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小池昌代 詩人の内なる鬼[『図書』2026年6月号より]

詩人の内なる鬼

 

 茨木のり子とは別の、一人の詩人について書くことから始めたい。(現在の)岡山県赤磐市に生まれた永瀬清子である。今年、春のこと。岡山駅から山陽本線に乗り、私は初めて「熊山」という駅へ降りたった。土手に上ると眼下には、滔々と流れる吉井川が見え、そこに橋がかかっていた。永瀬が詩にも詠んだ熊山橋だ。思い出すときあの橋は、霞がかかったようにぼんやりとして、夢にかかった虹のように思われる。橋を渡っていった自分自身も、今、これを書いている人間とはまったく別の、見知らぬ他人ほどにも遠く感じる。長い長い橋だった。あんなに長い橋を渡ったことがない。空が抜けていた。風が吹いていた。

 渡り終えた後は、「くまやまふれあいセンター」と名指された会場を、ひたすら目指して歩いていく。毎年、この場所に人が集い、永瀬清子の詩を読みあうという。私もまた、永瀬清子の詩が好きだった。広々とした深さ、広さ、官能性、生命力。それらを果物のように味わい、生きる時間の栄養としていた。その日は、そういう永瀬清子の詩の魅力について、少しばかりおしゃべりする約束を交わしていたのだった。

 到着した会場では、地元の人による永瀬作品の朗読や、若い人々に与えられる永瀬清子賞などの顕彰がある。そして展示室では、「永瀬清子と茨木のり子」展が開催されていた。副題に、「現代詩の母と現代詩の長女を結ぶもの」とある。茨木のり子を、現代詩の長女と最初に名付けたのは、2年前に逝った詩人の新川和江だった。

 階段を上った先の、小さな展示空間に、さざめきながら人が集まっていた。数は少なくとも、貴重な写真、書簡、詩集、雑誌の類が並ぶ。教育委員会の学芸員にして永瀬清子の研究者、白根直子さんのなさったお仕事だ。白根さんは、『永瀬清子詩集』(岩波文庫)巻末に、永瀬詩の魅力を伝える《研究ノート》を書いている。彼女が立ち働く姿を垣間見ながら、私は永瀬さんを幸せな詩人だと思った。没後もこうして、ごく自然に人が集まり、温かく開放的に詩が読み継がれている。今年は永瀬の生誕120年に当たるそうだ。

 茨木のり子は、その永瀬の20歳年下。素直に引き算をすれば、茨木のり子も、同時に生誕100年ということになる。二人の間に横たわる20年は、この世の関係に置き直せば、大先輩と後輩、あるいは母娘のような上下関係といったところか。しかし鬼籍に入ったその魂に、もはや上も下もないだろう。展示室では、柔らかく隣り合ったもの同士が、温かい交流の場を醸成していて、それを感受する私の方も、たまたま生きてはいるが、生死を超えてとけあうような、不思議な感覚のなかにいた。

 ガラスケースのなかに、茨木のり子が永瀬清子へ送った封書の礼状二葉(便箋2枚)がある。1977年4月22日付。永瀬は、詩的啓示に満ちた短章集の一冊、『流れる髪』を茨木に送っていた。

 「御恵送たまわりありがとうございました」とその手紙は始まっている。

 

……「悲しめる友よ」のところでは、涙が溢れて困りました。私自身その身の上でしたから、大きく救って頂けたようなありがたさを覚えました。

 

 礼状という性格上、冷静にみなければならないが、これは素直にそのまま取っておくしかない言葉のように思われる。茨木はこの2年前に夫を失っていた。永瀬は、「悲しめる友よ」の一文を、

 

 女性は男性よりさきに死んではいけない。

 男性より一日でもあとに残って、挫折する彼を見送り、又それを被わなければならない。

 男性がひとりあとへ残ったならば誰が十字架からおろし埋葬するであろうか

 

と書き出している。

 現代の若い読者には古いと感じられる書きぶりだろうか。そして文章というもの、切り取ってしまうと誤解を生むことは必須なので、本当は全文にあたっていただきたいが、長い結婚生活の傍ら、社会と関わる実務仕事、あるいは農業をこなし、詩作を続けてきた永瀬の一生は、既成概念、既成権力との闘いの連続だった。私は、永瀬の言葉には、ジェンダーの概念だけでは捕まえきれない、男女の性の“あいだ”に横たわる劇しく普遍的な真実があるように思う。

 いかなる詩人も、いきなり現れるわけではない。茨木のり子もまた、こうした永瀬の、太い生命線上に、新しく、自然に派生してきた清新な流れだった、と私は感じる。

 茨木と交流のあった童話屋創業者、田中和雄氏は、夫を亡くしたあとの茨木が、「死にたい、もう生きることに飽きました」と言うのを、「何度聞かされたことでしょう」と言っている(『詩と思想』2026年3月号)。永瀬の「悲しめる友よ」は、そんな茨木の空漠を慰めた。だが、もう少し積極的な何かが働いたようにも感じる。うまく言えないのだが、その言葉は、夫を失って哀しむばかりの“受動”から、夫を先に送る「仕事」を為し終えたという、わずかな“能動”へと、転換する瞬間を促したように私には感じられる。流れた涙は我が身を慰めるものというより、心の開放と見ることもできそうだ。

