『科学』2026年3月号 特集「自然を計算する」|巻頭言『オバケを隠していた全国学力調査──「男らしさ」「女らしさ」の罠』川島慶子
◇目次◇
【特集】自然を計算する
生命現象を計算する……岡本祐幸
計算の発展と科学……小柳義夫
「場」のシミュレーションから素粒子が生まれる……橋本省二
社会現象と計算物理学……伊藤伸泰
シミュレーションとAIが拓く物質・材料研究……常行真司
「流れ」を計算する……金田行雄
模擬的な宇宙で天体現象に迫る……松元亮治
崩れつつある第一原理主義的科学思考──データ駆動が生み出す新しい計算の形……樋口知之
[巻頭言]
オバケを隠していた全国学力調査──「男らしさ」「女らしさ」の罠……川島慶子
[解説]
代謝系のミクロ経済学──資源配分の最適化から探る細胞増殖の統一的原理……山岸純平・畠山哲央
大きいだけではない! 声に個性をもたらすテングザルの鼻……西村 剛・徳田 功・松田一希
[連載]
野球の認知脳科学10 曲がっていてもストレート……柏野牧夫
因果をめぐる7の視点3 過去と未来をつなぐ因果の歴史──ヒュームからアインシュタイン,そして現代へ……小澤知己
ウイルス学130年の歩み9 ムンプスウイルス,日本脳炎ウイルス,RSウイルス……山内一也
カミオカンデはいかに生まれたのか──基礎科学の曲がり角に立って6 つぎはぎだらけの資金計画……古川雅子
17〜18世紀英国の数学愛好家たち9 『レイディーズ・ダイアリー』の変遷……三浦伸夫
[フォーラム]
インクルーシブ・サイエンスは可能か……坊農真弓
「国際女性デー」に寄せて──第66次南極地域観測隊の経験から……原田尚美
気候変動・統合評価モデル比較のオープンな枠組みに向けて……藤森真一郎
次号予告
表紙デザイン=佐藤篤司
国際女性デーに当たって何か書いてくれと言われ,真っ先に思い出したのは,去年(2025年)の春,文部科学省が2022年度に実施した「全国学力・学習状況調査」が九州大学の河野銀子教授の研究チームによって精査され,中学3年の数学・理科の全国平均正答率で,男女の差はほぼ存在しないと判明したことである。そして驚くべきは,男女別の数値が出たのはこれが初めて。日本では今の今まで義務教育期の男女別の成績を正式に公表していなかった。これは衝撃だった。正しいデータがないまま,私たちは勘違いをし続けてきたのだ。
私が高校受験をした1970年代,生まれ故郷の神戸では県立高校で男女の合格者数が最初から決まっていた。母校では女子は男子の約7割。複数の有名男子私立進学校のみがある地域で,これがどちらの性に不利かは明らかだ。文理の選択でも,「男は理系,女は文系」と聞かされ続けた女生徒に,公正な選択などできたはずがない。そもそも教師自体が中3生全体の男女の成績分布を知らなかったのだ。
河野教授の調査においても,成績の男女差がないのに,悲しいかな,女子は「理系が苦手」「好きではない」と答える例が多いという。ただ,現実には女子の選択は多様化した。昔は男子学部のようだった経済学部が,いまや女子でいっぱいである。工学部も,最初に女子推薦枠を作った名古屋工業大学をはじめとする大学側の努力もあり,例えばこの大学では50年前の1975年には一桁だった女子の入学者数が,2025年の今は200人を超える。
さて,女子の多様性は実現しつつあるとして,男子はどうなのか。「男は理系」と刷り込まれても,現実の学力調査の結果は異なる。結果,不向きでも理系を目指す男子が多数出てくる。私は勤務校である工業大学で「本当は文学を,保育を,音楽を目指したかった」といった話を男子学生からたくさん聞かされた。
ここには「男らしさ」というオバケがとり憑いている。私の勤務校は偶然防衛大学校と偏差値が近いことで,オバケに振り回された。たとえば地域一番校の工学部を狙っていた受験生が,一次試験で失敗して二番校の私の勤務校に志望を変える。突如「男らしい」からと学費無料の防衛大を勧める親族が出現したりする。気の強い受験生はこれを振り切るが,この圧力に屈して防衛大に進学する者もいる。この中には訓練についていけず,退学・浪人を経て私の勤務校に来る者がいる。この手の学生は,自分を男らしくないと思い詰めるのだ。
結局,社会全体の無意識の思い込み(アンコンシャスバイアス)が苦しめるのは女子だけではない。2025年に発表された,男女別成績が初めて加えられた河野教授の調査の意義は大きい。私たちはここで示された事実を冷静に認め,その上で個人なり組織や国なりの方針を定めていくべきではなかろうか。




