【特別公開】憲法9条を実行する[柄谷行人/岩波書店編集部編『これからどうする』より]
世界史の構造を規定する力を交換様式で読み解いた『定本 力と交換様式』、日本人の無意識に分け入り国際社会への9条贈与論を展開した『憲法の無意識』などの著作活動で知られる柄谷行人さん。近著『私の謎 柄谷行人回想録』も話題です。
憲法公布80年の節目の年に、柄谷行人著「憲法9条を実行する」を公開いたします(岩波書店編集部編『これからどうする──未来のつくり方』2015年より)。
私はずいぶん前から「歴史と反復」について書いてきた。私がいうのは、国家と資本がそれぞれ反復的な構造をもっているということである。たとえば、1990年以後は「新自由主義」と呼ばれているが、それは1870年以後に生じた帝国主義の再版である。帝国主義とは、先進資本主義国で一般的利潤率の低下に追いつめられた資本が海外に向かい、それに伴って国家がその支配圏を広げようとするものである。それが帝国主義戦争に帰結することはいうまでもない。
このことは東アジアを見るときにはっきりする。現在の東アジアには、中国、南北朝鮮、台湾、日本が存在し、さらにアメリカとロシアが介在するが、このような地政学的構造は、1890年代に、すなわち日清戦争のころに形成されたものである。現在、日本と中国や韓国との間の紛争の種である尖閣列島や竹島をめぐる争いも、この時期に端を発するものである。それらは法律的に解決できるような問題ではない。
日清戦争のころに、日本は、いわゆる「脱亜入欧」の道を選んだ。「脱亜」とはいっても、それは西洋列強と並んで「入亜」することである。日清戦争の時点での「脱亜入欧」という選択が、日本を第二次世界大戦の敗戦にいたるまでの道に導いたのだ。その意味で、東アジアの現状をもたらしたのは、日本がとった選択である。したがって、ここにある諸問題を解決するためには、漠然と過去を反省するということではすまない。120年前に日本がとった選択を、今の時点でやり直さねばならない。また、それは可能なのである。
にもかかわらず、日本はかつての「脱亜入欧」と同じ道をとろうとしている。つまり、アメリカと結託して、中国と対峙する道を選びつつある。アメリカは、日本だけでなく、インドその他アジア諸国をまきこんで、中国に対抗しようとする。その結果、東アジアには現在、日清戦争の頃と似たような事態が生じている。だが、類似するとはいえ、現在の状況は、120年前とは異なる。
そもそも、中国はかつての清朝のように衰退していない。それどころか、当面まだまだ発展していく状態にある。一方、アメリカは19世紀末のイギリスと同様に衰退しつつある。日本も同様である。日清戦争の時期と決定的に異なるのは、その辺である。だから、もし歴史が反復されるとしたら、勝敗に関しては、120年前と逆の結果になると考えた方がいい。その意味でも、日本はこの反復を避けるべきなのである。
一方、120年前の選択をやり直すために、日本が「脱亜」とは逆に、「入亜」を選べばよいのではないか、という意見がある。しかし、日清戦争の時期にそれが難しかったように、今もそれは難しい。たとえば、日本がアメリカ側につけば、日本と中国の対立が生じるが、日本が中国側につけば、日本とアメリカの対立が生じる。要するに、日本が脱亜・入亜のいずれをとろうと、東アジアには、戦争の危機が迫っている。一時的にそれを回避しても、今後にそれが生じる。東アジアだけでなく、世界的に帝国間の対立や戦争が拡大する可能性がある。その展望の中で、どうすればよいか。
実は、それは簡単である。国家が戦争を放棄すればよいのだ。もちろん、これは日本に限定されることではないが、日本の場合は、憲法9条を実行すればよい。この条項は、日清戦争の時点で日本がとった選択が究極的にもたらした帰結であった。ゆえに、日清戦争以後の選択をやり直すためには、この憲法9条を「実行」することが最善であり、それしかない。これは憲法9条を護るということとは異なる。これを実行するためには、革命に等しい変革が必要である。が、それは、不可能ではない。軍備を拡大し、戦争に勝ち抜くことに比べれば、はるかに実現可能性が高い。
戦争の放棄に関して、重要なのは、それを降伏や服従としてではなく、積極的な「贈与」として行うことである。軍事的な主権を「贈与」することは、服従とは違う。贈与することには、いわば「贈与の力」が伴う。そのようにいうと、贈与の力が武力よりも強いということはありえない、非現実的だ、という答えがすぐに返ってくる。しかし、私はそう思わない。今のように戦争への道に向かいつつあるときに、ますます武力や財力の増強に訴えるということが、どうして現実的でありえよう。そんなことで解決が得られると考えることが、空想的である。
たとえば、日本が、あるいは、どの国でもいいが、戦争放棄を宣言した場合、他の国が、そのような国を攻めるだろうか。もし攻めたら、その国は世界中の世論から非難を浴び、回復不能な不名誉をこうむることになるだろう。だから、贈与には力があるのだ。戦争の放棄=贈与は、たんに120年前の反復を避けて、それを新たにやり直すだけではなく、もっと普遍的に、世界史的な意味をもつことになる。おそらく日本はそれとは逆の道をたどるだろう。が、結局は、そこに行き着くことになる、ただし破滅のあとに。
『定本 力と交換様式』
「交換」から生じる目に見えない謎の「力」――。
物理的ではない観念的、霊的なこの「力」によって
人間と社会は知らない間に動かされている。
資本主義の物神と国家という怪物がもたらす危機の克服には
交換様式の転換が必要である。
世界史の構造を規定する力を交換様式で読み解き、
21世紀に『資本論』を継ぐ、未来への書。
『憲法の無意識』
なぜ戦後70年を経てもなお改憲は実現しないのか。
なぜ9条は実行されていないのに残されているのか。
改憲、護憲の議論が見逃しているものは何か。
糸口は「無意識」である。
日本人の歴史的・集団的無意識に分け入り、
「戦争の末の」平和ではない、世界平和への道筋を示す。
デモで社会を変え、国際社会に9条を贈与しよう。
「憲法の無意識」が政治の危機に立ち現れる。
著者略歴
柄谷 行人(からたに・こうじん)
1941年生まれ。思想家。著書に『定本 日本近代文学の起源』『トランスクリティーク──カントとマルクス』『世界史の構造』『帝国の構造』『哲学の起源』(以上,岩波現代文庫)、『世界共和国へ』『憲法の無意識』『世界史の実験』(以上,岩波新書)、『定本 柄谷行人集』(全5巻)、『定本 柄谷行人文学論集』(以上,岩波書店)、『ニュー・アソシエーショニスト宣言』(作品社)ほか多数。2022年「哲学のノーベル賞」米バーグルエン賞を受賞。







