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山本貴光 岩波文庫百話

第29話 岩波文庫の会と『文庫』

 かつて岩波書店が発行していた雑誌の一つに『文庫』がある。創刊は1951年3月で、1960年12月の終刊までのおよそ10年にわたって発行された。岩波文庫の新刊情報や各方面の書き手による随筆などを載せた小さな雑誌である。

 かつて日本の思想誌や本にまつわる雑誌について調べたことがあり、その際に出合ったのだと思う。岩波文庫コレクターとしても読まないわけにはいかない。とはいえ、この手の古い雑誌を揃えるのはなかなか骨が折れるものだ。全部で何号出たのかを確認するのも容易ではないし、「これで全部」と思ったら、創刊準備号や臨時増刊号が出ていたり、発行が中断・再開して第2次、第3次と続くような場合もあって油断がならない。

 さてどうするか。そう思って探してみると、『雑誌『文庫』復刻版 1951〜1960』(全10巻、岩波書店、1997/以下、『復刻版』)という本にまとめられているではないか。ありがたやとこれを入手して読みつつ、「こうした雑誌は現物を見てみないと分からないこともありますからね」というので、これもしばらく前にたまさか出合うことができた50冊ほどを手許に置いている。

 創刊号を眺めてみると「非賣品」という文字が目に入る。なにかと思えば、同誌は1951年に発足した「岩波文庫の会」という組織の機関誌として作られたものらしい。『復刻版』巻頭の「復刻版刊行にあたって」(以下「序文」)によれば、同会は読者との交流をはかることを目的として、はじめは試験的に長野県に設置され、半年後には全国組織になったという。長野は岩波書店の創業者、岩波茂雄の生地だ。

 岩波文庫の創刊は1927年で、この会の設立はもうすぐ創刊25周年、四半世紀が経とうかという時期のこと。なぜこのタイミングだったのか。「序文」では、1950年頃の文庫ブーム、出版用紙の値上がりを背景として出版各社から廉価な文庫が創刊された出来事を指摘している。文庫が増える中で、岩波文庫の読者とのつながりをつくり、価値観を共有しようという狙いがあったのかもしれない。

 どういう人が会員だったのか。同誌創刊号に記された「岩波文庫の會」についての説明を見てみよう。七箇条の筆頭にこうある。

  一、この會は、小賣書店によって組織され、岩波文庫の愛讀者をその會員とする組織です。

 書店を中継点とするファンクラブといったところだろうか。会員資格は「その加盟店の顧客であり、岩波文庫の新刊を月に一、二册はお求めになる讀者といたします」とのこと。読者と書店と岩波書店をつなぐ一種のブッククラブだ。月に一度、岩波書店が編集・発行し「非賣品として會員に配付」したのが、この『文庫』という雑誌なのだった。

 先ほど述べたように、まず長野県で試験的に発行されて、これが第6号まで出ている。これを「長野版」と呼んでおこう。その第6号に「「文庫の會」のことが、新聞その他に掲載されたため、全國よりいろいろと問合せが毎日まいっております。現在のところ、種々の都合から長野縣下だけで行っておりますが、書店といたしましても、早急になんらかのかたちでその方々の御希望にそいたいものと思っております」とある。実際、その次の号から全国展開に切り替わった様子が誌面から窺える。

 通巻で言えば第7号となる次号では、巻頭に置かれた「岩波文庫の會」の説明が改められている。年会費120円を払うと誰でも会員になれ、会員には岩波書店から直接『文庫』が送られるという次第。これまた区別のために「全国版」と呼ぶとすると、全国版の最初の号は第7号ではなく、改めて「第1號」と番号が振り直されている。その全国版の終刊号に「第111号」とあるから、『文庫』は、長野版6冊、全国版111冊で、都合117冊が発行されたと分かる。

 肝心の中身はどうかといえば、岩波文庫に収録されている古典や作家にまつわる文章や、読書や翻訳をはじめとする随筆、岩波文庫の新刊紹介など、なかなかの充実ぶり。岩波書店にゆかりのある著者や訳者が多く名を連ねており、岩波文庫とその歴史に関心をもつ者にとって興味ある内容であるのはもちろんのこと、当時の日本における書物を中心とした文化の各方面の様子を窺い知る手がかりとしても面白い。これも『復刻版』の「序文」によれば、全号を通じて登場する執筆者はおよそ500名余(延べ820名)で、「1950年代の日本の学界、文学界、言論界に指導的役割を果たした人々の大部分が執筆者として登場していると言ってもあながち過言ではない」と評している。

 『文庫』を通読して感じるのは、この雑誌が岩波文庫を通じて世界の古典名著をいっそう楽しむための手がかりを読者と共有するという面に加えて、岩波文庫とはどのような存在なのかを位置づけるような記事が少なくないということだ。後者については、堀口剛が「1950年代文庫ブームにおける岩波文庫と雑誌『文庫』」(「東京大学大学院情報学環紀要 情報学研究』第94号、2018)で、『文庫』に掲載された記事の中には、岩波文庫の歴史や岩波文庫とのつきあいについて書かれたもの、あるいは世界の文庫との比較など、「岩波文庫という形態に対するステータスを読者たちに訴える」要素があると指摘している。数ある他社の文庫と収録作に重なりもある中で、他ならぬ岩波文庫で読むことの意味と価値を提示するブランディングの一環と言えるかもしれない。

(やまもと たかみつ・文筆家、ゲーム作家)

[『図書』2026年7月号より]


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著者略歴

  1. 山本 貴光

    1971年生まれ。文筆家、ゲーム作家。現在、東京科学大学 未来社会創成研究院・リベラルアーツ研究教育院教授。慶應義塾大学環境情報学部卒業。著書に『文学のエコロジー』(講談社)、『世界を変えた書物』(橋本麻里編、小学館)、『マルジナリアでつかまえて』(本の雑誌社)、『記憶のデザイン』(筑摩書房)など。

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