『科学』2026年7月号 特集「食と調理の考古学」|巻頭言『「ヒロシマ」をミラノから』秋葉忠利
◇目次◇
【特集1】食と調理の考古学
最初の日本列島人はどんな動物を食べていたか……澤田純明
過去の食と調理を映し出す残存脂質……庄田慎矢
縄文時代に主食はあったのか──オコゲの同位体分析からみた調理文化……米田 穣
古人骨から迫る縄文時代人の食性と移動……日下宗一郎
世界と日本の先史時代人の食生態……板橋 悠
【特集2】太陽系外惑星の最新像
系外惑星の観測による新世界の開拓──宇宙からの観測と直接観測の展開……田村元秀
系外惑星の大気を探る……生駒大洋
銀河系における星・惑星系の形成過程……犬塚修一郎
[巻頭言]
「ヒロシマ」をミラノから……秋葉忠利
[解説]
なぜヒトの手は器用なのか?──新旧神経回路の役割分担と協調……武井智彦
小さな大気重力波がもたらす地球規模の流れのダイナミクス……奥井晴香
[連載]
科博のお宝コレクション
6 確かな存在証明を伝える:東京教育博物館旧蔵魚類コレクション……中江雅典
7 地球が生み出した造形美:北川隆司の鉱物コレクション……門馬綱一
カミオカンデはいかに生まれたのか──基礎科学の曲がり角に立って10 スーパーカミオカンデが放った決定打……古川雅子
17〜18世紀英国の数学愛好家たち13 和算の数学文化……三浦伸夫
野球の認知脳科学14 打者は未来と過去を打っている……柏野牧夫
[フォーラム]
狩猟と野生動物の保全科学……本郷 峻
Nature-based Solutions:自然に根ざした社会問題解決に向けて……山野博哉
次号予告/お知らせ
表紙デザイン=佐藤篤司
昨年10月,ルチアーノ・パヴァロッティ財団から一通のメールが届きました。2026年2月に開催されるミラノ・コルティナ・オリンピックでオリンピック旗の旗手を務めてほしいという依頼状でした。突然のことでびっくりしましたが,すぐ頭に浮かんだのは2006年のトリノ・オリンピック開会式の最後に,オペラ「トゥーランドット」のアリア「誰も寝てはならぬ」を歌ったパヴァロッティの歌声と姿,そしてオリンピック旗を運んだ8人の女性旗手たちでした。
その前年の記憶も蘇りました。世界中の都市が核兵器の廃絶と世界平和実現のために行動する組織「平和市長会議」(現・平和首長会議,会長は広島市長が務める)が,5月にニューヨークで開かれた核不拡散条約再検討会議に,80都市の代表160人以上からなる代表団を派遣して核廃絶を訴えました。さらに9月にはトリノで,翌2006年に開催するオリンピック期間中の「オリンピック停戦」を求める署名の調印式を,国際機関代表やフィレンツェやミラノを含めた市長たち1000人以上が集い執り行ったのです。
その4年後に広島市は,2020年のオリンピックを広島で開催するための招致活動を始めました。最終的に東京が開催地になりましたが,広島開催が実現していれば,「平和の祭典」としてのオリンピックと「都市の祭典」としてのオリンピックとを融合し,財政や開催手法等でも新時代を拓く大会になったはずでした。
IOC(国際オリンピック委員会)と組織委員会の皆さんが「幻のヒロシマ・オリンピック」の意味を覚えていてくれた ── そう信じるに足るパヴァロッティ財団からのメールでした。開催地が広島でなくても,「ヒロシマ」のメッセージを伝えるすばらしい機会をいただけたのです。
事実,ミラノ・コルティナ・オリンピックの開会式は「平和」のイメージで満ちていました。象徴的だったのは南アフリカ出身の女優シャーリーズ・セロンさんの引用した,同国元大統領ネルソン・マンデラ氏の言葉でした。「平和とは,単に争いがない状態ではありません。平和とは,人種,肌の色,信条,宗教,性別,階級,カースト,その他の社会的な違いに関係なく,すべての人が繁栄できる環境を創り出すことです。」
いつか「ヒロシマ・オリンピック」が実現すれば,ここに被爆者の言葉が加わるはずです。それは,軍隊をもたない存在としての都市が,どの戦争でも大きな被害を受けてきた経験をもとにして得た人類生存のための言葉でもあります ── 「こんな思いを他の誰にもさせてはならない。」
武器をもたない個人としてのアスリートが技を競うオリンピック競技場に私は被爆者の魂とともに立っていました。そして「ヒロシマ」の代表として,また都市の代表として,言葉にはできなかったそのメッセージを,手を振り,足を踏みしめ,未来をしっかり見詰めることで,全身を通して世界の皆さんに届けてきました。そのメッセージが,アスリートたちにも共有され「オリンピック」とともに永遠に輝くであろうことを祈りつつ。




