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小川哲 「理解できない」を楽しむ[『図書』2026年7月号より]

「理解できない」を楽しむ

エイモス・チュツオーラ『やし酒飲み』

やし酒飲み エイモス・チュツオーラ 作  土屋 哲 訳
エイモス・チュツオーラ 作、 土屋哲 訳 赤801-1、2012年刊

 ふだん岩波文庫を読まない人は、岩波文庫にどのようなイメージを持っているだろうか。「世界中の名著が集まった由緒正しい文庫」という人もいるだろうし、「本屋の奥に行くといっぱいおいてある肌色の文庫」という人もいるだろう。

 かつての僕は「冗談が通じない堅物の学年主任」みたいなイメージを持っていた。「マジで?」と口にすると「そんな汚い日本語を使ってはいけません」と怒られ、ジャンル小説を読もうとすると「そんなものは文学ではありません」と取り上げられる。表紙に大きな絵を描こうものならチャラチャラしていると釘を刺され、裏表紙のあらすじやカバーのそでの著者略歴なんて下品なので、真っ白な余白を残しておきなさいと言われる──みたいな感じだ。

 実のところそのイメージには合っている部分もある気がするのだけれど、この学年主任は酒を飲んで酔っ払うとめちゃくちゃ愉快で、軽口も叩くし、放言もするのだ。嘘だと思うならエイモス・チュツオーラの『やし酒飲み』を読んでみてほしい。

 

 わたしは、十になった子供の頃から、やし酒飲みだった。わたしの生活は、やし酒を飲むこと以外には何もすることのない毎日でした。当時は、タカラ貝だけが貨幣として通用していたので、どんなものでも安く手に入り、おまけに父は町一番の大金持ちでした。

 父は、八人の子をもち、わたしは総領息子だった。他の兄弟は皆働き者だったが、わたしだけは大のやし酒飲みで、夜となく昼となくやし酒を飲んでいたので、なま水はのどを通らぬようになってしまっていた。

 (チュツオーラ『やし酒飲み』7頁。太字は原文ママ)

 

 まず気になるのは「だった」と「でした」が混合していることだ。敬体と常体を揃えること、作文の授業の第1回で習う基礎のはずなのに、最初の2行でその基礎を破ってくる。もちろんこれは訳者が原文の特徴を表現するためにあえてやっていることなのだけれど、自分の常識がガラガラと崩れていく音が聞こえてくる。

 内容もすごい。語り手は10歳からやし酒を飲んでいたらしい。未成年飲酒というレベルではない。冒頭の時点で、語り手はすでに水を飲めなくなるほどのやし酒中毒者になっている。っていうかやし酒って何?と疑問を持ちつつ、父の立場になってみる。息子が子供の頃から酒ばかり飲んで何もしない。困った。どうやって指導して、まともな人間に育てようか──という想像が、次の行で裏切られる。

 

 父は、わたしにやし酒を飲むことだけしか能のないのに気がついて、わたしのため専属のやし酒造りの名人を雇ってくれた。彼の仕事は、わたしのため毎日やし酒を造ってくれることであった。

(同前)

 

 息子が息子なら、父も父だ。息子がやし酒ばかり飲むなら、専属の名人を用意すればいい、と考えた。堅物だと思っていた学年主任には、まったく知らない別の側面があったのだ。

 さて、この「やし酒飲み」は、専属のやし酒造り名人を雇ってもらうほど甘やかされていたのだが(「甘やかされていた」というのが正しいのかはわからない)、105年目に父が死んでしまう。そして父に続き、専属のやし酒造り名人も死んでしまう。

 はたして、「やし酒飲み」はどのような行動を取っただろうか。

 父の死を悼む?

 ノー。なんとこの語り手、死後の父については一切言及しない。

 真面目に働き出す?

 ノー。もちろんそんな選択肢は最初から存在しない。

 答えは「死んだやし酒造りの居所をつきとめてみせると誓った」だ。

 つまり、この『やし酒飲み』という小説は、「死んだやし酒造り名人を探す冒険」の話なのだ。

 

 故郷の町を出てから七カ月たって、わたしはある町に着き、ある老人の所へ行った。この老人というのは実は人間ではなく神様で、わたしが行った時丁度妻と食事をしているところだった。家へ入って挨拶すると、彼らは丁重にわたしを迎えてくれた。

(11頁)

 

 「やし酒飲み」が旅に出て早速、僕たちは驚くことになる。いきなり神様が登場するのだ(「この老人というのは実は人間ではなく神様で」という文章は、僕の小説人生でも片手に入るほどのお気に入りだ)。「神様の家に、そんな簡単に入れるの?」という疑問を持ったそこのあなた、「どうせまた裏切られるんでしょう」と思いながら次の文章を読むと、なんと「やし酒飲み」にもその常識があるんです。

