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中村真人 明子のピアノが『借りた風景』となるまで[『図書』2026年6月号より]

明子のピアノが『借りた風景』となるまで

記憶を語る楽器たち

 

 コロナ禍真っ只中の2021年2月。コンサートや演劇など、文化活動がほぼ停止する中で、ふと余白の時間ができた私は、同じベルリン在住の知人、小児科医ペーター・ハウバーに長いメールをしたためた。

 その半年前に刊行した岩波ブックレット『明子のピアノ』を説明した上で、「被爆死した河本明子さんと彼女が弾いていたピアノの物語をドイツでも紹介したい。そして、ロンドン在住の作曲家藤倉大の新作ピアノ協奏曲《Akiko’s Piano》をドイツの聴衆に聴いてもらえる機会を作れないだろうか」と相談した。ハウバーは弦楽器の収集家として若手音楽家に楽器を貸与するほか、IPPNW(核戦争防止国際医師会議)主催のチャリティーコンサートを長年企画するなど、異色の活動をしてきた。彼ならば何かの力になってくれるのではないかと思ったのである。

 ハウバーは明子のピアノに強い興味を示し、「ベルリン音楽祭に企画を出してみたい」と言ってくれた。コンサート活動が停止している時期、この企画は進まなかったが、約2ヶ月後、思いがけないメールが届いた。差出人はハイケ・タウフという女性。「友人のハウバーさんから話を聞きました。明子のピアノについて詳しい話を聞かせてもらえませんか」という内容だった。

 ハイケとその夫フロリアン・ゴルトベルクは、それぞれの名を取った「タウフゴルト」というユニット名で放送や舞台のための創作活動をしている。かねてから二人は楽器という存在に強い関心を抱いていた。弦楽器が典型だが、楽器の方がそれを奏でる音楽家よりもはるかに長い時を歩んでいることは珍しくない。「もし楽器に意識があったら、彼らはどんな物語を語り始めるだろうか」。そんな空想をもとに、コロナ禍の最中、彼らは25もの楽器をリサーチしていた。例えば、アマゾン川で船から落ちてバラバラになりながらも、再び組み立てられたチェロの話などだ。しかし、それらをどうひとつの作品にまとめ上げるか、模索を続けている状況だった。

 5月のある日、そんな背景を知らずに、私は初めてハイケとフロリアンに会った。知的であたたかい人柄の彼らと意気投合し、すぐに友人となった。1926年に日本人の両親のもと、ロサンゼルスで生まれた河本明子さんは、19歳で広島の原爆に命を奪われた。両親がかかえ続けた深い悲しみ。長い歳月を経て、愛奏していたピアノが響きを取り戻す……。私は明子のピアノを夢中で話し続けた。

 「話を聞いた瞬間、私たちは「これだ!」と確信しました。明子のピアノはただ歴史を目撃しただけでなく、その痛みを、そして再生を体現している。すぐにこの物語を中心に捉え、3つの楽器が語り合う形に作品を絞り込むことにしました」(フロリアン)

 ほかの2つの楽器とは、第二次世界大戦中、ブダペストの地下室に閉じ込められていたヴァイオリンの名器ストラディヴァリウス。そして大戦直前、あるユダヤ人がポーランドからパレスチナに逃れる際、置き去りにされたコントラバス。いずれも第二次大戦の「文化的自害」とでもいうべき野蛮な力の嵐をくぐり抜けた楽器たちだ。

 フロリアンは語る。「もうひとつ、このピアノには他の楽器にはない重い事実が含まれていました。明子さんはアメリカ生まれで、そのピアノもアメリカ製。いわば「同胞」であるアメリカの原爆により命を奪われたわけです。文化というものは本来、国境を越えてつながっているはずなのに、政治や戦争がそれを分断し、自国の文化さえも攻撃対象にしてしまう。この「敵味方の区別がつかない混沌とした悲劇」こそが、作品を貫く強力なテーマになると確信したのです。

 昨日まで友人だった者たちが、政治的な意図によって「敵」に仕立て上げられ、爆撃を受ける。明子のピアノが語る物語は、決して過去のものではなく、今この瞬間も世界のどこかで起きている悲劇と地続きなのです。だからこそ、この3つの楽器の声を通じて、私たちは警鐘を鳴らさなければならないと感じました」

 ロックダウンの期間中、ハイケとフロリアンは、ベルリン南西部のシュラハテン湖を歩きながら、作品の構造や言葉の一つひとつについて議論を重ねた。やがて、3つの楽器の史実を土台としながら、いまを生きる架空の音楽家の視点から楽器の歴史とその記憶を語る放送劇(ラジオドラマ)のテキストが生まれてゆく。

 彼らがこだわったのは、物語をストレートに伝えるだけでなく、ギリシャ悲劇の合唱隊のような、多層的な声が歴史の断片を語る抽象的な要素を取り入れることだった。記憶というものが断片的であり、複数の視点が重なり合って成立しているという考えからである。

 完成が近づいた2021年末、二人と食事した際に、「この放送劇のための音楽を藤倉大さんに書いてもらえないだろうか」と相談を受けた。明子のピアノを芸術品として社会へ橋渡ししてきたKAJIMOTOプロジェクトアドバイザーの佐藤正治を通じて打診したところ、藤倉は作品の趣旨に共鳴し、快諾してくれた。

 ハイケとフロリアンが驚いたのは、藤倉の仕事の速さだった。時にテキストが書き上がる前に音楽が送られてくることも。ロンドンとベルリンをチャットやメールでつなぎ、リアルタイムで言葉と音楽が互いを刺激し合いながら作品を急ピッチに仕上げていく共同作業は、「魔法のようだった」と振り返る。

