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真鍋真 恐竜の絵とお話で壁を越える[『図書』2026年5月号より]

恐竜の絵とお話で壁を越える

 

 私はこれまで30年ほど国立科学博物館に勤務し、恐竜などの中生代の化石の調査研究に従事してきた。「恐竜博」などの特別展や博物館の展示に加えて、図鑑や書籍の監修などのお手伝いも多かった。私自身が子どもの頃に好きだった『せいめいのれきし』(バージニア・リー・バートン作、いしいももこ訳、岩波書店)の改訂版の監修をさせていただいたり、昨年は『はじめてであう きょうりゅう』(バスチャン・コントレール作、岩波書店)の翻訳も担当したりした。

カンボジアの〈小さな美術スクール〉

 2025年1月、カンボジアのアンコールワットを擁するシェムリアップ市にある、〈小さな美術スクール〉をボランティアとして訪れた。〈小さな美術スクール〉は、2008年に笠原知子先生が開校した完全無料のアートスクールである。笠原先生は都立高校で美術の教諭を務めてきたが、経済的な条件が悪い環境で生まれた子どもたちにも、「一度きりの子ども時代を心豊かに過ごして欲しい」という願いのもと、20年かけて資金を準備して全額自己資金で実現させた。

 私は笠原先生の都立高校での教え子のひとりである。開校当時からスクールの応援に行きたいと思っていたが、当時カンボジアではまだ恐竜の化石が発見されておらず、日本から来た私がどんな風に恐竜の話をするのがいいかと悩んでいるうちに、東日本大震災が起こり、被災地の博物館の応援などもあって、なかなかカンボジアに行く機会を作れないでいた。

 2022年、カンボジアで初めて恐竜の化石が発見され、2023年にフランス人研究者による報告論文が出版された。まだ骨が1本しか発見されていないが、それはヒザから足首にのびる腓骨という骨で、今から1億1000万年ほど前の前期白亜紀に、首と尾の長い竜脚類がいたことが明らかになった。偶然だが1978年に日本で最初に発見された恐竜化石も、前期白亜紀の竜脚類の上腕骨という肩からヒジにのびる骨だった。「茂師竜」という愛称で知られるその化石は、国立科学博物館に常設展示されている。前期白亜紀には日本海はまだなく、日本はアジア大陸の一部だった。だとすると、日本とカンボジアの恐竜が陸続きに行き来していたかもしれないと考えれば、日本から私がカンボジアに行って恐竜の話をすることに意味があるように感じられた。

絵本を使って恐竜のお話をする

恐竜の絵とお話で壁を超える|真鍋真 01
アンコール・クラウ村のコミュニティセンターで

 2025年の最初のカンボジア訪問では、〈小さな美術スクール〉で90分の講座を2回、シェムリアップ市近郊のオー村の小学校とアンコール・クラウ村のコミュニティセンターで90分の講座を実施した。スクールでも小学校でもコミュニティセンターでも、液晶プロジェクターなどのPC画面を投影するような設備がないので、絵本をそれぞれ5冊くらいずつ持参して、会場に絵本を広げて掲げてくれるスタッフを配置した。笠原先生やスクールの先生たちが会場のいろいろな位置で絵本を見せながら、私が絵本の読み聞かせをし、クイズを交えて恐竜の解説をした。カンボジアの恐竜のことを知っている人はほとんどいなかったが、おもちゃなどを通して恐竜という存在に馴染みのある子どもたちは少なくなかった。持参したフィギュアやぬいぐるみを掲げて、ティラノサウルスやトリケラトプスという名前を私が口にすると、すぐにわかって反応してくれる子もいた。複数冊の絵本を掲げて、近くの絵本を見ながら話を聞いてもらうという講演スタイルは、東日本大震災の後、私が福島県や岩手県にボランティアに行っていた時、液晶プロジェクターなどの設備のない避難所の体育館や集会場などで実施していた方法だった。