 

 神である彼の家に、人間が、わたしのように気軽に、入ってはならないのだが、わたし自身も神でありジュジュマン juju-man だったので、この点は問題がなかった。

(同前)

 

 驚くほどさらっと、神の住む家に気軽に入ったことへの言い訳をするための文章の中で、(状況を整理するための補足として)なんと語り手が神であることが明かされる。

 ここまで僕たちは、以下のような話を想定していた──若くしてアル中になってしまい、金持ちの父に甘やかされて専属の酒造り名人を雇ってもらった。アル中の道を邁進していた語り手の父が亡くなり、酒造り名人も亡くなった。父の死には何も思わなかったアル中かつ薄情者の語り手は、酒が飲めないことには不満を抱き、死んだ名人に会うために旅に出た。

 この想定の時点ですでに相当おかしいのだが、本作はそれを超えた展開を見せる。やし酒を飲みすぎておかしくなってしまった人間の奇行を描く小説だと思ったら、なんと語り手は神だったのだ。いやもちろん、神であるという自認も含めてアルコールが見せる幻であるかもしれないのだが、「神である彼の家に、人間が、わたしのように気軽に、入ってはならないのだが、わたし自身も神でありジュジュマン juju-man だったので、この点は問題がなかった」という文章に漂う正気っぽさというか、当然の事実として語っている雰囲気から、もはやこの話を自分の「常識」だけで理解しようとすることに意味がないと気がつく。

 このアル中で実は神の語り手は、死んだやし酒造り名人の居場所を聞くために、「死神」を「死神」の家から連れ出したり、せっかく連れ出したのに教えてくれるはずの老人が逃げてしまっていて再び旅に出て、5ヶ月目に訪れた町の長の願いを聞き、完全な紳士に変装した〈頭ガイ骨〉から娘を救い出し、その娘と結婚し、半年間妻の両親と同居しているうちに自分がやし酒造り名人を探していたことを思い出したりする。驚くべきことに、ここでもまだ物語の序盤だ。その後、語り手は無事やし酒造り名人と会うのだが(そこでもまだ中盤)、結局やし酒造り名人とは一緒に暮らすことができないことがわかる。しかしこの出会いによってもたらされたものが、終盤で重要になってくる。

 さて、『やし酒飲み』の序盤には、文学を読むことの本質が詰まっている。

 僕たちは、語り手に共感し、その視点から物語を味わうように教育されてきた。主人公が悲しむとき、読者も一緒に悲しみ、主人公が怒るとき、読者も一緒に怒る。そうやって、語り手に寄り添いながら物語の世界の中に深く入りこんでいき、経験したことのない赤の他人の人生を体験する。それこそが物語の面白さだ、と。

 しかし、それはあくまでも物語の楽しみ方の一つの側面でしかない。「やし酒飲み」に共感できる人間が、いったいどれくらいいるだろう。もし「共感」を頼りにすることができないなら、どうやって物語の世界に入っていけばいいのだろう。

 チュツオーラは1920年のナイジェリアに生まれた。現代の日本からは遠く離れた場所だ。チュツオーラが生きていた時代と場所には、僕たちと異なる常識が存在する。僕たちと異なる考え方で生きていただろう。もちろん、チュツオーラと「やし酒飲み」の間にも距離がある。そういった「遠い」作品を楽しむために必要なのは、「共感」ではなく「想像」だ。

 遠く離れた人が描いた物語を、想像力を使って味わう──これが、物語の楽しみ方のもう一つの側面だ。

 もちろん、物理的に遠く離れている必要はない。現代の日本を舞台にしている作品でも、「共感」がうまく作用するとは限らない。僕たちの隣に住んでいる人は、僕たちと違う常識を持っているかもしれない。友人や家族でさえも、僕たちが知らない考え方をしているかもしれない。

 『やし酒飲み』を読んでいると、過度な「共感」は「暴力」にもなり得るのだと感じてしまう。「わかる」ことが読書の楽しみなら、「わからない」ことも読書の楽しみになる。

 古典を読んでいると、「わからない」ことに数多く出会う。その度に立ち止まり、想像力を働かせて、必死に理解しようとする。もちろん、どうしても理解できないこともある。『やし酒飲み』のように、理解できなすぎて笑ってしまうことだってあるだろう。

 自分の知らない世界の広さに思いを馳せることが、人生を豊かにすると思う。岩波文庫を読むことで、堅物の学年主任にも自分が知らない新しい側面があるのだと気づき、他人を理解しようと思うことの価値と、その限界を知る。

 実は神だった『やし酒飲み』の冒険を読んで、自分の常識の狭さを味わってほしい。

(おがわ さとし・作家)


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