【緊急寄稿】永井幸寿 緊急事態条項と議員任期延長、イメージ案の問題点
去る2026年5月14日の衆議院憲法審査会で、憲法を改正して「緊急事態条項」を創設するイメージ案が提示されました。作成したのは衆議院法制局と衆議院憲法審査会事務局。岩波ブックレット『憲法に緊急事態条項は必要か』の著者・永井幸寿氏がこのイメージ案を徹底検証。問題点を指摘しました。

1 衆議院法制局法制局と憲法審査会事務局の案
現在、衆議院の憲法審査会ではかつてないことが行われている。本年5月14日に、衆議院法制局と、憲法審査会事務局が、緊急事態(大規模自然災害、感染症の大規模なまん延、内乱などの社会秩序の混乱、外部からの武力攻撃、その他これらに匹敵する事態)における、緊急事態条項と議員の任期延長についての「イメージ案」を提示した(以下、「法制局等案」)。これについては、従前の討論を踏まえて、「中立的かつ専門的な立場から整理・作成した」と注記がある。
しかし、緊急事態条項についても、議員任期延長についても複数の政党による強力な反対意見があるとともに、議論が多義にわたって合意が形成されていない。にもかかわらず、これら反対意見とその多数の反対理由を併記することもなく、もっぱら緊急事態条項肯定説や議員任期延長説の立場が記載されており、中立性が到底認められない内容である。
従前は、改憲案の条文が存在しなかったので審議が進まなかったが、今回の法制局等案は具体的に改憲を進める契機となり得るものである。そこで、「法制局等案」の問題点について、先ず、緊急事態条項である緊急政令と緊急財政処分について述べ、次に議員の任期延長について述べる。
2 法制局等案の緊急事態条項案(緊急政令)の問題点
法制局等案には旧憲法の緊急勅令を復活させた「緊急政令」が設けられた。これは、緊急事態に、国会による法律の制定を待ついとまがないと認められる特別の事情があるとき、内閣は法律と同じ効力の緊急政令を制定できる。緊急政令を制定したときは、国会の承認を求め、次期国会開会後○日以内に承認を得られないときは効力を失うというものである(法制局等案は「○日以内」としている)。これには以下の問題があり、私は法制局等案の緊急政令に反対である。
① 国会が機能しない場合ではない
憲法41条は国会を「唯一の立法機関」として法律は国民の代表である国会が制定するとする。内閣が「法律と同じ効力」の政令を制定できるのであれば、例外的に国会が機能できない場合に限定されなければならない。すなわち、国会の閉会中や、衆議院解散中で、臨時会や参議院の緊急集会が求められない場合である。しかし、法制局等案は、「国会による法律の制定を待ついとまがないと認める特別の事情があるとき」であれば足りるとする。「待てるか待てないか」とは主観的な判断であり、客観的な判断ではなく、恣意的な運用が為される危険が高い。例えば災害関連法規が野党の批判で審理が進まない場合「待ついとまがない」ということが可能である。国家権力が強かった旧憲法でさえ、緊急勅令の要件として「議会閉会の場合に」という客観的基準を設けていた(8条1項)。国会が開会していても、これを無視して政府が立法権を持てるのである。
② 期間が無制限
緊急政令には、発動の期間制限がない。期間は厳格に定められる必要がある。自民党の2012年の改憲案は多数の問題があるが、そこでも、100日を超えて緊急事態宣言を継続するときは国会の承認を必要としたのである(99条3項)。
③ 立法事項に制限がない
緊急政令は、災害や感染症等の緊急事態に限定されるものではなく、あらゆる事項について制定できる。感染症の蔓延時に、戦争に関する立法ができるし、スパイ防止法の制定、公職選挙法の改正もできる。
④ 国会の統制ができない
国会の事後承認を定めているが、具体的な期限が設けられていない。憲法53条の臨時国会の召集には期限がないとして、2020年~2022年に議院が臨時国会の召集を求めても、内閣が数ヵ月間放置することが行われた。これでは政府に対して国会の統制が及ばなくなり、権力濫用の危険が高く、民主主義を根底から覆すことになる。
3 法制局案等の緊急事態条項案(緊急財政処分)
次に、法制局等案の緊急財政処分は旧憲法の緊急財政処分を復活させるものである。これは、緊急時に、国会による予算の議決を待ついとまがないと認める特別の事情があるときは、内閣が必要な財政処分ができる。財政処分をしたときは、国会の承認を求めなければならない。次の国会で、○日以内に、国会の承認が得られなければ、その効力を失うというものである。以下の問題があり、私はこれに反対である。
① 財政民主主義
国の財政を処理する権限は、国会の決議に基づいて、行使しなければならない(憲法83条)。国の財政は主権者である国民に由来するものであり、国民の意思に基づいて処理され、国民全体の利益、幸福のために運用されなければならないという財政民主主義によるものである。緊急財政処分は、本来国会にある予算議決権を、政府に過度に認めたものであり、財政に対する国会の統制が及びにくくなり、財政民主主義に反するものである。
② 国会が機能しない場合ではない