 私の日本語での解説は、スクールのヒーア・チーヴ校長がクメール語に逐次通訳してくれた。ヒーア校長は30歳台後半の男性だが、シェムリアップ郊外の9人兄弟の真ん中の子で、小さい頃から寺院や孤児院に預けられて育ったという。小学生の時にクラスメートが日本語の歌を歌っているのを聴き、外国語を習いたくなり、その子がいる養護施設に入所して日本語を学んだそうだ。〈小さな美術スクール〉の開校準備をしていた笠原先生と出会い、笠原先生の通訳から始まり、現在は自分も絵を描くアーティストとして、スクールの校長を務めている。このときは、『とりになったきょうりゅうのはなし』(大島英太郎作、福音館書店)、『わたしはみんなのおばあちゃん』(ジョナサン・トゥイート文、カレン・ルイス絵、真鍋真訳、岩波書店)、『羽毛恐竜』(大島英太郎作、真鍋真監修、福音館書店)を使って講座を行った。〈小さな美術スクール〉では2つのクラスで159名、オー村小学校では4-6年生が約120名、アンコール・クラウ村のコミュニティセンターでは82名が、恐竜の話に耳を傾けてくれた。オー村小学校では児童が教室に収まらないので、小学校の中庭での青空教室だった。

恐竜のお話を聞いて、恐竜の絵を描く

 私が帰国した翌週の教室では、ほとんど全員が恐竜の絵を描いてくれたという。その写真を日本で受け取った私は、初めて恐竜を描いたとは思えない、色や表現の豊かさに感心させられた。笠原先生とヒーア校長にお願いして、絵を描いた子どもたちに、どんなことを考えながら、どんなシーンを描いたのか、短い文章を添えてもらい、それを日本語に訳してもらった。そのおかげで、それぞれの子の興味関心を理解することができた。日本の子どもたちに比べると、恐竜に人間の名前がつけられていることが多く、お化粧する恐竜もいたりした。

 これまでも、中国から来日した恐竜好きの子どもたちに、国立科学博物館の特別展「恐竜博」や恐竜の常設展示を案内する機会があった。常設展示を案内する際には日本の中高生にも参加してもらい、いくつかの班にわかれて、日本の恐竜については日本人の参加者に中国の子どもたちを案内してもらった。班ごとに日本人の通訳にも入ってもらったが、中国語が話せる日本人もいれば、大好きな恐竜のことを一所懸命に英語で語ろうとする中国人もいた。恐竜という共通の「好きなもの」があるので、積極的にコミュニケーションを取ろうとする姿が日中両方の参加者に見られたことには驚かされた。

 カンボジアの子どもたちの恐竜の知識は限られているので、それとは異なった方法を考えてみた。

 2025年2月、中央教育研究所の講演会が岩手県陸前高田市立博物館の常設展示室で開催され、恐竜や人類の進化について、東京大学名誉教授の水野丈夫先生とお話しした。陸前高田市の小学校の国語の教科書は光村図書出版のものだが、小学3年生の国語には『とりになったきょうりゅうのはなし』が掲載されている。まず私がこのお話をベースに、恐竜について最新の情報を交えて講演した。小学5年の理科では人間の誕生について学習するが、水野先生は水筒に羊水に見たてた温水を入れて、それを子どもたちに持ってもらい、妊娠した母親の中の自分を想像してもらうことなどを通して、ひとりひとりの命の大切さを伝えてくださった。講演会は午前中だけだったが、午後も参加できる子どもたちには、カンボジアの子どもたちの絵とお話を見てもらいながら、その前後につなげる絵とお話を書いてもらうことにした。このような作業を通して、会ったことのない、会っても共通の言葉を持たない子どもたちでも、連歌のようなつながりが持てるのではないかと考えたのである。この日は8人くらいの子が絵とお話を作ってくれた。

恐竜の絵と絵がつながる

 2回目のカンボジア訪問は2026年1月13日から20日。〈小さな美術スクール〉で3回、アンコール・クラウ村で1回、オー村小学校で1回、いずれも90分の講座を実施して、294名の子どもたちに聞いてもらった。今回のオー村は青空教室ではなく、6年生の教室で51名の子どもたちと1年ぶりに再会した。今回は『はじめてであう きょうりゅう』と『きょうりゅうのわかっていること・わかっていないこと』(木下さとみ文、吉森太助絵、独立行政法人国立科学博物館監修、小学館集英社プロダクション)の2冊を使って授業を行った。

 2回目のカンボジア訪問には、陸前高田の小学生の後藤大和くんと中学生の後藤あかりさんの2枚の絵を持参させてもらった。昨年1月に、〈小さな美術スクール〉に通う12歳のキムサイくんという男の子は、恐竜と蝶々の絵を描いて次のような解説を添えた。

