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【特別公開】いちばん偉いのはどれか[井上ひさし『井上ひさしの憲法指南』より]

井上ひさし『井上ひさしの憲法指南』

 2026年5月3日、日本国憲法の施行から79年が経ちます。そして11月3日には公布から80年の節目を迎えます。憲法のいちばん大切な、肝の部分はなにか。井上ひさしさんの軽妙で深い比喩から一緒に考えてみませんか。『井上ひさしの憲法指南』(岩波現代文庫、2021年)より「いちばん偉いのはどれか」を抜粋掲載いたします。



 アンパンの皮に塩漬の桜の花びらをのせようと、シソの葉をあしらおうと、ゴマをふりかけようとアンパンはアンパンだが、中にアンコが入っていなければ、もはやアンパンではない。アンパンがアンパンであることを決めているのはアンコなのだ。中にジャムが入っていたら、ジャムパンになってしまう。つまりアンパンで偉いのはアンコなのである。

 また、うどんの上にアブラゲをのせようと、揚げカスをおこうと、テンプラをあしらおうと、うどんはうどんだが、丼(どんぶり)の底にうどんが入っていなければ、もはやうどんではない。そばが入っていたら、それぞれキツネそば、タヌキそば、テンプラそばになってしまう。つまりうどんで偉いのはうどんなのである。

 さらに、羽織をはおろうが、パジャマでくつろごうが、タキシードで盛装しようが、わたしが着ているかぎりわたしがわたしであることに変わりはない。わたしは羽織やパジャマやタキシードで変質したりしないから、わたしは衣類より偉いのである。

 そして、日本国憲法に、主権在民と平和主義と基本的人権の尊重が盛り込まれているから日本国憲法なのであって、この基本原理が一つでも欠けたら、もはや日本国憲法は日本国憲法ではなくなってしまう。

 ところで、政府与党は、「改憲」と称して、日本国憲法から平和主義を外そうとしている。戦さのできるフツーの国になるために基本原理を変えたいというのであれば、もうすでに「改憲」ではない。国の基本のかたちを変えるのだから、それは革命であり、クーデタである。アンパンからアンコを抜いてアンパンでなくしてしまい、テンプラうどんからうどんを取り除いてうどんでなくしてしまい、パジャマのわたしからわたしを抜いてわたしでなくしてしまおうというのだから、これは当然、革命かクーデタだということになる。

 どこの憲法にしてもそうですよ。

 フランスの憲法にもイタリアの憲法にも、〈共和制は憲法改正の対象とすることができない〉と書いてある。共和制がアンコであり、うどんであり、わたしであるから、つまり国の基本原理であるから、改正してはいけないのである。変えたければ革命を起こし、クーデタを勃ぼっ発ぱつさせ、新しい基本原理を打ち立てなさい。アメリカ合衆国憲法もたしか、〈連邦議会の権限については、変更を及ぼすことができない〉と定めていたはずだ。というより、憲法の本体には手をつけず、修正条文で改正している。どんな国だって、基本原理=国の基本のかたちは大切にしているんです。

 「軍縮問題資料」2007年4月号の北野弘久(ひろひさ)日大名誉教授と伊藤成彦(なりひこ)中大名誉教授の対談を参考にしていうならば、各省の命令である省令より、内閣命令の政令の方が偉い。その政令より国会が決める法律が偉い。そしてその法律より憲法の方がはるか上位の規範である。憲法は主権者の国民からの命令であるから、どんな法律よりも偉いのだ。そして、同じ憲法の条文の中にも、上位と下位がある。基本原理を説いている条文は、そうでない条文より偉い。

 〈陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。〉(9条2項)と、〈下級裁判所の裁判官は、すべて定期に相当額の報酬を受ける。〉(80条2項)を比べれば、どうしたって前者の方が偉いでしょう。くどいけれども、九条が基本原理そのものを説いている分、80条よりはるかに上位にあるのである。

 そんなことをいったって、同じ憲法の中に改正の手続き(96条)が書いてあるじゃないかと、おっしゃる方がおいでだろう。そこで北野名誉教授の発言を引く。

 〈96条自身は国民主権の反映ですが、手続規定ですから憲法内部では下位規範です。手続規定である96条で上位規範である憲法の本質、根幹を変えることはできません。〉

 この発言に、筆者は、前文の一節を添えて、読者諸賢のご判断をまちたい。

 〈……この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。〉

 参考までに、雄々しい条文をもう一つ。

 〈この憲法は、国の最高法規であって、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。〉(98条)

 ジェット機から翼を取ったら粗大ゴミで、自動車からハンドルを取ったらただの鉄の箱である。日本国憲法からその本質を盗み取られたのでは、日本国憲法ではなくなってしまう。そこで改憲論者たちに進言する。もういい加減にして、「わしらは日本国憲法を日本国憲法ではない、なにか別のものにしたいのだ。別のものにして戦争したいのだ。これは革命だ。クーデタだ。覚悟しろ」と、はっきり啖呵(たんか)を切った方がいい。せこいごまかしは、もうたくさんだ。

初出「ふふふ66」『小説現代』2007年4月号
のち『ふふふふ』(2009年、講談社)収録

 

著者略歴
井上 ひさし(いのうえ・ひさし)
1934‒2010。山形県東置賜郡小松町(現・川西町)に生れる。上智大学外国語学部フランス語科卒業。放送作家などを経て、作家・劇作家に。72年『手鎖心中』で直木賞受賞。小説・戯曲・エッセイなど幅広い作品を発表する傍ら、「九条の会」呼びかけ人、日本ペンクラブ会長、仙台文学館館長などを務めた。『井上ひさし発掘エッセイ・セレクション』(Ⅰ期Ⅱ期、各3冊)『井上ひさしコレクション』(全3巻)『井上ひさし 短編中編小説集成』(全12巻)(以上、岩波書店)、『「日本国憲法」を読み直す』(共著)『この人から受け継ぐもの』(以上、岩波現代文庫)ほか、著書多数。

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