緊急政令と同じく、国会による予算の議決を待ついとまがない時を要件としているが、財政民主主義からすれば、国会が機能しない例外的な場合に限定されなければならない。「待てるか待てないか」という主観的な判断は、恣意的な運用を認めることとなり、国会の統制を弱めるものである。
③ 暫定予算
どうしても予算の成立が困難であるときは財政法30条の「暫定予算」として、国会の承認を受けて厳格な要件のもと必要最小限度の予算を組むことができるのである。暫定予算は本予算の成立でこれに吸収されるのである。これに対して緊急財政処分は、国会の統制が及びにくくなるものである。
4 法制局等案の緊急事態条項案(任期延長)の問題点
法制局等の任期延長案は、緊急事態に、選挙の一体性が害されるほど広範な地域で、選挙の適正な実施が相当期間困難であることが明らかなとき、内閣は、選挙困難事態と、選挙困難事態が継続する期間の認定を行う。これらの認定は、あらかじめ国会の承認を得なければならない。内閣の認定と、国会の承認があったとき、議員の任期が延長し、又は任期が終了していたときは、議員の身分が復活するとする。
法制局等の任期延長・身分復活(以下まとめて「任期延長」)についても、私は以下の理由で反対である。
① そもそも任期は何のためにあるのか
憲法15条1項は公務員の選定罷免権は国民固有の権利であると規定して、主権者である国民に国会議員の選挙において投票することにより国政に参加する権利を保障している。国民の選挙権又はその行使を制限することは原則として許されず、制限することがやむを得ないと認められる事由がなければならない(最高裁判所平成17年9月14日判決)。国会議員の任期とは、議員や政権を担当している多数派に対して国民が任期までの活動を評価して審判を下すことによって国政に参加する機会を保障する、極めて重要な制度である。任期延長論は国民の選挙権を事実上制限するに等しいものというべきである。
② 衆議院の解散・任期満了選挙、参議院の通常選挙
審査会等案は、衆議院の解散選挙、衆議院の任期満了選挙、参議院の通常選挙のときに災害等緊急事態が起きた場合国会が機能しないと考えて、選挙ができなかったときに任期延長を定めるものである。しかし、このような場合でも、憲法によって国会は機能できるのである。イ、衆議院が解散中に大災害が起きた場合は、憲法に参議院の緊急集会(54条2項、3項)が設けられてあり、参議院が一時的に国会を代替して法律と予算を制定し、次の国会で10日以内に衆議院の同意がない場合にはこれらは効力を失うとされている。ロ、衆議院議員の任期満了の場合は、憲法54条2項が「衆議院が解散されたとき」を要件とするので参議院の緊急集会は開催できないようにも思える。しかし、参議院の緊急集会は国会の機能が失われたときに国会を代替するために設けられた制度である。衆議院の解散の場合も任期満了の場合も国会が機能できない点では同じである。従って、衆議院議員の任期満了の場合も、参議院の緊急集会が類推適用されるべきである。これは、高見勝利北海道大学名誉教授、長谷部恭男早大教授、土井真一京大教授はじめ、憲法学者の多数説となっている。ハ、また参議院議員の任期満了の時大災害等があった場合は、参議院には非改選議員が2分の1おり(46条)、議院の定足数は3分の1(56条1項)なので参議院は機能することができる。
③ 選挙の一体性とは何か
法制局等案は、「国政選挙の一体性が害される広範な地域」に国政選挙の適正な実施が困難な場合を要件とする。しかし、そもそも、「選挙の一体性」なる概念は、憲法上も公職選挙法上も存在しない。むしろ、公職選挙法は、「天災その他避けることのできない事故」の場合に投票を延期する繰り延べ投票(57条)を認め、また、議員の欠員を補充する補欠選挙(113条)の制度をとっており、「選挙の一体性」なる概念は否定している。「選挙の一体性」は講学上も実務上も存在しない概念であり、憲法審査会で一部任期延長論を唱えた議員が用いているにすぎない。存在しない概念をもって延期の要件とすることは無意味である。
④ 選挙の適正な実施が困難
法制局案は、また、相当期間、選挙の適正な実施が困難であることを要件とする。しかし、「選挙の適正な実施」の意味が明らかではなく、余りにも広範な要件である。大規模な災害が発生したときは、常に多数の避難者が発生する。これは、選挙人名簿のある住所地での投票ができないので「選挙の適正な実施」ができない場合に該当するということが可能である。東日本大震災では47万人、熊本地震では18万人、能登半島地震では3.5万人の避難者が出た。我が国では多数の自然災害が発生しており、そのたびに延期ができる可能性がある。
⑤ 現地の意見の反映
災害等の緊急事態においては、被災地等の意見を国会に反映させることが必要である。審査会等案では、原則として衆議院では4年前、参議院では6年も前に選出された議員がそのまま議員として活動して緊急事態の対処法を行うことになる。しかし、被災者の生活支援及び復興等は、被災地の現場の意見を反映することが不可欠である。そのためには災害後の選出議員が国会を構成しなければならない。
