第30話 読者欄の楽しみ
岩波文庫の会の機関誌『文庫』を読んでいると、ときどき読者との距離の近さを感じることがある。といっても創刊号は、小泉信三の「岩波文庫とレクラム」を筆頭に、都留重人、杉義介、石井桃子といった面々による随筆の他、「岩波文庫略史」や「こんなよみかた」といった無記名の連載、岩波文庫の新刊・重版・近刊情報などから構成されており、まだ読者の姿は見えない。
同号巻末近くに「會員原稿募集」のお知らせがあって、会員である読者たちに投稿を呼びかけている。「第三號から、會員の寄稿による頁を設けたいと思います」という予告で、いつでも投稿してよいとのこと。投稿内容については次のような示唆が添えてある。
岩波文庫についての、愛讀者としての卛直な書評(八〇〇字)
岩波文庫についての研究・評論(四百字詰原稿用紙三枚又は六枚)
岩波文庫の會・讀書・書物・出版等の問題に關する希望・感想(四〇〇字)
予告の通り、第3号に「讀者の聲」欄が設けられ、6人の読者からの便りを載せている。「私は岩波文庫を愛讀する一人です」という一文から始まる可憐な感想や、書目のリクエストの他、この頃の岩波書店の本にふりがながないので困っているとの意見、手に入れづらかった本を岩波文庫に入れてくれたことへの感謝など、六人六様の言葉の向こうに、それぞれの人の生活とその傍らにある岩波文庫という風景が想像されるようだ。
次の第4号には読者欄はないものの、編集部から「この雑誌は岩波文庫の廣告誌というよりも、岩波文庫を愛する方々の雑誌なのですから、内容編集の面は勿論、組方、或は表紙の繪などについてもどしどし、遠慮ない御意見をお聞かせ下さるようお願い致します」と呼びかけている。
しばらく読者欄はなく、1951年第2号(通巻では第8号)に再び現れる。2人の読者のうちの1人が面白い提案をしている。なんでも岩波文庫とつきあって20年で400冊ほど持っている。これを収める書棚を自作しようと思い立ったがうまくできない。「そこで気がついたことは、文庫のための書棚を、「文庫の會」で作って頒けてくれないかということである」との提案だ。たしかに専用の棚があったらちょっとうれしいかもしれない。
こうした読者欄は、読者同士や編集部とのあいだでやりとりが生じ始めると、いっそう面白くなってくる。後の第5号の「讀者のページ」に、先ほどの文庫用書棚の要望を読んだ別の読者の投稿が載る。要約してしまうのは惜しいので、そのまま引用してお目にかけたい。
「文庫のための書棚を「文庫の會」で是非作って欲しいという長野縣の一會員の希望、私も全く賛成である。なんとか實現するようにしてもらいたい。作るとすれば成るべくガラスの入った立派なものが欲しい。そのデザインなど會員の諸君から募ったら案外いいのが飛出すかも知れない。蟲のいい要求ばかり掲げて恐縮だが、若しこの夢が實現したとしても、二千圓、三千圓の金を工面するのは又これで吾々にとっては一苦勞なので、月賦式か、或いは每月五百圓か千圓ぐらいずつ徴収して、くじに當選した者から配ってゆくという無盡式の方法も考えて欲しい。」
「蟲のいい要求ばかり掲げて恐縮だが」と言いながら、希望を余さず言っている感じがいっそ清々しい。この投書をはじめて読んだとき「いいですねぇ」と声を出して笑ってしまった。「無盡(無尽)」というのは、集団でお金を融通する互助的な仕組みのこと。同欄末尾に文庫編集部からの応答が添えてあり、「本箱、製本、カヴァーについての御希望、研究致したいと思います」と他のリクエストと併せて応じている。
ここで話が終わっても十分楽しいのだが、これには後日談がある。まず、第8号に牧恒夫「趣味の文庫製本」という記事があり、写真と図を交えて6頁にわたって岩波文庫を本製本にする手順が解説されている。著者は同号「著譯者紹介」欄によれば「明治三五年東京都生 大化堂取締役」とのこと。戦前から神田で製本・印刷業を営んでいた人のようで、要するに製本のプロである。同号「あとがき」で、「文庫の特製本を作って貰いたいという要望が非常にありますので、素人にもできる作り方をのせました」とその意図を伝えている。そこで予告されている通り、後の第12号に同じく牧氏による続編が出ており、そちらでは丸背にする製本法が案内してある。
いま触れたかったのは本棚の話だった。第10号に編集部名義で「本箱の作り方」という記事が掲載されている。「文庫用の本箱を作ってほしいとの要望がありますが、今のところ書店で作ってお送りすることは、色々の都合で出來ません。そこで讀者の方でも作れるような手軽な本箱を編集部で試作してみました」というので、文庫や新書が200冊入る本箱の作り方が載っている。課題であった費用についても抜かりなく「材料代三百圓。時間は三、四時間で出來ます」とのこと。道具、材料、製作順序、さらには置き方まで案内して、最後に「以上が編輯部で試作した本箱です。もう少し本が多く入るたて形のものも今考えています」と次回作への意欲も見せて終わっている。同じく「あとがき」では、「これは一つの試案です。會員の方々のうちで、もっと適當な作り方を御考案の方は編集部におしらせ下さい」とも。
『文庫』の読者欄には、他にもご紹介したいことがある。それについては話を改めることにしよう。
(やまもと たかみつ・文筆家、ゲーム作家)
[『図書』2026年7月号より]




