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子どもの本を手渡すひと

児童書カルチャーを盛り上げるDJ/メルヘンハウス(愛知県)三輪丈太郎さん

大和田佳世(聞き手・文)

 JR名古屋駅から地下鉄で七駅。覚王山(かくおうざん)駅で降り地上に出ると、日泰寺への参道がのびる。昔ながらの食堂やカレー屋、和菓子屋、ドーナツ店などが並びレトロでモダンな雰囲気だ。裏道にはギャラリーもちらほら見える。約束より少し早めに訪ねてよいかとメッセージを送ると「大歓迎です!」と三輪丈太郎さんから返事が返ってきた。

 メルヘンハウスは一九七三年創業。日本初の子どもの本専門店と言われ、かつてはJR千種駅南側、六十平米に約三万冊を揃え、地元で親しまれた。店内のテーブルでニコニコしながら読み聞かせをするのが創業者の三輪哲さんだった。二〇一八年に経済的な事情で閉店するも、二〇二一年に息子の丈太郎さんが新店舗で再スタート。田島征三さんら多くの絵本作家と親交を深めた哲さんは二〇二三年に亡くなった。

 扉を開けると「久しぶりですね」と丈太郎さんが笑顔で迎えてくれた。
 聞いてみたいことがあった。丈太郎さんは三十代後半で店を継ぐまでミュージシャンをしている。本屋になると決めた転機はどこにあったのか。柔和な哲さんと違うタイプに見えるが、例えば、お母さんの影響は何かあるのだろうか。

 「母? 母はちゃきちゃきした人ですよ。結婚前は幼稚園の先生をしていたんです。明るい性格をちょっとは受け継いでいるかもしれませんね。でも僕が影響を受けたのは母でもなく、じゃあ父かと言ったら、父でもない。一番は、いとこなんですよ」

 八歳年上のいとこは、丈太郎さんが中学に入る頃、東京でロックバンドを組みライブ活動を始めた。盆と正月に静岡の本家で会うたびにアフロヘア、長髪、金髪と髪型が変わる。専門学校卒業後は就職せず音楽活動を続けるという。「伯母が毛染めのスプレーを持って追い回すくらい、親戚はみんな心配していましたよ。音楽でなんか食っていけるのかって」
 一方、丈太郎さんも中学からパンク・ロックに傾倒。ベースに夢中になり「高校は行かない」と主張するが、見学した埼玉の「自由の森学園」の校風に導かれて一浪し入学する。
 「地元の高校と全く違う。芝生でギターを弾く人やスケボーで走っていく人がいて、すごく自由な雰囲気でした」

 音楽三昧の三年間をのびのび過ごし、沖縄の大学へ進学。その頃いとこのバンドは大ブレイクしTVや街で流れるヒット曲に親戚の空気はガラッと変わった。
 丈太郎さんもベースを続けつつ那覇近郊のライブハウスでアルバイトし、音楽関係の友人に恵まれるが卒業後はやはりミュージシャンになりたいと上京する。

 「でも、二十代はバイト先のタイカレー屋と家を往復するうだつの上がらない日々が長かったです。一途に続けていた甲斐あって二十八歳のとき感性の合う人たちと演奏できるようになって。ライブを見たサウンド・エンジニアでDJの音楽家に「いいベース弾くね」と声をかけてもらい、誘われたのがいとうせいこうさんのバンド。次がかせきさいだぁというラッパーのバンドでした」

 ヒップホップアーティストであり文筆家としても活躍する彼らのバンドに誘ってくれた音楽家は、丈太郎さんにとって師匠のような存在になっていく。しかし、バックバンドの一員として、レコーディングやツアーで忙しく充実していた二〇一一年、体に異変が起きる。

 「東日本大震災後の七月です。福岡でのライブから帰ってきて、寝て起きたら鼠蹊部(そけいぶ)が腫れていたんですよ。アレルギーかなと皮膚科で薬をもらっても治らない。血液検査したら、悪性リンパ腫という血液の癌だったんです」

 当時、三十七歳。名古屋の病院に三週間入院し、それから半年にわたる通院治療を行うことになった。ただ幸いだったのは、転移はしていなかったこと。

 「治療に専念するためバンドから抜けた後、名古屋でライブがあって、メンバーがうちの店に寄ってくれたんですよ。親が児童書専門店をやっているということは、僕が言っていたのでみんな知ってた。けれど実際に訪れてみて本棚の充実ぶりにびっくりしたみたいです」

 バンドメンバーでサウンド・エンジニアである師匠が、そういえば子どもの頃に除雪車の絵本が好きだったんだよなぁ、と言うと『はたらきもののじょせつしゃ けいてぃー』(バージニア・リー・バートン文・絵、石井桃子訳、福音館書店)がさっと本棚から取り出される。感動した彼は丈太郎さんに言った。「親父さんがやってきたことはすごいことだぞ」と。

 「それまで僕は父の仕事をどこか認めていなかった。普通のサラリーマン家庭に憧れていたんですよ。日曜、友達は家族で遊びに出かけるのにうちは本屋があるから行けないし、車も自家用車じゃなく店名の大きなロゴ入りのバンで恥ずかしくて。それに本屋をクリエイティブだとも思っていなかったんです。だってミュージシャンは自ら曲を書いて自ら弾くでしょう。誰かが作ったものを売るだけなんて、という気持ちでした。でも尊敬する音楽家に「DJだって、いいDJとそうじゃないDJがいる。親父さんはすごいDJだ。これはまさしく文化事業だ」と言われたことで、ああそうかと、視点がパッと切り替わりました」

