絵本を通じた遊びと実験の場所/えほんやるすばんばんするかいしゃ(東京)荒木健太さん
大和田佳世(聞き手・文)
東京・高円寺駅南口より徒歩七分。にぎわうアーケードの商店街を、楽器をかつぐ人とすれ違いながらちょっと歩いたところで右手に入り、古着屋や飲食店が並ぶ路地を行くと、真っ赤に塗られた引き戸がかわいらしく目を引く場所がある。「えほんやるすばんばんするかいしゃ」という木の看板が下がっている戸口から、飾らない様子で荒木健太さんがひょこっと頭を下げて、出てきてくれた。
入ってすぐは新刊の部屋。奥に進み数段上がると、床板がミシッと鳴る音がひびく静かな空間。ギャラリーを兼ねるここには、古い家に上がりこんだような調度品に、国内外の古書が並ぶ。
「えほんやるすばんばんするかいしゃ」は二〇〇三年、荒木さんが二四歳のときに絵本専門の古本屋としてスタート。以来、高円寺の町で愛されてきた。折々展示を企画し、二〇一一年には作家デビュー前のきくちちきさんと一緒に手製絵本を受注生産。二〇一三年以降は縁のあった作家と少部数の本を作るなどインディーズの出版元としての顔ももつ。本屋としては、五年前から新刊絵本も置いている。一言で表せない活動の幅があるが、飄々とした様子には気負いが感じられない。近況を問うと、こんな話をした。
「最近隣に開店した本屋がいわゆる大人向けの一般書店で、ときどき間違って入った人が「あれっ、自分はどうしたらいいんだろう」と戸惑ってるんですよ。そもそも絵本って大人の自分が手にとっていいものなのか?と迷う人もいるだろうなと。子どもの頃は正面から没入できるのに、大人になると難しい。絵本とは一体なんだろう、と思います」
そもそも荒木さんはなぜ絵本を商うことをはじめたのだろうか。子どもの頃から好きだったのか。
「圧倒的にインドアな子でしたけど、絵本が特別好きってほどでもない。あえて言えば物語絵本よりも『ふしぎなナイフ』(中村牧江・林健造作、福田隆義絵、福音館書店)のナイフが割れるとか、『ママ、ママ、おなかがいたいよ』(レミイ・シャーリップ文・絵、バートン・サプリー文、つぼいいくみ訳、福音館書店)で大量に食べたらお腹がこわれるとか、ありえないことの可視化から目が離せない絵本が好きでした。『はしれ!かもつたちのぎょうれつ』(田村隆一文、ドナルド・クリューズ絵、評論社)の色彩の展開や、『とけいのほん』(まついのりこ作、福音館書店)のぽーんぽーんと単調な音だけが聞こえてきそうな静けさにも没入したのを覚えています」
大人になった今は最早わからない快感や、音のような感覚を、「そっと保存してある感じ」だという。「あの頃、何が面白かったのかな? というのも含めて興味深いです」
荒木さんは九州の熊本出身で、大学進学と共に上京している。保育士の母、地図を作る会社に勤める父、兄と妹。親からはあれこれ言われた記憶がない。唯一覚えているのが、小学校中学年くらい、友達から遊ぼうという誘いの電話がかかってきたときのこと。「ちょっと用事が」と断ると「たまには自分から誘いなさい!」と母に叱られた。
「えっ、叱られるんだとびっくりしました。僕、友達と遊ぶ意味がよくわからなくて。野球しようとか、サッカーしようとか、ゲームしようとか……「やらなくていいや」って思っちゃうんですよね。遊びが固定されていることが窮屈で、なんで遊ばなきゃいけないの、と。もっと正確にいうなら「遊ぶんだったら、遊びから考えよう」と思っちゃうんですよ」
友達のことは嫌いじゃない。でも一緒に遊ぶ楽しさがわからない。その頃の荒木さんには何をやっても同級生の中で劣っているという自己認識があった。
「当時は、能力に優劣があると考えていて……今はちょっと違う考えですけど、能力が優れている人ほど人生が楽しいのは当たり前で、自分はこんなもんだろうと感じていました」
ところが親に大学の学費を払わせるのが心苦しくて新聞奨学生を選び、働きはじめた途端、人生が一変する。
「新聞を配りながら四六時中働いて大学に行っての毎日で、人生で初めていっそがしくて……。能力も変わっていないし遊んでるわけじゃない。稼いで学費を払っているだけなのに三か月くらいしたら異常に楽しくなってきたんですよ。今生きているかも!という興奮は初めてでした」
この楽しさが何なのかわかっておいた方がいいぞと考え、もしかしたら社会に触れているからかもしれないと思い至る。では個人と社会の境界線はどこにあるのだろう? 上京二年目、ちょっとした出来事をきっかけに大学を辞めた荒木さんは、さまざまな実験をはじめる。渋谷ハチ公前で意味のない手書きのチラシを配ったり、代官山で道ゆく人に目的のないアンケートをとったり。アプローチを変えて境界線を探っていった。半年ほどの活動の最後に試みたのは、道端に机を出してただ座って待つという実験だった。「これはね、冷ややかな視線を浴びました。実験で境界線がわかったわけではないけれど、個人を社会に変換するには〝場所〟が必要なのだと感じました」
この活動と並行して数年間はバイト生活に邁進したが、この先どうするのと人に聞かれるし、自分でも気になってくる。「二〇〇〇年代はじめのあの頃、好きなことを仕事にするのがいいことだという社会の空気を感じていて。好きなものってなんだっけ、と」
