贈りものに選ばれた本は「手紙」/BUMBLE BEE BOOKS(三重県)羽山仁美さん
大和田佳世(聞き手・文)
JR名古屋駅から特急「南紀」で二時間半。三重県北牟婁郡紀北町の紀伊長島駅に着いたのはお昼頃だった。駅前ロータリーは静かで、タクシー乗り場らしきものも何もない。「えがお」という町営のお出かけ支援サービスを案内され、電話をかけてみると今の時間帯ならすぐ来てくれるという。ほっとして十分ほど待っていると軽ワゴンタイプの車が現れた。
運転席の女性に「BUMBLE BEE BOOKS(バンブルビーブックス)という本屋さんに行きたいんですけど……」と伝えると、「海のほうですかね、山のほうですかね?」と首を傾げつつ、住所を頼りに車は走り出した。地元育ちだがあんなところに本屋があるなんて全然知らなかった、と女性はいいながらハンドルを切る。カーブを曲がると右手がパッと開け、きらきら輝く海が見えた。山の上まで十五分ほどのぼると、水色の扉の建物があり、そこからすらっとした女性が姿を現した。二〇一九年にここで本屋さんを開店した羽山仁美さんだ。
BUMBLE BEE BOOKSは「うみのそばのやまのうえのちいさなえほんや」。営業日は週末。平日はSNSでオーナーの羽山さんがおすすめの絵本やその理由を綴るほか、ネットショップの運営もしている。
「ここは別荘地の一番上で、人が通らないんです。開店当初は平日もお店を開けていたんですが、誰も来なくて。商店が並ぶ街中でもないし、どうしてこんなところで本屋さんをしているの?と聞かれることもあります。でも私はこの景色を気に入っているから。山があり、美しい海が見えて、静かでいいところですよ」
四日市市出身の羽山さんは、結婚を機にこの地へ越してきて本屋をはじめた。しかし開店後半年でコロナ禍に入り「来てください」とは言いにくくなった。そのため時間予約制の貸切にしてゆっくり本を選んでもらったり、選書の依頼があればSNSなどを通じて要望を聞き、絵本を送ったりと丁寧な営業を続けてきた。そういった羽山さんの姿勢が垣間見え、次第に全国の絵本好きに知られるように。今回BUMBLE BEE BOOKSを訪問したいと思ったのも、お客さんに寄り添って一冊一冊本を選び、丁寧に手渡している印象をもっていたからだ。
「うちは〈プレゼントする本を選ぶ本屋〉をコンセプトにしています。自身への贈り物でも、子どもでも、大人同士でも。私は本は、手紙だと思っているんです。伝えたいことを本にのせて、誰かに手渡す。その本には、贈る側の思いが込められているんだと思います」
実際、購入された本にはラッピングの依頼が多いといい、オリジナルの包装紙を見せてくれた。BUMBLE BEE BOOKSらしき水色のドアの建物や猫、お店の看板に描かれているキツネやハチなどの絵が印刷されている。
「ここを『ちいさいおうち』(バージニア・リー・バートン文絵、石井桃子訳、岩波書店)みたいにしたくて、ドアを水色にと工務店に頼みました。あと『星の王子さま』(サン=テグジュペリ作、内藤濯訳、岩波書店)のキツネが好きなんです。ハチは、洗濯をしているとよく飛んでくる、毛がふわふわしたマルハナバチです。かつては翅の小ささから、飛ぶのは不可能だといわれたとか。転じて海外では不可能を可能にする象徴とされているそうで、店名のBUMBLE BEE(マルハナバチ)BOOKSにはそんな思いも込めました。『はてしない物語』(ミヒャエル・エンデ作、上田真而子、佐藤真理子訳、岩波書店)の主人公バスチアン・バルタザール・ブックスの〝3つのB〟にも因んでいます。デザイン関連の仕事をする義姉が、ハチの本を読んでいるキツネの絵を描いてくれて、それを元に母がトールペイントで看板を作ってくれました。ちなみに、うちの猫の名前は「ふぇるじなんど」(『はなのすきなうし』の牛の名前)なんですよ(笑)」
丸みのあるカウンター兼書棚には、児童読み物がぎっしり詰まっている。壁は、赤と水色。おしゃれで、羽山さんの好きなものがセンスよくぎゅっと詰まった店内だ。
SNSの投稿には旧作新作取り混ぜて羽山さんがよいと思う本が日々紹介されている。一九八九年刊行の『ブルッキーのひつじ』というゴフスタインの薄い絵本は〝あなたの大好きな人に想いを届ける絵本〟と内容を紹介した上で「先ずは自分用に。次はプレゼントに是非」とおすすめされていた。
これだけ物が溢れる時代、今なお、本が贈り物に値すると信じる気持ちは、いったいどこから来るのか。その原点は、本をプレゼントでもらった経験だという。
「小学五年生くらいの頃、当時所属していた陸上スポーツ少年団のコーチに女の先生がいて、優しくてきれいで憧れていました。その先生から『サンタクロースっているんでしょうか?』(ニューヨーク・サン新聞社説、中村妙子訳、東逸子絵、偕成社)をもらったことがあって。私はもともと外遊びばっかり好きな子で、本なんか全然読んでいなかったのに、不思議ですよね、そのプレゼントが嬉しかったんです」
