『図書』2026年3月号 目次 【巻頭エッセイ】温又柔「ポリフォリンガル宣言」
【対談】都市のカエルとその未来……深野祐也・入江聖奈
女たちの群像から、その先へ……福田千鶴
金属をめぐる両義性……金子守恵
リミナルスペースの詩学……佐野ゆか
エディンバラから東京の街工場へ……田渕智子
土から読み解くナウシカの謎……藤井一至
あきらめるより以上のこと……神野紗希
声はせでホタルの光は愛の歌……大場裕一
夢遊──ケストラーを訪ねて(中)……武田時昌
目録から始まる/総目録のあゆみ……山本貴光
ありのままで許される場所……大和田佳世
『ベーオウルフ』が描く母系集団と父系集団の争い……鹿島茂
狂ひと物語……中村佑子
こぼればなし
三月の新刊案内
[表紙に寄せて]あわいの対話/瀬尾夏美
私を育てあげた言葉は、まちがいなく日本語だ。何しろ、「書く」という行為をまっとうする上で、私がまともに使いこなせる言語といったら、今のところ、この日本語のみ。
だからこそ私は「日本語は日本人だけのもの」だと思いたがる人と出くわすと、笑いたくなる。
「私は、日本人じゃないの?」
そう、私は、多くの日本人が思っているような「日本人」ではないらしい。私に日本人“らしくない”ところがあるのだとしたら、私が自分の日本語のなかに、中国語や台湾語を住まわせているからなのかもしれない。
自分の母語は何かと聞かれて、国名を冠する言語を、それも、たった一つしか選べないのは窮屈だ。だからこそ、バフチンが提唱する「ポリフォニー」という概念が、「多様な声が同化することなく、それぞれ響き合いながら展開している状態」なのだと知ると私は、「バイリンガル」や「マルチリンガル」のように、「ポリフォリンガル」がいてもおかしくはないと気づいた。
私は、「ポリフォリンガル」。胸をはってゆこう。
(おん ゆうじゅう・小説家)
〇 大義なき解散総選挙を経て、日本はどこに向かうのでしょう。経済に関しては、「責任ある積極財政」の自民党はじめ諸政党が消費減税を声高に訴えるこの国で、円安、インフレ、物価高の昂進と財政危機の深刻化が懸念されます。
〇 与野党が拡張財政を打ち出すのは、これはもう仕方がないですよ、これが民主主義ですから──1月20日、片山さつき財相が訪問先のスイスでテレビ東京の取材に答えて漏らした一言です。耳にしてふと浮かんだのは、昨年9月の刊行いらい広範な話題を喚起している益田肇さんの大著『人びとの社会戦争──日本はなぜ戦争への道を歩んだのか』のことでした。
〇 次は同書第Ⅳ部「なぜ日本は対米戦争を選んだのか」から。「…草の根レベルの社会戦争における実際の機能はどうであれ、無数の人びとの放った声が、それ自身で力をふるい始めたことだった。それは回り回って「現実」をつくりあげ、実際の政策立案の取りうる幅を規定するほどの力を持つようになったのだ。実際、日米開戦前の政治家や軍人、政府高官の手記や回想録を読むと、「負けるなんて言えるはずがない」「戦えないなんて言える空気でない」といった旨のことがよく書かれている」(359頁)。終章には以下のような指摘も。「…普通の人びとといっても、ただ単に首をすくめて歴史的出来事の嵐を耐え忍んでいたわけでもなく、時にはその流れに積極的に参加したり、またそれをうまく利用したりすることで、そうした歴史的出来事の形成に、何らかのかたちで参与していたのではないか…」(559頁)。
〇 益田さんの前著『人びとのなかの冷戦世界──想像が現実となるとき』(2021年、小社刊)は、第75回毎日出版文化賞および第21回大佛次郎論壇賞の受賞作です。新型コロナ禍のためシンガポール在住の益田さんは両賞の贈呈式への出席が叶わず、録画メッセージによる受賞者挨拶となったのでした。僭越ながら編集担当として大佛論壇賞の賞牌を代理で受け取ったことも思いだされます。
〇 コロナの猛威、ウクライナとガザの2つの戦争、そして気候危機と度重なる自然災害……。私事ながら、数年間にわたる小欄の執筆担当を今号で終えるにあたって振り返ってみますに、これら脅威と、そのなかで本の力とは何なのだろうという過大な問いが脳裏から離れることはなかったように思います。これまでお読みいただきまして、ありがとうございました。今後とも小誌をご愛顧賜りますよう、お願い申し上げます。
〇 受賞報告です。第38回和辻哲郎文化賞を、日比嘉高さんの『帝国の書店──書物が編んだ近代日本の知のネットワーク』が受章。第43回政治研究櫻田會賞金牌を、玉置敦彦さんの『帝国アメリカがゆずるとき──譲歩と圧力の非対称同盟』が受けました。




