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山本貴光 岩波文庫百話

第15話 人間を探究する18世紀

 青帯600番台(哲学)の続きを見てみよう。18世紀以降はどんな様子だろうか。ここでは人物の生没年ではなく、岩波文庫に入っている著作の刊行年で時代を分けている。18世紀には次の10人が並ぶ。並び順は著者別分類番号による。

ジョージ・バークリ、ヒューム、ラ・メトリ、ルソー、ディドロ、カント、コンディヤック、ヴィーコ、トマス・リード、ヘルダー

 ここにディドロと共に『百科全書』を編集したダランベールを加えてもよい。『ディドロ、ダランベール編 百科全書──序論および代表項目』(桑原武夫訳編、青624―1、1971)は、文庫では珍しい書目の一つだ。

 出身地で見ると、アイルランド(1)、スコットランド(2)、フランス(3)、スイス(1)、ドイツ(2)、イタリア(1)という具合で、イギリス方面とフランスがやや多いものの極端に集中しているわけではない。また、言語で見ると17世紀までは地域や分野を問わず学問の共通言語だったラテン語が目立っていたところ、18世紀には、英語、フランス語、ドイツ語などの俗語あるいは近代語で書かれた本が中心を占める。このうち唯一ラテン語で書かれているのは、ヴィーコがデカルトを批判した『ヴィーコ 学問の方法』(上村忠男、佐々木力訳、青672―1、1987)一冊だ。英語が学術の共通言語のような地位を占めている現在から見ると、言語の多様さはかえって新鮮に見えるかもしれない。

 また、大まかに西洋哲学史の分類で見ると、バークリ、ヒュームのイギリス経験論と、それらを批判的に検討したスコットランド常識学派のリード、あるいはイギリス経験論哲学の影響下で展開したフランス啓蒙思想のラ・メトリ、ルソー、ディドロや、彼らと交流しながらジョン・ロックの哲学を元にして認識論を書いたコンディヤックなどがいる。ドイツのカントも含めて、全体として人間の本性、人間はどのように世界を認識しているのかを探究する仕事が多く含まれている。人間の解明という関心は、18世紀西洋哲学の傾向でもあった。

 あとで19世紀と見比べるためにもう一つ、彼らの職業を見ておこう。多いのは家庭教師で、大学で教えていたのはカント、ヴィーコ、リードの3人。ただし、ずっと家庭教師に就いていたというよりは、いろいろな仕事の1つという感じで、人によっては修道院長(コンディヤック)だったり、国王付の朗読者(ラ・メトリ)だったりとさまざまだ。ヨーロッパで学術の制度化や専門分化が進むのは19世紀からで、それ以前は大学の先生に限らず多種多様な立場の人たちが、あれこれの分野を探究していたわけである。

 ところで、ここに並んだ哲学者がどのようなメンバーかを窺うために、哲学史の本と比べてみよう。例えば『哲学の歴史』(全12巻+別巻、中央公論新社、2007ー2008)は、古代から20世紀までの西洋哲学を対象として、哲学者の生涯と仕事を中心とした列伝風の構成で哲学の歴史を俯瞰させてくれる本だ。同書を比較の材料にしてみよう。

 18世紀に関わるのは第6、7、8巻。このうち18世紀のみを対象とするのは第6巻で、7、8巻は19、20世紀に及ぶ。各巻には「知識・経験・啓蒙 人間の科学に向かって」「理性の劇場 カントとドイツ観念論」「社会の哲学 進歩・進化・プラグマティズム」という副題がつく。いま見ている範囲に該当するのは第6巻だ。全14章のうち、哲学者の名前が冠された章を並べるとこんなふう。

ヴィーコ、ロック、バークリ、ヒューム、アダム・スミス、リード、モンテスキュー、ヴォルテール、ルソー、ディドロ/ダランベール、コンディヤック、メーヌ・ド・ビラン

 以上13名で、『百科全書』コンビは1つの章で登場している。先ほど挙げた青帯600番台の面々と比べると、大きく重なっている様子がお分かりになるだろう。『哲学の歴史』第6巻にいて、岩波文庫のリストに見えないのは、ロック、アダム・スミス、モンテスキュー、ヴォルテール、メーヌ・ド・ビランの5人だが、ロック、スミス、モンテスキューは白帯(社会科学)に、ヴォルテールは赤帯(外国文学)にいる。メンバーという点で岩波文庫は『哲学の歴史』第6巻を概ねカバーしていると言えそうだ。岩波文庫未登場のメーヌ・ド・ビランについては『思考能力に及ぼす習慣の影響』や『人間学新論』などが入るといいなと期待している。

 18世紀の哲学者のうち、刊行点数が多いのはカントとルソーで、それぞれ11点14冊、10点17冊が入っている(新旧版がある本は最新版による)。それぞれ最初に岩波文庫に入った本は、カント『実践理性批判』(波多野精一、宮本和吉訳)、ルソー『民約論』(平林初之輔訳)で、いずれも1927年、創刊の年に初版が発行されている。カントの生誕300年に当たる2024年には、およそ半世紀ぶりの新訳『道徳形而上学の基礎づけ』(大橋容一郎訳、青625―1)や初の文庫化となる『人倫の形而上学』(全2冊、第1部は熊野純彦訳、第2部は宮村悠介訳、青626―4~5)も加わった。岩波書店には『カント全集』(全22巻+別巻、1998―2006)もある。

 ここまで触れる余地がなかったヘルダーの大著『人類歴史哲学考』(全5冊、嶋田洋一郎訳、青N608―1~5)については別途触れることにしたい。

(やまもと たかみつ・文筆家、ゲーム作家)

[『図書』2025年12月号より]


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著者略歴

  1. 山本 貴光

    1971年生まれ。文筆家、ゲーム作家。現在、東京科学大学 未来社会創成研究院・リベラルアーツ研究教育院教授。慶應義塾大学環境情報学部卒業。著書に『文学のエコロジー』(講談社)、『世界を変えた書物』(橋本麻里編、小学館)、『マルジナリアでつかまえて』(本の雑誌社)、『記憶のデザイン』(筑摩書房)など。

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