『サンタクロースっているんでしょうか?』はアメリカの小学生が新聞に投稿した質問に対する、新聞社の回答が本になったベストセラーだ。サンタクロースを信じる気持ちについて、子どもに寄り添いながらユーモアを交え真摯に回答している。
「大人になって『そういえば先生に本をもらったことあったよね。あれって、なぜもらったんだろう?』と母に聞いたら、当時先生が結婚されることになり、母が花をプレゼントしたそうで、本はそのお返しだったんですね。それを聞いてすごく感慨深くなってしまって。先生だったこともあるんでしょうけど、お菓子でもオモチャでもなく本を選んでくれたことが心に残りました。先生から私への『希望』のようなものをもらった気がして。そんな嬉しさをみんなに体験してほしいなと思って本屋をはじめたんですよ」
本を贈ることは、作品に込められた思いを、手紙のように手渡すこと。このときの嬉しさを何度も振り返るうちに、おそらく羽山さんはそう確信するようになっていったのだろう。贈り物に絵本を選びたいといわれたら、どのように相談にのっているのだろうか。
「その子は今何に興味がありますか、どういった本が欲しいですか、何歳ですか、困っていることはありますか、など質問して、回答を頼りに探します。受け取る子のことを想像しながら選ぶのは楽しいです。大人の方でリピーターになってくださる方もいます。通ってくださる若い方もいて『買わなきゃ』と気を遣わせると申し訳ないから、会計後におしゃべりするんですよ。今好きな本はどれか、どんなところがいいのかとひとしきり話して帰られるんですが、また来てくれて『この前の話が印象的で』と買ってくださることもあります」
本への思いが溢れると、次から次に本をとりだし紹介してしまう……。でも小さな自分の店だもの、それくらい好きなものに囲まれていなかったら意味がないからと羽山さんは笑う。開いて見せなければ本のよさは伝わらない。それに、自分好みのものだけを置いているわけでもないという。開店から五年経ち、本選びの相談にのるうちにラインナップの幅が広がり、棚に深みが出てきた。
「たまに小学生に『虫の本がいい』と言われて探しまわったり。読み物をもっと置いておけばよかったということも。経験を重ねて揃える本は増えてきました。次回来てくれるかはわからないけど、その子のために『またいい本、探しておくね!』って」
実は、本より映画やドラマが好きな小学生だった羽山さん。『スタートレック』に登場するカウンセラーに憧れ、大学では心理学を専攻した。ただ仕事にするのは難しいと、就職先は事務の仕事を選んだ。児童発達心理学などを学んだ経験は今ちょっとだけ活きているのかもと思う。根っから本好きだったわけではない。でも本好きの母はよく読み聞かせをしてくれた。
「覚えているのは、兄と一緒に読んでもらった『ルドルフとイッパイアッテナ』(斉藤洋作、杉浦範茂絵、講談社)です。毎晩ちょっとずつお話が進むのが楽しくて、布団の中で目をつぶって聞いていました。母は〈本は財産だから〉が口癖で、本を買う言い訳にしていたみたいです(笑)。私はあまり自分では読みたがらなかったのですが。幼い頃住んでいた社宅に、図書館バスが巡回してきて、絵本を選ぶのが嬉しかった記憶がそういえばありますね」
結婚して「何かやろう。何屋さん?」と思ったとき「本屋さん」以外の選択肢は思いつかなかった。全国どこでもインターネットでも同じものが手に入る商売は厳しい。でも……。
「この間、お客さまとオランダの医者トーン・テレヘンの『リスからアリへの手紙』(トーン・テレヘン著、柳瀬尚紀訳、河出書房新社)の話をしたんです。『あたしは出かけて、もうぜったい帰って来ません』『お餞別のようなものをくれるなら、今、下さい』という自由で自分勝手な手紙に笑っちゃう、こんな風になりたいと話していたら、ふいに涙ぐまれて。ご自身の悩みに響いたのかもしれませんが、泣きながら『買います』って……」
きっと「うみのそばのやまのうえのちいさなえほんや」に来なければ、出会わなかった本がある。そんな人が一冊の本を持ち帰っていく。羽山さんも知らず知らず、本という「手紙」を届け続けている。
(おおわだ かよ・ライター)
BUMBLE BEE BOOKSうみのそばのやまのうえのちいさなえほんや
住所:三重県北牟婁郡紀北町東長島
営業時間:11:00~17:00 不定休
https://bumblebeebooks.shopinfo.jp
X @bumble_beebooks
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