web岩波 たねをまく

岩波書店のWEBマガジン「たねをまく」

MENU

金子守恵 金属をめぐる両義性[『図書』2026年3月号より]

金属をめぐる両義性

エチオピア西南部における鍛冶仕事

 

エルメス財団 Savoir&Faire 金属

 「金属とはこれほど幅広い分野に関わる素材だったのか」というのが読後の率直な感想だ。本書(以下『金属』)におさめられている23編には、鉱石から金属を製造する冶金の技術的な変遷や、金属を素材とした作品についての論考とともに、古代から現代に至るまで、金属が人びとの想像力をかき立てるような魅力的な素材であったことを示す論考も多数含まれている。金属にかかわる両義性についての本書の議論を整理し、評者が研究を進めてきたエチオピア西南部の鍛冶職人にかかわる両義性に関連づけて論じたい。

『金属』の刊行とものをつくる哲学

 『金属』は、2008年にパリで設立されたエルメス財団が、「自然素材に焦点をあて、専門家が分野を超えて知識や技術の共有(本書まえがきより)」をすることを目指した活動成果のひとつである。446頁にわたる大部の本書は、フランスで編まれた書籍シリーズ〈Savoir & Faire〉のなかから日本語へ翻訳した論考10本と、日本語版刊行にあたって書き下ろされた論考、さらに日本語版の「まえがき」と「あとがき」からなる。日本では、『金属』のほかに、『木』(21年)と『』(23年)がすでに刊行されている。

 本書には、自然素材としての金属の特性をあつかった論考だけではなく、奥出雲のたたら製鉄の金屋子の神様への信仰(112―130頁)やヘヴィメタル音楽が出現した背景(268―274頁)を論じた人文科学的な論考も含まれている。これらを読むと、金属という無機質な素材に、人びとの信仰を集め、金属の重さや硬さのイメージに結びついた音源やカルチャーを作りださせる想像力を有機的に結びつける力が備わっていることに気づかされる。それは、エルメスが、素材の特性だけではなく、人間の自然素材に対する考え方まで考慮してものつくりにたずさわるという哲学を大切にしていることを想像させる。

金属にかかわる両義性
──素材としての寛容さと不寛容さ/鍛冶職人は恐れと崇拝の対象

 素材としての金属の両義性を考えるときに、ロン・アラッドの次の指摘は参考になる。金属を用いた制作は、「途中でアイディアを変えられますし、簡単に切ったり、曲げたり、折ったり、溶かしたりできます(134頁)」という。この金属の寛容性は、いったん削ってしまうと元にはもどせない木を扱う職人の気質と対比される。しかし、自らを職人ではない、と言明する彼にとって、金属もまた、職人ならば制作途中でアイディアを変えることが難しい不寛容な特徴をもつ存在でもある。

 金属が素材として寛容もしくは不寛容であるという両義的な点は、職人かデザイナーかといった制作にかかわる立場のちがいを際立たせるが、それと同時に、加工や制作技術の発展にともなって、人間の創造性を刺激する源泉にもなってきたことを示している。思わず凝視し続けてしまうほど精緻につくられた昆虫や甲殻類をモデルにした自在置物(176―192頁)、手にとって使ってみると機能的なちがいが明確になる錠前(194―216頁)や刀剣(218―236頁)などはその証左であろう。

 一方で、金属の加工にかかわる人びとは、古来より、技能をもった人間と認識されてきたことに加えて、周囲から恐れと崇拝の対象として特別扱いされてきた。地域によっては、「特殊な職能集団を形成し、あるいは崇められ、あるいは蔑まれ、その評価は文化的背景によってさまざまに異なるが、常に恐れられる存在だった」(4頁)。

 アフリカ大陸の北東部に位置するエチオピアでは、19世紀頃に北部においてエチオピア系ユダヤ人(ファラシャ)が鍛冶仕事を担い、彼らが畏怖される存在として扱われていたという記録がある(Pankhurst, R. (1990) A Social History of Ethiopia, Institute of Ethiopian Studies, Addis Ababa University, p.371)。エチオピア正教会信徒が多数であった北部において、鍛冶仕事にかかわる人が地域外から移住してきたマイノリティ(少数派)であったという点は興味深い。

 エチオピア南部では、男性の鍛冶職人が、農具や調理具などの製作を生業としていたことが報告されてきた。現在では、特定の民族集団内に職能集団を形成して、生業活動として鍛冶仕事に従事しているが、もともとは地域外からの移住者であったという口頭伝承が残っているところもある。ここでも、職能集団に属する人びとは、周囲から常に恐れられる存在といわれてきた。これまでの研究では、地域や民族集団によっては、職人たちは農民集団と比較して、居住場所や婚姻関係の結び方、共同労働組織の編成、儀礼において特定の役割を担う点において、機会の制約を受けてきたが、周縁化の程度を一般化することは困難であると指摘されてきた(Freeman, D., Pankhurst, A. (2003) Peripheral People: The Excluded Minorities of Ethiopia, C Hurst & Co Publishers Ltd, p.350)。

エチオピア西南部における鍛冶職人の両義性──分断をつなぐ技術

 評者が調査を行ってきたエチオピア西南部に暮らすアリ人の中には、鍛冶仕事を生業にする男性職人がいる。彼らはファカマナと呼ばれる職能集団に属しており、集団内で婚姻関係を結ぶ。男子は乳歯が生え変わる時期から鍛冶仕事に従事し始め、一人前になると父の家を出て、鍛冶職人が居住していない地域へ移住する。隣接する他民族の村に移住する場合もある。地方でも都市化がすすみ、鍛冶仕事以外の職に就業することも可能ではあるが、ファカマナの男性にとって鍛冶仕事は生業活動の選択肢のひとつであり続けている。エチオピア西南部では、1950年代に製鉄作業を行っていた記録が残っているが(ゲーテ大学フロベニウス研究所画像資料)、2025年8月時点において、鍛冶職人が製鉄作業をすることはなく、車両の廃材などを購入して、農具や調理具の製作やメンテナンスを行っている。

