに記録しておこう。
そうそう、奥付といえば『支那小説史(下)』(1942)の奥付に「一萬三千部」とあった。時期によるのか、ときどきこんなふうに発行部数が示されている場合がある。こうした表記は岩波文庫以外でも見かけることがある。
*現在の岩波文庫では、魯迅には「赤025」の著者番号が与えられており、『阿Q正伝/狂人日記』他、7点8冊が入っている。また、岩波文庫に収録された増田渉の仕事としては、ここで触れた『支那小説史』とその新訳『中国小説史』の他、佐藤春夫と共訳の『魯迅選集』(赤〔無番号〕、1935)がある。同書には、増田が1932年に雑誌『改造』に寄稿した「魯迅傳」も収められている。
(やまもと たかみつ・文筆家、ゲーム作家)
■ 資料:岩波文庫未刊書目
以下は現在確認できている岩波文庫の未刊行書目です。冒頭の色は帯色。
❶青:『宋名臣言行録』(和田清校閲、河原正博訳註、1944/11-1948/10)全3巻のうち下未刊
❷青:リーウィウス『ローマ建国史』(鈴木一州訳、2007/04)全3冊のうち中下未刊
❸青:黒川道祐『雍州府志』(宗政五十緒校訂、2002/03)全2冊のうち下未刊
❹青:ノワレ『道具と人類の発展』(三枝博音訳、1954/12)全2冊のうち下未刊
❺青:ショーペンハウエル『意志と表象としての世界』(岡本信二郎訳、1941/10)正篇第一巻のみ刊行
❻青:イェスペルセン『言語』(三宅鴻訳、1981/04; 2007/10/04)全2冊のうち下未刊
❼青:リービッヒ『化学通信』(柏木肇訳、1952/04-1952/06)全4冊のうち三・四未刊
❽黄:『うつほ物語』(河野多麻校訂、1957/10)全4冊のうち二以下未刊
❾黄:『源平盛衰記』(冨倉徳次郎校訂、1944/04)全5冊のうち二以下未刊
❿黄:『吾妻鏡』(竜粛訳注、1939/08-1944/06)全8冊のうち六以下未刊
⓫青:中国正史日本伝 全4冊の内3以下未刊。
1 『新訂 魏志倭人伝/後漢書倭伝/宋書倭国伝/隋書倭国伝』(石原道博編訳、1985年) *旧版は和田清・石原編訳 1951年刊。
2 『新訂 旧唐書倭国日本伝/宋史日本伝/元史日本伝』(石原道博編訳、1986年) *旧版は和田清・石原編訳 1956年刊
⓬:『甲陽軍鑑』(古川哲史校訂、1950/01)全4冊のうち二以下未刊
⓭白:ステュアート『経済学原理』(中野正訳、1967/01-1980/08)全7冊のうち四以下未刊
⓮白:『マルクス=エンゲルス往復書簡』(岡崎次郎訳、1951/04-1952/05)全10冊予定のうち四以下未刊
⓯白:チェルヌィシェフスキー『「J. S. ミル経済学原理」への評解』(西沢富夫訳、1951/10)全3冊のうち中下未刊
⓰赤:『毛詩抄』(清原宣賢講述、倉石武四郎、小川環樹校訂、1940/03-1942/06)全4冊のうち三以下未刊 *単行本としては1996年に完結
⓱赤:魯迅『中国小説史』(増田渉訳、1962/12)全2冊のうち下未刊 *旧版『支那小説史』は完結だが、改訳版は未刊
⓲赤:ジョイス『ユリシーズ』(名原広三郎、藤田栄、村山英太郎訳、1958/10)全5冊のうち二以下未刊 *旧訳は全5冊完結
⓳赤:ジョン・ドス・パソス『U. S. A.』(渡辺利雄、平野信行、島田太郎訳、1977/01-1978/11)全6冊のうち三以下未刊
⓴赤:ノワ゛ーリス『断章』(小牧健夫、渡辺格司訳、1941/02-1942/03)全3冊のうち下未刊
㉑赤:グスタフ・シュワープ『ドイツ民譚集』(国松孝二訳、1948/04)全5冊のうち二以下未刊