個人の趣味として好きなものはあったが、仕事にと想像すると途端に冷めた。一〇代後半から二〇歳までの間に、同じ冷め方を何度も経験し、「社会と個人のスタート地点を同じにすることが、僕にとっては重要じゃないか」と思った荒木さんは「好きになりそうな気配を感じたら、それを仕事にしよう」と決めた。
「その頃図書館でよく絵本を見ていて、理由はわからないけど心惹かれるものがありました。本を作りたいわけじゃなく、ただ絵本をたくさん読みたい、それを仕事にするなら本屋だと思って。元来ビビりな性格だし会社組織とやりとりするのも怖いから、古本なら買い取って売ればいいぞ、と」
店舗を借り、半年「絵本買取ります」と張り紙をしたまま。なかなか開店準備は進まず、「ここいつ開くんだろうね」と外から声が聞こえてくる。ついにプレオープンの日、夕方五時から三時間だけ店を開けようとすると驚いたことに、扉の前に一〇人くらい人が並んで待っていた。「急におかしくなっちゃって。古本屋のふりしてるけどちょっと前まで冷たい目で見られていたのに」
荒木さんが社会との接点を探りつつ、大学を辞めた時期から同時に考え続けたのは、社会を避けて通れないなら、社会で遊べばいいということ。〝遊び方から考えたい〟からこそ、本屋として〝社会に触れる楽しさ〟を探ろうとしたのだろう。そうは言っても店舗経営だ。本を集めて売ることが性に合っていたとはいえ、二二年も続けられるものだろうか。モチベーションを問うと、やはり上京後に自身の内に巻き起こった謎の興奮を掘り下げたい思いがあったという。自分は何も変わらないのになぜ楽しさが変わったのか? 個人とは、社会とは? 好きって何だろう、子どもと大人の差異とは……。そんな問いがあった。
「僕は、問いの延長上で絵本に出合っています。絵本を面白いと思ったのは、小説などと違って、絵本は装丁・印刷・形・紙などの物質と、描かれた中身を決して切り離せず、読者が無意識のうちにそれらを全体として受け取っていること。子どもの絵本の捉え方が、大人の認識の仕方とも全く違うことでした」
お店をはじめた荒木さんは、人見知りの性格ながらレジでお客さんに一言話しかけようと努力したり、ポップをつけたり外したりと試行錯誤したらしい。新刊を置くようになったのも親子連れのお客さんのため。自然体で自由に振る舞いそうなのに、実は内面はナイーブなくらい相手のことを考える素朴なあたたかさを秘めていることが、話しているうちに伝わってくる。「るすばんさん」と呼ばれ親しまれるのはその人柄ゆえだろう。
しかし本人の自己評価は控えめだ。バイト時代に「人と仲良くなるって嬉しいことなんだな」と知るが、飲むかボーリングかカラオケかというお決まりの遊びも、人を誘うのもやっぱり苦手。継続的に人と関われなくて……という話に耳を傾けていると、荒木さんは笑い出した。
「だから店をやっているのもあるんですよ。予定を立てるのが苦手で、約束ができないから人を誘えない。ならば、いつもここに居ればいいんじゃないかと。あともう一つ。生きていくには社会を避けては通れない。けれど自分はどうやって社会人になればいいかわからなかった。でも店舗を借りて座っていれば、知っている人も知らない人も入ってくるわけで、お店は僕のような人間を自動的に社会人にするんです」
開店以来、古本中心の商売をまず約一〇年、加えてギャラリーで定期的に展示をするようになりさらに一〇年以上が経つ。版元として世に送り出した本は二一冊。しかしインディーズで少部数の作品を作ることは、作家にとって、金銭面で測れない価値と同時に、労力や経済面で矛盾をはらむことに気づき、何度も抵抗を感じて行き詰まってきた。それでも試すことをやめないのは、本の在り方のバリエーションへの思いだ。
「たとえば桜って、花の時期がもっとも桜らしいですよね。でも冬の桜も桜だし、根っこも桜。うちの店で開催する展示や作る本は「冬の桜でもいいし、花じゃなくていいし、根っこでもいい」と思ってやっています」
大勢を魅了する大手出版社の本作りに憧れや尊敬はあるけれど、それとは別にここでできることがあるとすれば、本が在りつづけるためのタネまき。もっといえば、タネが芽吹くための土壌環境も気になる……。
荒木さんの言葉に耳を傾けると、「個人と社会のはざまで、多様な本の在り方を支える、基盤を探る遊び」という一貫した姿勢がだんだん見えてくる。トライアンドエラーを繰り返しながら、きっと今後もこの場所で実験を続けていくのだ。
(おおわだ かよ・ライター)
えほんやるすばんばんするかいしゃ
住所:〒166-0003 東京都杉並区高円寺南3-44-18 1F&2F
営業:14:00〜20:00 火・水曜日定休
最寄駅:JR高円寺駅6分(中央・総武線)/東京メトロ 新高円寺駅12分(地下鉄丸の内線)
WEBsite:https://www.ehonyarusuban.com
X:@ehonya_rusuban
Instagram:@ehonya_rusuban









