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伊藤明美 草の根からの昔ばなしの復権[『図書』2026年2月号より]

草の根からの昔ばなしの復権

 

 「語り聞かせたい日本の昔ばなし」全3巻は、従来にない昔ばなし集だ。再話は小澤昔ばなし大学再話研究会(以下、再話研究会)。研究者や作家ではなく草の根の人々が、昔ばなし理論を学び、草の根に埋もれていた昔ばなしに光を当て、語れる昔ばなしに再話した、いわば、草の根からの昔ばなしの復権の書といえるだろう。

子どもと昔ばなし

 昔ばなしは子どもの文学の手本といわれる。瀬田貞二は『児童文学論』(福音館書店)で、昔ばなしは「文学の祖型の美しさ、力強さ、わかりよさの典型」「題材がごく身近なことでありながら、いちばん奇抜な空想力でも満足できるほどふしぎな世界につながって」「子どもの現実的でしかも空想的な考え方感じ方にぴったりする要素」があると述べる。

 筆者は再話研究会員であり、元図書館司書として図書館・保育園・小中学校等で、大学講師として、ストーリーテリングで、大学生にも昔ばなしを語ってきた。

 図書館のストーリーテリングは、1960年代に米国の図書館に学んだ人々から伝えられた。19世紀から図書館が発展した米国では、文学を楽しむ力を子どもの中に養う、児童図書館員必須の技術とされている。話を覚え、何も見ずに語るストーリーテリングは、本を使わない、耳からの読書である。

 日本では「おはなし」と訳され、図書館のおはなしのへやでおはなし会が開催されている。おはなし会で最もよく語られ、人気があるのは昔ばなしである。会に集まる子どもは幼児から小学校高学年まで、と幅広いが、昔ばなしはどの年齢にも好まれ、一緒に楽しめる。子どもたちは、昔ばなしを繰り返し聞きたがり、その話の出ている本を読みたがる。

昔ばなし大学の学び

 市民大学「昔ばなし大学」は、1992年、小澤俊夫元筑波大学教授が開講した。小澤は、現代の子どもたちが、児童書で昔ばなしに出合っていること、その多くは、児童文学作家や編集者によって、心理描写を加えたり、繰り返しを省略するなど、元の形を失った再話であることを危惧していた。また、聞いた話を伝える伝承の語り手が減少し、本から覚えて語る現代の語り手が増えていることも把握していた。小澤は、子どもに関わる人たちに、昔ばなしの理論を学び、良い再話で子どもに届けてほしいと考え、学びの場をつくったのである。なお、本稿の再話とは、今の子どもたちが耳で聞いてわかるように、言葉や形をととのえることである。

 1コマ80分の講義を3年間で36コマ行う基礎コースの中心は、マックス・リュティ著、小澤訳『ヨーロッパの昔話』(岩波書店)等の購読、語法についての講義である。リュティはヨーロッパの昔ばなしの特徴として、一次元性・平面性・極端性等をあげ、精緻な口承文芸であることを明らかにした。小澤は、グリム童話研究や『日本昔話通観』全29巻(同朋舎)の編纂、日本の伝承的語り手調査等から、リュティの様式論は日本の昔ばなしにも共通すると考えた。また、グリムの再話法を学び、児童書の再話の批判的検討を行う授業や、語りの講師が語る昔ばなしを、耳で聞く授業もある。地方にいながらにして、小澤から直接、大学レベルの専門的な講義が受けられる。昔ばなしに興味を持ち、学びたくても、家庭や地域を離れるのが難しい人々にとって、またとない機会だった。講義はユーモアと含蓄に富み、多くの支持を受けて、2024年までに全国95地域で開講。受講者はのべ3万人を数える。

 さらに学びたい人には「語りコース」と「再話コース」が準備されている。「再話コース」では日本や外国の昔ばなしをグループで再話し、小澤と全受講者の批評を受け、再話を完成させる。耳で聞いて場面が目に浮かぶ、リズムのある文体を目指して活発に議論が繰り返され、大学の厳しいゼミの様相をなす。