 彼らは、母屋近くに工房を造り、地面に埋め込み式の火床と鞴を設置して、製作とメンテナンス作業を行う。女性がその工房に入ることは忌避されている。ちなみに、ファカマナの少年が最初に作成するのは、タマネギを刻む刃渡り10センチくらいの小型ナイフで、その後、より大きな刃渡りの道具や、フック型もしくは尖頭型の刃がついた道具を製作する。外国人観光客向けに、鞘付きのナイフを製作する場合もあるが、周辺に暮らす農民からの農具の製作やメンテナンス依頼が中心である。

 農業を生業とする多数派のアリ人の間では、ファカマナは技能をもったマイノリティであると同時に、婚姻関係を結ぶ対象ではない人と認識されている。その理由として、ファカマナは、昔から野生動物を食べていて汚れているという語りや、葬儀の時にアリ人農民の遺体を埋葬する役割を担う汚れた存在であるという説明がある。言説のレベルで、農民がファカマナを慣習的に忌避している一方で、農具のメンテナンスを依頼し続けることで、農民が鍛冶職人の技量を知り、それを介して信頼関係を築いていくことも多い。

 エチオピア西南部の村に移住して20年以上暮らす、ある鍛冶職人は、居住域周辺に暮らす農民から、鍛冶仕事の技量を高く評価されていた。移住してからは、プロテスタントに改宗し、教会の共同労働などへの参加を介して、周囲の農民と交流をもつようになっていった。彼の工房を訪ねるたびに、周囲の農家が集まって世間話や情報交換をしたり、時には、困りごとの相談をしている姿を目にすることもしばしばあった。村の近くに空港を建設する計画が立ち上げられた際には、住民立ち合いの視察会に参加し、村の自治にかかわる集まりで一定の発言力をもっていた。

 これはひとりの職人の事例でしかないが、これまで、政治的な参加の機会が限られ、周縁化されていた鍛冶職人が、自らの技量で中心的な役割を担うことが可能になっていたことは注目に値する出来事であった。農民にとって両義的な存在である鍛冶職人への対応は、同じ民族集団内の分断を加速させる側面がある一方で、鍛冶仕事の技量やそれを基盤に信頼関係が構築されることを介して、農民と鍛冶職人を社会的につないでいくこともある。

 近年、この地域には、世襲型の鍛冶仕事に加えて、工房の徒弟制的な環境下で加工技術を学んだ人たちが、地方の金属加工業に参入している。さまざまな背景で金属加工技術を会得した人が増えることで、鍛冶仕事に関わる両義性もまた時代とともに変化し、利用者と製作者の社会的な関係にも影響していくことが予想される。そして、これまでになかった社会的な関係が契機となり、あらたな技術が進展していくことも期待できる。

おわりに──『金属』の3つの両義性

 『金属』の両義性として、3つの点を指摘してしめくくりたい。1つ目は、金属の加工技術は身体感覚の習得(243頁)が不可欠だが、可視化しなければこの魅力を多くの人に伝えることは難しい点にある。本書に掲載されている画像の多くは、作り手から見える視界を意識して撮影されている。「いったいどうやって製作するのだろう?」という読者の素朴な疑問は、写真画像や製作過程のイラスト画像をじっくり観察すると解消されることが多いだろう。

 2つ目は、446頁にわたる大部の書籍であるが、(評者にとっては)いつでも手に取れる場所におきたい一冊になった点にある。実際に手に取ると、片手で支えても本が開きやすい構造になっていることに気づき、重量を苦にせず、もう一方の手の指で頁を繰り続けたくなるような「もの」としての上質な質感がある。画像を見ているだけで楽しめる、雑誌のような百科事典ともいえる本書は、手元においておくからこそ価値がある。

 3つ目は、読めば読むほど、金属の質感とはどんなものかを体験したくなる点にある。エルメス財団は、2014年からフランスにて「スキル・アカデミー」という社会貢献プログラムを企画し、書籍の刊行に加えて、同じテーマでワークショップを開催してきた。2021年には日本でも同様の取り組みに着手したが、中高生を対象にワークショップを開催している点が特徴的だと聞く。本書の頁を繰るだけでは満足できなくなった方は、金属をめぐる両義性を念頭において、2026年度「金属」ワークショップへの参加を検討してみることをおすすめする。

(かねこ もりえ・人類学)

*エルメス財団主催 スキル・アカデミー「金属に学ぶ、五感で考える」春のワークショップが2026年3月22日―6月7日にかけて7日間開催されます。中学生・高校生を主な対象とし、大人も若干名募集しています。募集期間は1月15日―3月5日まで。詳しくは「銀座メゾンエルメス」ウェブサイトをご確認ください。
☞ https://www.hermes.com/jp/ja/content/344249-mgeditopagearticleskillsacademyworkshop02/


『図書』年間購読のお申込みはこちら

タグ

関連書籍

ランキング

  1. Event Calender(イベントカレンダー)
  2. 岩波書店 ポッドキャスト ほんのタネ

国民的な[国語+百科]辞典の最新版!

広辞苑 第七版(普通版)

広辞苑 第七版(普通版)

新村 出 編

詳しくはこちら

キーワードから探す

記事一覧

閉じる