 「ある⽇、親⼦の恐⻯が、蝶々が縄跳をしているのを⾒に⾏きました。縄跳びをしていない蝶々が恐⻯の体のまわりにやってきました」

 この絵を見た後藤大和くんは、恐竜が縄跳びをしているような絵を描き、それに次のような物語を書いた。

 「⼦どもの恐⻯が蝶々と⼤縄跳びをしたくなりました。けれども重すぎて⾶ぶことができません。すると蝶々たちが⼦どもの恐⻯の体にたくさんとまり、なんと不思議なことに持ち上げてくれました。⼦どもの恐⻯は蝶々と⼀緒に⼤縄跳びを楽しく⾶ぶことができてとても喜びました」

 11歳のソムナーンくんは4種類の異なる草食恐竜を描き、

  「昔々森の中に四匹の恐⻯がすんでいました。名前は、⻩⾊がチョッリエイ、紫がアートム、⻘がプロトン、オレンジがチェットムです」

 と書いた。後藤あかりさんは、4色に色分けされた恐竜を描き、

 「ある朝、兄弟みんなで散歩に⾏くと、深い⾕を⾒つけました。その下にはおいしそうな植物がたくさんあり、兄弟たちは⾷べたいと思いました。そこで、⼒の強いアートムが周りにあったとがった岩で⼤きく丈夫な⽊を切り倒し、それを伝ってプロトンが⾕に下り、アートム、チョッリエイが⽊の上に⾏き、チェットムはそのままとどまりました。プロトンが採った植物を、口わたしでチェットムまで運ぶ作戦を⽴てたのです。 兄弟たちは、お互いを思いやっていたので、声をかけ合い、はげまし合いながら、無理しないように作業を進めていきました。植物を採り終わり、家に帰った兄弟たちは、みんなで笑い合いながら植物をお腹いっぱいになるまで⾷べました」

 と綴った。1月17日の授業にはキムサイくんが、18日の授業にはソムナーンくんが出席してくれたので、みんなの前で自分の絵を見せながら絵の解説をしてもらい、私が後藤大和くん、後藤あかりさんの絵と連歌的なストーリーを紹介した。

恐竜の絵とお話で壁を越える|真鍋真 02
ソムナーンくん後藤あかりさんの絵

カンボジアの子どもたちの新しい絵に向けて

 2025年のカンボジアの子どもたちの絵を見ていて、気がついたことがいくつかあった。恐竜は完全に絶滅したのではなく、一部は鳥類に進化したので、鳥たちを見たら、恐竜のことを思い出してほしいと話したところ、羽毛の生えた恐竜や鳥類を描いてくれた子どもたちもいたが、日本の子どもたちの絵に比べると数が少なかった。講座には恐竜のフィギュアやぬいぐるみも持参していたが、フィギュアでは羽毛の表現が難しいため、イメージしにくかったかもしれない。

 恐竜の背景に火山を描いている子どもたちもいた。シェムリアップの近くには火山が無いので、恐竜が火山の噴火による環境の変化で絶滅したらしいという説をどこかで見聞きしたことがあるのではないかと思われる。現在では、絶滅の主な理由は約6600万年前にたまたま飛んできた小天体で、それが浅い海に衝突し、地球と小天体の破片が水蒸気と一緒に大気圏に巻き上げられたことで太陽光線が届きにくくなり、地表では気温が28度も急激に低下したらしいことなどが知られている。メキシコのユカタン半島の地中に残されたクレーターの大きさから、小天体の大きさは直径10キロメートルぐらいだったと推定されている。今回の講座では、絵本の小天体の衝突のところで、「現在の地球で一番高い山は?」「その山は高さ何メートル?」というクイズを出し、エベレスト(8848メートル)よりも大きな岩塊が地球に衝突したらしいことを説明した。カンボジアには大きな山がないので、エベレストの比喩がどこまで通じていたかはわからないが、今回の授業を通して、今後の子どもたちの絵に羽毛恐竜や小天体や隕石が描かれるようになったらと、楽しみにしている。

 

 恐⻯のことに興味があったら、実際に会えなくても、その国の⾔葉を喋れなくても、絵で友達の輪が広がるよと話して、また恐⻯の絵を描いてくれるように頼んできた。これは私が研究生活のなかで多くの友人たちと出会い、得た実感である。連歌のようなつながりが、国や言語の違いを超えて、広がっていってくれたら嬉しい。

(まなべ まこと・古生物学)

〈小さな美術スクール〉の活動内容については、下記のサイトより覧いただけます。
https://smallartschool.org/about/school-jp/


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