 出演者も固まってきた。ピアノは、藤倉と親しく彼の作品をいくつも初演してきたベルリン在住の小菅優。ヴァイオリンと音楽監督は、ベルリン・ドイツ・オペラ副コンサートマスターのインディラ・コッホ。4人のナレーションにはフリッツィ・ハーバーラント、ザムエル・フィンツィといったドイツ演劇界の著名な俳優たちが揃った。

 2022年春、こうして生まれた放送劇『借りた風景』の収録が行われた。東洋思想に造詣の深いフロリアンは、2015年にハイケとの結婚式を京都の寺で挙げている。その時に訪れ、強い印象を受けた圓通寺の借景が、作品のタイトルになった。人は自らの意思で楽器を借りたと思っているが、貸しているのは実は楽器の方ではないか。人よりもずっと長い時を生きてきた楽器が、借景のように奏者の向こうに見える地平を広げてくれる。そんなイメージからだった。

 収録の直前、ロシアによるウクライナ侵攻が起こった。地続きのベルリンにもウクライナからの避難民が押し寄せた。フロリアンは今まさに繰り返されている現実の悲劇の切実さを伝えるため、台本の一部を書き直した。

 ラジオドラマ演出の豊富な経験をもつハイケは、編集作業でも才覚を発揮した。俳優たちの声を個別に録音したのち、彼女は絶妙なタイミングでずらし、重ね合わせ、独特な「コーラス」を作り上げた。言葉のリズムと音楽的な響きを捉えるその耳は比類ないものだったという。

 6月18日、『借りた風景』は、ドイツの公共ラジオ「ドイチュラントフンク」にて放送初演された。音楽と台詞(ナレーション)が対等の関係に置かれるこの作品では、オラトリオの変形である「ナラトリオ」の形式が取られた。

 

 『借りた風景』の反響はドイツ国内に留まらなかった。タウフゴルトはその後、ニューヨークの「ブラックボックス・アンサンブル」から舞台化の打診を受ける。

 その頃、ハイケに癌が見つかったという。余命が限られていることがわかり、彼女は治療を受けず、「生きたいように生き抜く」ことを決意する。

 2023年秋、ハイケとフロリアンはニューヨークに飛んだ。ハイケは鎮痛剤を打ち、痛みと闘いながら六週間におよぶキャスティング、リハーサル、上演をやり遂げた。11月8日、イサム・ノグチ美術館での『借りた風景』舞台版初演は大成功を収めた。

 「いつかこの作品を広島で上演したい」。それはハイケとフロリアンが完成前に誓い合った夢であり、私を含め明子のピアノに関わる人たちの共通の願いでもあった。

 2024年7月末、一時帰国中だった私は横須賀のバスに乗っている時、ハイケの訃報に接した。彼女の末期癌のことは周囲にもほとんど明かされておらず、私はショックで茫然自失となった。ハイケはフロリアンと別のラジオドラマを完成させた1週間後、静かに息を引き取ったという。

 「(広島での舞台を)絶対に実現させましょう」。直後にこう書いていたのは、ハイケとの親交を深めていた小菅優だった。被爆から80年となる2025年2月、広島での日本初演を目指してプロジェクトが動き始めた。予算面での目処が立たない中だったが、KAJIMOTOの制作スタッフ、さらに公演の主催者で明子のピアノの保存・管理を続けているHOPEプロジェクトの二口とみゑや廣谷明人らの献身的なサポートにより、明子の母校である広島女学院での上演が実現することが決まった。フロリアンと、台本の日本語翻訳を任された私も広島に飛んだ。

明子のピアノを弾く小菅優さん。2025年2月、広島の平和記念公園レストランハウスにて
明子のピアノを弾く小菅優さん。2025年2月、広島の平和記念公園レストランハウスにて。撮影=筆者

 ラジオドラマではナレーションと音楽の収録は別々に行われたが、広島でのリハーサルにはナレーション(大山大輔、多和田さち子、西名みずほ、日髙徹郎)と音楽(ピアノ:小菅優、ヴァイオリン:北田千尋、コントラバス:エディクソン・ルイス)が一堂に会した。英語、ドイツ語、日本語が混ざり合う熱のこもったリハーサルが繰り広げられた。

 2月16日、広島女学院ゲーンスホールでの公演は、ほぼ満員の聴衆を迎えて行われた。このホールの裏手には、明子を含め、原爆で亡くなった生徒と教職員330人の慰霊碑が置かれている。終盤、明子のオリジナルの日記が読み上げられるところから、この場所の持つ磁力のようなものも作用し始めた。《Akiko’s Piano》のカデンツァ部分を小菅がボールドウィン製の明子のピアノで奏でると、明子の記憶と彼女が生きていれば続いていたかもしれない音の「風景」が聴き手の前に立ち上がるかのようだった。

 フロリアンはこう振り返る。「広島の地に立った時、ハイケを失った深い悲しみと共に、人々のあたたかさに救われる思いでした。この街で、明子のピアノの物語が再び語り継がれる。それは私にとって、単なる上演以上の、魂の癒やしとなる経験でした」

 この6月14日、音楽朗読劇『借りた風景』が、サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデンの一環で上演される。小菅優のプロデュースのもと、タウフゴルトの作品はまた新たな生命力を発散させるはずだ。

 もうひとつ、6月29日にはハンブルクのマルタ・アルゲリッチ・フェスティバルで、藤倉大《Akiko’s Piano》が欧州初演されるとの朗報が届いた(ピアノ独奏は酒井茜)。軍事大国による「文化的自害」といえる戦争が世界を混沌に陥らせる中、私たちはこのピアノの響きに耳を傾け、国境を越えて連帯したい。

(なかむら まさと・フリーライター)


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