 「再話研究会」は「再話コース」修了者が、自分たちで本や地域の古い資料から選んだ話を再話する。まず、グループで再話し、自主勉強会で検討し、年に1、2回、小澤の指導を受ける。1字ずつ丁寧に直す作業は、地味で根気がいり、完成までに1年がかりのことも少なくない。小澤によれば、優れた伝承の語り手は、聞いた話をそのまま語っているのではなく、自ら再話しているという。会員には現代の語り手も多いことから、語り手自身が再話の主体となり、子どもたちに語れるよう再話する。小澤から直接厳しい指摘を受ける緊張感から、いつも熱気を帯びた勉強会となる。

 2025年現在、全国51の研究会で、日本の昔ばなしだけでも約2000の再話が完成している。今後もその数は増えるだろう。「語り聞かせたい日本の昔ばなし」全3巻には、そのうちの290話が収められている。

多様多彩な昔ばなし

 シリーズのうち『人と人とのにんまりする話』には、怠け者が成功したり、思わぬ幸運が舞い込んできたりと、人生の妙を語る話が集められている。『生きものとのおどろきの話』には、日本の昔ばなしの特徴である、自然とのつながりを感じさせる話、『神さまや鬼とのふしぎな話』には、河童や天狗など異界の者との関わりの話が集められている。

 「桃太郎」「浦島太郎」など、誰もがよく知る話もあるが、あまり知られていないものも多く、驚くほど多様である。日本の昔ばなしとして想起する話は、あまたある宝石のほんの一握りにすぎないのだと気づかされる。子どもに読んだり語ったりしたくなる話が見つかる。

 たとえば、よく知られているモティーフが、他の話にも登場するのは面白い。一般的に「猿かに合戦」で、かにが猿の家に仇討ちに行く際、供にするのは栗、蜂、棒、牛の糞、臼である。だが、『生きものとの……』収録の「すずめどんのかたきうち」では、鬼に子どもを食われたすずめが、椎の実、縫い針、百足、つがに、臼、切れ縄、牛の糞を供にしてでかけ、鬼を退治する。また、同巻「くもの女神」では、大魔神の求愛から身を守るため、針男、栗男、蜂男、蛇男、杵男、臼男を使い、女神が大魔神を倒す。

 同じモティーフを使いながら、異なる結末に至る話もある。よく知られる「みるなのざしき」は、男が山奥の屋敷で、禁じられた12番目の座敷を開けると梅の木に鶯がいて、元の山中だったという、美しくも寂寥感のある話である。しかし『神さまや……』収録「金の玉」は、親に捨てられた娘がお坊さんに育てられ、命が危ないときに使えと金の玉をもらい、旅に出る。泊めてもらった家で、禁じられた三の蔵を開けると池から大きな竜が襲ってきた。娘が金の玉を投げると命が助かり、その家の男と夫婦になって幸せになる結末だ。

 外国の話と共通する話型の話もある。『人と人との……』収録「千千三本」では父親が三人兄弟を旅に出す。三人はそれぞれの道を行き、末の弟は、旅の途中で助けたせみ、猿、蚊のおかげで難題を解き、大きな家の婿になって幸せに暮らした、という話である。同じ話型のグリム童話「みつばちの女王」では、三人兄弟の末の王子は、旅の途中で命を助けた蟻、鴨、みつばちに助けられて呪いを解き、王女と結婚する。「千千三本」の末の弟も「みつばちの女王」の末の王子も、およそ英雄的ではないが、小さな命を守ることによって、思いがけない幸福を得る。これは、人生の小さな事々に、誠実に対処することの尊さを語っているのではないだろうか。