⑥ 選挙の早期実施の方法
国会に現地の意見を反映するためには早期の選挙実現が必要であるが法制局等案では何の問題解決にもならない。被災地での早期の選挙実現を阻害する要因は、イ、避難した被災者が選挙人名簿の住所地である被災地に赴いて選挙をしなければならないこと、ロ、被災自治体の事務量が災害で激増しているにもかかわらす選挙を実施することによって更に過大な負担を負うことである。そして、選挙に関する事項は法律によって定めることができる(憲法47条)。そこで、ⅰ)選挙の方法について、障害者等に限定されている郵便投票制度(公職選挙法49条2項)を被災者に適用を拡大すること、また、船員の不在者投票(同法49条7項)の類似の制度を被災者のために創設して、避難先の最寄りの市町村で投票できるようにすることによって、被災者の負担と、被災自治体の負担を軽減できる。また、ⅱ)災害対策基本法には自治体の職員の派遣制度があり、内閣総理大臣がこれを調整するとしている(災害対策基本法30条1項)。災害時にはこの規定を適正に運用して選挙の早期実施を行うことができる。問題は地方自治法252条の17の準用で費用の負担を派遣元自治体と派遣先自治体としていることであり、国が負担すべきである。
⑦ 任期の上限
任期延長論には上限を1年とする意見もあるが、更新を認めて上限を定めていない意見もある。上限が定めていない場合は、議員の任期を「10年」でも「20年」でも延長することできることになる。
また、総理大臣は議員によって選任されることからすれば、議員の任期延長は、議員を固定するとともに総理大臣を固定することになる。これは多数派の有利な選挙結果の時に議員の任期を延長することができることになり濫用の危険が極めて高い。
⑧ 災害対策の原則
災害対策の原則は「準備していないことはできない」ということである。関東大震災では死者の80%が焼死である。その対策は燃えない都市計画とその実施である。阪神・淡路大震災の死者の8割は圧死である。その対策は新耐震基準の設定と既存建物の耐震改修の促進である。東日本大震災では死者の90%以上は溺死である。この対策は、防潮堤の設置、宅地のかさ上げ・高台移転、避難路の創設等である。何れの対策も事前の準備である。審査会等案は、例えば南海トラフ地震が発生した後に、あわてて国会議員の任期を延長して、南海トラフ地震対策の法律等を制定するという考えであるが、南海トラフ地震の対処は今から準備していなければ対処できないのである。
⑨ 解散から40日
法制局等案は、参議院の緊急集会の活動期間は衆議院が解散されてから40日を超えた場合のために議員の任期延長が必要であると主張するようである。これは、憲法54条1項が衆議院が解散されたときから40日以内に総選挙を行うと規定していることによる。しかし、この規定は、内閣が衆議院を解散しておきながら総選挙の実施を怠ることを予防するために定めたものであり、解散後40日を超えた場合の衆議院総選挙を禁止する趣旨ではない。やむを得ない事由で衆議院議員の選挙が遅れることも憲法は当然許容しているものである。なお、憲法審査会では解散後40日を特に問題にする議論はなされていない。これは法制局の独自の意見である。
⑩ 立法事実の不存在
法制局等案が、仮に、参議院の緊急集会の制度が充分ではなく、その補完のために議員の任期延長が必要であるというのであれば、過去の参議院緊急集会の運用について支障があったという立法事実(憲法改正の正当性を支える社会的事実)が必要である。しかし、参議院の緊急集会は過去に2回しか開催されておらず、何れも、昭和20年代に行われて、ともに、政治的理由によって予期しない衆議院の解散がなされた場合に事務手続きを実施するために行われたものであり緊急事態に開催されたことは一度もない。また、この2回の開催についてみても、特段の支障があったわけでは無く、また、この開催を踏まえて国会法の改正がなされて対応がなされている。従って、参議院の緊急集会を補完すべき立法事実は認められない。
⑪ 参議院の存在意義
そもそも二院制により参議院が存在する理由は、任期6年、半数改選、緊急集会等によって、良識の府として衆議院の行き過ぎを抑えることだけでなく、衆議院が機能できないときに代替することにある。参議院の緊急集会がありながら、更にこれを補完する制度が必要であるとするのであれば、参議院の存在理由を根本的に見直すことが必要となるはずである。しかし、そのような議論は参議院はもとより衆議院においても行われていない。
(了)
【執筆者紹介】
永井幸寿(ながい・こうじゅ)
1955年生まれ。弁護士。日本弁護士連合会災害復興支援委員会委員長、関西学院大学災害復興制度研究所客員研究員などを歴任。
著書─『憲法に緊急事態条項は必要か』(岩波ブックレット)
『震災復興のまちづくりと法』(共著,三省堂)
『看護の統合と実践(3) 災害看護 第5版』(共著,メディカ出版)
『トリアージ──日常からトリアージを考える』(共著,荘道社)
『戦争と法 命と暮らしは守られるのか』(岩波新書)




