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山本貴光 岩波文庫百話

第42話 星を数えて

 古い岩波文庫の話になると、しばしば「星」という言葉が出てくる。岩波文庫を集めることを「星を集める」と言ったりするのはその一例。これは一体なんなのか。

 実物で見てみよう。例えば、創刊書目の1冊『プラトン ソクラテスの辯明・クリトン』(久保勉、阿部次郎譯)の背表紙の地には「10 ★」と刷られている。同じく夏目漱石の『こゝろ』は「8-9 ★★」、トルストイ『戰争と平和 第一巻』(米川正夫譯)は「34-38 ★★★★★」とある。

 この「10」とか「8-9」「34-38」という数字は、それぞれの書目に固有の番号で、『プラトン ソクラテスの辯明・クリトン』なら10番というわけである。この数字は表紙や扉や奥付にも「岩波文庫」という表記と並べて記されている。このように番号が一つなら分かるけど、『こゝろ』が「8-9」とはどういうことか。

 実は創刊からしばらくの岩波文庫では、頁数を単位として価格を決めていた。この仕組みについては、創刊書目の巻末に付された目録のはじめにある説明を見ておこう。

□約百頁を単位として星一つを以てそれを現はし、★一つ毎に二十錢の定價です。
□★一つづゝを以て此の文庫の番號を數へます。
□★★或は★★★★★は、それぞれ二百頁或は五百頁の本一册なる事を示し、百頁のもの二册或は五册ではないのです。★七つ位迄は一册に纏まるつもりです。

 

 つまり、約100頁ごとに★1つとする。例えば200頁の本は★★と表記する。★1つは20銭を表す。★★と記された『こゝろ』は20銭×2で40銭という次第である。そして、『こゝろ』が「8-9」という番号であるのは、★★に対応している。

 ちょっと面白いのは、★★の『こゝろ』は200頁以下なのかと思ったら、240頁ある。そうかと思えば、192頁の正岡子規著『病牀六尺』は★1つだ。★1つ100頁と言われて、私などは1-100頁で★1つ、101-200頁でまた★1つという数え方なのかと思ったのだけれど、そうではない様子。実際には100頁台は★1つ、200頁台は★2つという勘定のようである。それで、546頁ある『戦争と平和』は★5つとなっている。

 この仕組みのよいのは、それぞれの本につけられた★の数を見れば大まかに頁数と価格が分かるところ。この★1つの価格は、後に時代とともに変わってゆく。例えば、1950年には★1つ30円、1962年には50円、1973年には70円、1975年から★の代わりに☆として1つ100円、1979年には☆1つ100円、★1つ50円と併用もされたようだ。1981年に星の仕組みは廃止となって、現在私たちが見ている価格表記になったのだという(以上は「岩波文庫の定価の基準と変遷」、『岩波文庫の80年』、430頁から)。

 この★による価格表記の仕組みは、岩波文庫が創刊時にお手本としたドイツのレクラム文庫が採用していたもので、これも真似したようだ。実際、私の手許にある1928年に刊行されたレクラム文庫には、背表紙の地に「1111-1113 ★★★」と刷られている(これはカントの『実践理性批判』)。印刷されている位置まで一緒なのがなんだかかわいらしい。レクラム文庫については、回を設けてもう少し詳しく眺めてみるつもり。

■参考文献
★岩波文庫編集部編『岩波文庫の80年』(岩波文庫別冊18、岩波書店、2007)

(やまもと たかみつ・文筆家、ゲーム作家)

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著者略歴

  1. 山本 貴光

    1971年生まれ。文筆家、ゲーム作家。現在、東京科学大学 未来社会創成研究院・リベラルアーツ研究教育院教授。慶應義塾大学環境情報学部卒業。著書に『文学のエコロジー』(講談社)、『世界を変えた書物』(橋本麻里編、小学館)、『マルジナリアでつかまえて』(本の雑誌社)、『記憶のデザイン』(筑摩書房)など。

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