【特別公開】親切が押し寄せる「怖い国」(イラン)[白石あづさ『逃げ続けたら世界一周していました』より]
刊行以来、書評や紹介が続いている話題のジュニア新書『逃げ続けたら世界一周していました』より、イランの章を一部抜粋して公開します。
今年に入ってからアメリカとイスラエルによる攻撃が始まり、ホルムズ海峡の閉鎖やナフサ不足など、イランに関してたくさんのニュースが流れてきます。
しかしいったいどんな国で、どんな人たちが暮らしているのかあまり知られていません。ニュースやインターネットで流れてくる情報の向こう側には、私たちと同じ普通の人たちが生きていることを感じさせる一節です。
✥ なんとなく怖いと思っている国
皆さんの心の中で「なんとなく怖いと思っている国」ってありませんか?
実際に海外に出るまで私はたくさんありました。先述の社会主義国家のキューバもそのひとつでしたが、そのほかにも無差別テロがよく起きる銃社会のアメリカ、ミサイルを日本海に飛ばす北朝鮮(「なんとなく」ではなく、落ちたら「かなり」怖いですが)、政治犯の多い中国や、時々強力な伝染病が発生するアフリカ、治安の悪い南米の国々や、マフィア映画の影響でイタリアも私にとっては怖い国でした。
ただ、世界を実際に歩いてみると、のどかに見えるフランスの田舎でスリに遭いそうになったり、スペインで急に男の人にどなられて怖い思いをしたり、反対に治安はすこぶる悪そうなのに居心地が良くて長居した国もあったりと予想とはだいぶ違うことも多かったのです。
さて、その私の「なんとなく怖い国」リストに、「イスラム教の国々」がありました。イスラム教の国といっても、トルコのように欧米化をすすめ、女の人がスカーフをかぶらなくてもよくて酒も(堂々とではないけれど)飲める国もあれば、戒律がきびしく酒は厳禁で、女性は顔や目だけだしてすっぽり黒いチャドル(イスラム教の女性の服装)で体全体を覆っている国もあります。
宗教が同じでも国によって法律や戒律に差があることは、旅をしながら知ったのですが、それでもなんとなくイスラム教の国は戦争やテロなどのイメージがつきまとい、いいイメージがありませんでした。
特にイランは、イスラム教の国の中でも戒律がきびしい国だと聞いていました。結婚前の男女が手をつないだりしてはいけないし、女の人は必ずスカーフをかぶらないと出歩けません。日本と比べ、なんと窮屈なのでしょう。
かつて「世界の半分(がここにある)」と言われたほど立派なイランの遺跡や美しいモスク(イスラム教の寺院)は見たいけれど、酒と自由を愛する私としてはパッパと見たいものだけ見て、次の国へと向かおうと思いました。それに敬虔なイスラム教徒の人から見たら、信仰心のない「なんとなく仏教徒」である日本人の私は不真面目に見えるかもしれません。いろいろ聞かれたら面倒だし、あまり現地のイラン人と仲良くならないようにしようと心に決めました。
✥ ひっぱりだこになる
私は中国から中央アジアの国々(イスラム教の国だけどそれほど戒律はきびしくない)を巡った後、イランのマシュハドという北部の街に到着しました。そこから観光地のイスファハーンへと向かうため、夜行バスに乗りました。スカーフを頭に巻いて長めのコートを羽織っているものの、平たい顔に細い目の私は、目が大きく彫りの深いイラン人乗客の中で、どうしても目立ってしまいます。
隣の席のチャドルを着た60歳くらいのおばさんが、ペルシャ語でしきりに話しかけてくれるのですが、まるで分かりません。トイレ休憩のため真夜中のドライブインでバスが止まりました。すると同じバスに乗っていた白い髭のおじいさんが、私にザムザムというコカ・コーラそっくりのジュースを買ってきてくれました。お金を渡そうとしても受け取りません。
別の女性が持っていたパンを、さらに隣の席のおばさんはプラムをくれます。おまけに皆、珍しい東洋人に興味津々で、何やらいろいろ聞いてきますが、誰も英語を話せないので、私は首を傾げるばかりです。イスラムの人とあまり関わらないようにしようと用心していたのに、旅のはじめからめちゃくちゃ人々が関わってきて猛烈に親切にされてしまいました。
朝4時前にイスファハーンに到着しました。まだ冬の空は暗く、私はバスターミナルそばの適当な安宿に向かおうと大きなリュックを背負いました。ところが、隣の席のおばさんが私の手をつかんで放しません。どうやら「暗いし危ないからうちに来なさい」と言っているようなのですが、断っても他の乗客や運転手たちも「彼女について行きなさい」とジェスチャーして背中を押してきます。
「いや、皆さん、誰もこのおばさんの素性を知らないでしょう。悪い人だったらどうするのよ?」と焦りましたが、おばさんは「ほら、早く」とぐいぐい引っ張ります。まあ、こんな夜中にホテルの受付の人を叩き起こすのはかわいそうだし、とりあえず太陽が昇るまでと思ってお邪魔することにしました。
バスターミナルから真っ暗な道を20分ほど歩いたところに、プレハブ小屋のような簡素な建物がありました。中に入るとおばさんの子供たち……といっても20代から30代の女性ふたりと男性が待っていました。
彼らはお母さんがこんな時間にいきなり外国人を連れてきたことにびっくりしたようですが、後で英語のできる二番目の娘さんに聞いたら、実はお母さんも「顔が平たいし、言葉も通じないし、実はちょっと怖かった」そうなのです。だけど、こんな夜中に女の子をほっとけないし、「旅人に親切にしなさい」というイスラムの教えがあるから、勇気を振絞って声をかけ、家に連れて帰ってきたのだといいます。
リビングと息子の部屋だけの1DKの小さなこの家に外国人が来たのは初めてだとか。日本人の私が何を食べるのか分からないので、家にあるパンや果物や煮込み料理を片っ端から並べてくれました。床に布を敷いてピクニックのように食事をする習慣のようです。私が何でもよく食べるので、一家は喜びました。
それからまるで日本の家のように布団を並べて雑魚寝しました。明るくなるまでと思っていたくせに、私は爆睡してしまい、起きたら昼でした。入国前、現地の人には関わらないようにしようと決心したことなどまるで忘れて一緒にモスクに行き、たくさん話をして、最初の決意とは裏腹にすっかりイラン人に打ち解けていました。
(中略)
イスラムの国の人は、異教徒を受け入れず頑なで怖そうだというのは、私の勝手な妄想でした。こうして訪れてみれば、顔も言葉も文化も違う異教徒の私にも好奇心を示し、受け入れて一生懸命にもてなしてくれたのです。なぜもてなしてくれるのかというと、イスファハーンの家族もそうですが、イスラム教の「旅人には親切にせよ」「お互いに助け合いなさい」という教えが根本にあり、それを大事にしているのです。
そして宗教や国は違っても、日々、笑ったり泣いたり、娯楽を楽しみ、好奇心旺盛な同じ人間なのだと、そんな当たり前のことを想像できなかった私は、おおいに反省したのでした。
(著者撮影・書籍には未掲載)
(著者撮影・書籍には未掲載)
本書の書評を、ノンフィクション作家の高野秀行さんにお寄せいただきました。ぜひそちらもあわせてお読みください。
☞ 高野秀行「逃げるとはすなわち自由と自立を得ること」——白石あづさ『逃げ続けたら世界一周していました』に寄せて