 各巻巻末にある原話の出典には一般書だけでなく、教育委員会や市町村役場の地域史編集部、大学や中学校等が発行した資料もある。昔ばなしは語る人がいなくなれば消えてしまう。文字に記録し、地域の宝を残そうとした人々の思いがこめられた資料である。このシリーズはそうした草の根の昔ばなしに光を当てた。

共通語の昔ばなしと子どもたち

 全3巻は共通語で再話されている。前書きには、どこの言葉かわからない、方言らしき言葉を使わず、日本中の読者にわかる現代の日常の言葉で再話した、語るときには、自分の住んでいる土地の言葉にしてほしい、とある。

 昔ばなしは土地言葉(方言)で語るイメージが根強いが、核家族が多い現代、かつてのように土地言葉に触れる機会は少ない。テレビからは共通語で情報が流れてくる。

 土地言葉は大切だが、言葉は生き物で、同じ地域でも集落によって、世代によって違う。遠野の伝承の語り手鈴木サツさんは、子どもの頃に父親から聞いた昔ばなしは、ふだん話す言葉と同じだったが、床屋をしながら子どもたちに語るときは、子どもにわかるように「通用語」で語った。その後、NHKや人前で語るようになってからは方言を使わなくてはならなくなり、思い出したり人に聞いたり、方言にうんと苦労したそうだ。

 再話は、共通語か土地言葉(どこかの地域のどこかの時点での言葉)のどちらかを選ばなければならない。土地言葉の再話は、その土地に生まれ育った人には物語が身近に感じられるが、その言葉を理解できる人にしか伝わらない。土地言葉ができない者がまねても、土地の人には気持ち悪いだろう。共通語なら、全国の人がその話の面白さを知ることができる。東京に生まれ育ち、共通語しかできない筆者は共通語で語るが、話が面白ければ、子どもたちはとても楽しむ。土地言葉ができる人が土地言葉に直して語れば、子どもは故郷の話として記憶にとどめるだろう。

 大切なのは、昔ばなしという宝を語り継ぐこと、生きた声で伝えることである。現代の子どもたちも、昔ばなしを聞く顔は真剣そのものである。子どもたちは、自分が大人より弱い存在であることを自覚している。彼らは主人公に自分を重ねて昔ばなしを聞く。小さい者、劣った者が、知恵や正直な行いや援助者の助けで、幸福を得る昔ばなしは、彼らを励まし、後押しする。異界の者と出会い、不思議な体験をする話は、彼らの心を解き放ち、想像力を豊かに育てる。

 もちろん、昔ばなしは子どもだけのものではない。人生経験を積んだ大人だからこそわかる話もたくさんある。再話研究会の会員も、昔ばなしのもつ力に魅せられて、長く活動を続けてきた。現在、筆者が教えている大学生たちも、昔ばなしを耳から楽しみ、自ら語りたいと学び続けている。

 昔ばなしの結末は大きく3つ。身の安全をはかる、金持ちになる、幸せな結婚をする、それは世界共通だと小澤はいう。国や地域は変わっても、人間の求めるものが同じなら、現在も続く世界中の様々な問題も、対話の可能性があるのではないかと思えてくる。

わたしたちは伝承の途中にいる

 昔ばなしは本来、語られている時間だけ存在するライブである。語り手は、声ひとつで聞き手に物語の世界を届ける。実にシンプルな行為だからこそ、ストレートに心に響く。生きた声には、語り手の人間性が加わる。子どもたちは語り手の声と一緒に、長く昔ばなしを覚えている。生きた声は子どもの心の内側に届き、その人生を支える。

 「語り聞かせたい 日本の昔ばなし」全3巻は、その名のとおり、声に出して語り聞かせるための昔ばなし集である。全290話から好きな話を見つけて、子どもたちに語って、読んでみてほしい。「わたしたちは伝承の途中にいる」という小澤の言葉は、まっすぐに、現代と未来の子どもたちに向けられている。

(いとう あけみ・ストーリーテリング)


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