 続く第二葉で、茨木は、永瀬の「狐」と「地の人の声」に触れたあと、

 

「腕なき鬼」にはなんとも言えない感動を覚えました。と申しますのも、私のペンネーム「茨木」は永瀬さんと全く同質の憶いで昭和25年頃、くっつけたものだったからです。ふしぎなものですね。ですからまるで自分の書いた文章のように隅々まで明哲にわかりました。……(以下略)

 

と書いている。

 筆名の由来については、茨木自身、「「櫂」小史」(『茨木のり子全詩集 新版』宮崎治編)でも触れているが、そこでは至極、あっさりとした書き方だ。ペンネームをどうしようと考えていた時、ちょうど、ラジオから謡曲の「茨木」が流れてきた。「ああ、これ、これ」と思って即座に決めたという。後に、観世栄夫氏から、謡曲に「茨木」というのは無いと言われたそうだが、厳密なところは、私にもわからない。

 いずれにせよ、武将・渡辺綱(源頼光の家来、四天王の一人)が、都で暴れていた鬼を退治し、さらにその鬼がもぎ取られた自分の腕を取り返しにきたという話は、『御伽草子』などの説話集を始めとして、能、歌舞伎、長唄、舞踊などで、「茨木」「羅生門」「戻橋」「綱館」など、さまざまな演目として取り上げられてきたのである。

 一般に、この鬼が酒吞童子の配下の茨木童子であるといわれ、茨木童子が老女に化けて腕を取り返しにくるという歌舞伎「綱館」を永瀬清子もテレビで観て、「腕なき鬼」の一文を書いたというわけだ。永瀬は自分がなぜにその演目に惹かれたのかを考えるうち、自分の第一詩集『グレンデルの母親』に思い当たる。グレンデルというのも、英雄ベーオウルフに退治され腕をもぎ取られた怪物だった。グレンデルの母親は、本人に代わってその腕を取り返しにいくが、やはり退治され首をはねられる。そういう英雄譚の、永瀬は英雄ではなく、怪物、それも母親に心を寄せて詩を書いた。

 なぜ、二人の詩人は、退治され、腕をもぎとられる鬼や怪物のほうに感情を入れたのか。私は今ふと、細密な名著『鬼の研究』を著した歌人・馬場あき子、いや馬場あき子の『鬼の研究』を思い出す。だがここではまだ、言及のみにとどめておこう。あの本の核にもまた、青き鬼火が燃え続けていた。

 いずれにしても二人の詩人には、社会の暗黒面を引き受け照らし出す存在としての鬼に、心情的な加担があった。自らの腕を取り返しにいくという、果敢な行動にも惹かれるものがあったのだろう。そして「鬼」について思考を巡らす多くの女人は、馬場あき子にしてもそうだが、ついには“自分”に行き着くように思われる。

 茨木、永瀬が心寄せた「鬼」が、腕をもぎ取られるという、象徴的かつ身体的欠損をかかえた者だったという点も気にかかる。永瀬の「腕なき鬼」の1つ前には、「腕なき人」という文章があるが、二つの文は思想としても繋がっている。「腕なき人」で、永瀬は片腕のない靴修理職人について書いているのだ。勤勉で確かな技術を持つこの職人は、ある日、突然、棺のなかの人となる。私は泣いた。短いが凄まじい文章である。この職人、私は茨木のり子の詩のなかに出てきても、全く不思議がないと感じられた。清々しく品格があり、独特の存在感をたたえた人だ。

 茨木のり子没後10年のとき、私は詩人の井坂洋子さんと対談したが(文藝別冊「茨木のり子」KAWADE夢ムック)、井坂さんは既に、その折、鬼についての、目の覚めるような大事な発言をしている。

 

……あの人(茨木のり子)の守護霊は鬼と、11歳のときに亡くなったお母さんと両方ついていて、そこに強さがある。こういう天才みたいな人はいろんなものが作用しています。夫やお父さんだけでなく櫂の仲間だって……。

 

そして、

 

……基本的には平凡な一人の女の人が大きな足跡を残したというのは、あらぬ力が働いているって気がするんですよね。

 

と。茨木のり子は見えないものを背負っていた。そしてその見えないものを見抜いた井坂洋子のなかにも、きっと「鬼」がいる、と私は感じる。

 思い出すのは茨木のり子の詩「ある存在」だ。

 

大樹の根かたに

裸身をかくし

りょうりょうと笛を吹いているひと

 

ちらと見える頭には角が生え

半神半獣の痩せた生きもの

 

と始まるその詩は、

 

以来彼はわたしのどこかに棲みついている

みにくくて

さびしくて

なつかしい存在

音色だけで ひとびととつながるもの

 

 と終わる。鬼と書いてはいない。が、この存在、どこか小鬼に見える。郷里への詩碑建立も固辞した茨木だったが(前掲『詩と思想』三浦佳子「茨木のり子のふるさと西尾より」)、その詩は、普遍性を得て大きく広がった。詩人その人はいない。しかしその詩の背後には、見知らぬ小鬼の吹く、さびしくてなつかしい笛の音が聴こえる。

(こいけ まさよ・詩人、作家)


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