 生まれたときから子どもの本屋の息子。作家は「お父さんの友達」。本屋になりたいと思ったこともなかった。

 「だけど僕は単純だから「親父、すごいかも」と思えてきて。そもそもアメリカを旅したときにすばらしい絵本を見て、なぜ日本の本屋は少ししか絵本を揃えないのだろうと思った父は、ないなら自分でやろうと思ったんですよね。仕入れも流通も手探りで“DO IT YOUR SELF”を実践して、子どもの本の専門店をスタートさせた。まさにパンク・スピリットじゃない?と」

 治療後、児童書版元での修行期間を経て二〇一四年にメルヘンハウス入社。しかし四年後、閉店を余儀なくされる。

 「心残りでしたよ。わが子も生まれ、「子どもに本を手渡すっておもしろい仕事だな」と本気で思えてきたときにやめざるをえなかったから。保育園の事業会社に転職したけれど全然合わなくて、適応障害で二十キロ痩せちゃった」

 もう一度メルヘンハウスをつくる。そう決心しSNSで決意表明すると大きな反響があった。
 「応援してくれる人がたくさんいました。地方から講演に呼んでくれたり、選書や仕入れを依頼してくれたり……。もちろんそれだけじゃ食べていけないから、コールセンターでアルバイトして。同僚は二十代のフリーターや演劇・音楽活動中の子たちで、四十代は僕だけ。彼らと働いたり飲んだりも面白かったけど、本音は本屋に全力投球したい。葛藤しながら開店資金のため三年半続けました」

 ショッピングモールでポップアップ店舗を十一日間限定で復活させたことも。
 「「今読んでほしい絵本三十五冊」を掲げて、『すてきな三にんぐみ』(トミー・アンゲラー作、今江祥智訳、偕成社)や『かぁかぁもうもう』(丹治匠作、こぐま社)など僕が選んだ本を販売したら十日で千百冊売れちゃった。最終日は売る本がなくなり、お店のロゴ入りトートバッグを売っていました(笑)」

 手応えを感じた。地元でニュースにもなった。モールへの出店を打診されるも、長い営業時間も高いテナント料も無理で出店を見送った。二年後、今の物件に出会う。玄関が二階部分にあたるコンパクトな三フロア構造で、階段を降りるとメインフロア。庭にはミモザの木がある。

 「障害者支援のデイサービスをするオーナーが、作業所などへの活用を考えていたけど階段構造がネックだったみたいで。賃貸に出すときに知人に教えてもらって。条件も手頃ですごくラッキーでした」

 二〇二一年夏、新店舗で再オープン。陽光が差し込むメインフロアの壁に本が並び、二階はレジ、上はギャラリー。復活を待っていた人たちで小さな店は溢れた。しかし時が経てばオープン景気は落ち着いてくる。

 「絵本は一生に何度も読むことができて、年齢ごとにあらたに味わい直せるすばらしいメディアなのに、音楽に比べればマイナー。『いないいないばあ』(松谷みよ子文、瀬川康男絵、童心社)が発行部数七五〇万部以上で日本一売れている絵本(株式会社トーハン発行「ミリオンぶっく2025」調べ)と言われるけれど、一九六七年の刊行から五十七年間で七千万人以上生まれているのに、その数は少ないと思いませんか」

 本屋でお客さんを待っているだけでは本は売れないと、次々にアイデアを捻り出し、店の外にも出る。例えば、宿場町・城下町を題材にした絵本ワークショップ。親子でお城や侍の絵本を楽しみ、江戸時代の町が描かれた絵本を参考におえかきをして、今の町づくりまで俯瞰(ふかん)する。いくつもの絵本の特徴を生かし、ミックスして響き合わせる様は、まるで絵本のDJだ。
 「ミュージシャンを経験したこともあるでしょうね。父の言葉だけど「本との出合いは人との出会い」だから、まず本と出合うことを大事にしたい」

 店には、自分がこれぞと思うものを選んで置く。最近は旧店舗を知らないお客さんも増えてきた。
 「学校帰りにうちに『にんじゃつばめ丸』(市川真由美文、山本孝絵、ブロンズ新社)を読みに来る子がいるんですよ。お母さんもわかっていて、しばらくすると様子を見に来る。だからその本は常に置いておくようにしています。ちっちゃな声で「こんなはずないじゃーん」ってツッコんだりしながらページをめくっているのを、二階レジから眺めるのが僕の楽しみです」
 丈太郎さんが推す『まねっこおやこ』(おくむらけんいち文、マッティ・ピックヤムサ絵、ブロンズ新社)は、フィンランドの人気イラストレーターが絵を描いている赤ちゃん絵本。この場所で、千冊以上を売った。

 「最初からロングセラーの本なんてない。子どもの本は、みんなでカルチャーを盛り上げ、何十年と守り育てて、長く売っていくものですよ。僕らも、僕らの時代のロングセラーを生みたいですよね」と真剣な眼で語り、ぱっと笑った。

(おおわだ かよ・ライター)

店舗情報
メルヘンハウス
住所:愛知県名古屋市千種区山門町1-11 覚王山コーポレーション1階3号
営業時間:10:00〜17:00
定休日:第1、第3(日)(月)
※その他、講演会、移動販売などで臨時休業あり。
 お越しの際は、メルヘンハウスのホームページ、SNSなどにてご確認頂き、ご来店ください。
https://meruhenhouse.com
X @meruhenhouse
Instagram @meruhenhouse

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