『図書』2026年6月号 目次 【巻頭エッセイ】山根基世「「倚りかからず」再読」
詩人の内なる鬼……小池昌代
交差する言葉のなかで……金智英
結婚祝い……宮崎治
明子のピアノが『借りた風景』となるまで……中村真人
『ゆふすげ』のしらべ(下)……藤田真一
暮らしを作り垣根を低くするもの……大和田佳世
狂うことの革命……中村佑子
心も体も、私のもの……神野紗希
発光カタツムリと日本の南洋進出……大場裕一
古典の日に亥子餅を食べよう……武田時昌
イギリス文学 (一)その範囲/(二)古英語・中英語……山本貴光
アーサー王伝説群に付加された父系バイアス……鹿島茂
こぼればなし
六月の新刊案内
[表紙に寄せて]世界もラピュタも終焉は/森泉岳土
現代詩としては異例のベストセラーになった『倚りかからず』が文庫化されたとき、あとがきを書かせていただいた。私の担当していたラジオ番組に出演してくださったときの茨木さんの言葉をそのまま。少女時代に父親から聞いた「依頼心を捨て、親子兄弟といえども独立独歩でいくべきだ」という言葉が種となり、40年あまり経て生(な)った詩だ、と。
けれど、その後改めて茨木さんの文章を系統立てて読んで、それほど単純なものではないと反省した。あの短い詩に、どれほどの思考の厚みがあるのか。天皇を崇拝していた祖母と一緒に、庄内のあぜ道で見た昭和天皇の巡幸。軍国少女だった自分を恥じ、日本の古代史を孜々(しし)として学び、書いたラジオドラマは「埴輪」。天皇の死に伴う殉死がモチーフになっている。そして昭和天皇の、記者会見での発言に対する憤りから書かれた「四海波静(しかいなみしずか)」等々。いずれも、権威にひれ伏していた、自分を含む日本人への怒りやもどかしさが通底している。簡潔でさりげない言葉の背後を通る太い背骨。見えない力が読む者の心を打ったのだと気づかされた。
(やまね もとよ・アナウンサー)
〇 「私、もう80になるのよ。私、頑張っているでしょう? でも誰も褒めてくれないの。薫さん、褒めて」。自身が望む世の去り方を、甥・治さんの妻である薫さんに折に触れ語り、生前に自ら見事な訃報まで用意していた茨木のり子さんは、亡くなる半月前、薫さん宛の電話でこう口にされたそうです。薫さんが「のり子さん、偉いです。いっぱい褒めてあげます」と応じると、「そうお。じゃあね」と茨木さんは電話を終えました(行司千絵『装いの翼 おしゃれと表現と──いわさきちひろ、茨木のり子、岡上淑子』)。生活者としても、詩人の精神としても、「倚りかからず」に生きた茨木のり子という人が、どれほど孤高の奮闘を重ねてきたか、チャーミングなお人柄とともに胸打つ逸話です。
〇 茨木のり子の詩を心のよりどころとして大切にされている方は、少なくないでしょう。本号では、この6月に茨木さんの生誕100年を迎えることを記念し、特集を組みました。親交の深かった山根基世さん。ご自身も現代を代表する詩人のおひとりである小池昌代さん。『隣の国のことばですもの──茨木のり子と韓国』の著者で文学研究者の金智英さん。茨木さんの仕事を守り世に届けている甥の宮崎治さん。いずれのご寄稿も貴重な考察と回想で、あわせ読むことにより茨木さんの姿と作品が立体的に像を結ぶようです。
〇 この機に、茨木のり子の言葉そのものにも、さらに多くの方に触れていただきたいと願います。小社からは、尹東柱の詩の未発表訳稿やエッセイ「はたちが敗戦」などを追補した『茨木のり子全詩集 新版』のほか、谷川俊太郎さん選による岩波文庫『茨木のり子詩集』、代表作を詩集のままに収めた岩波現代文庫『自分の感受性くらい』『歳月』、岩波ジュニア新書の創刊まもないころに詩への水先案内として書かれ、茨木さんの思想にも触れられる『詩のこころを読む』を刊行しています。全詩集を除く4点は、ミナペルホネンのデザインによる生誕100年記念特製カバーを付し、5月下旬より出荷中です。
〇 強制労働の炭鉱から脱走し厳寒の北海道で終戦後も10年以上逃避行を続けた劉連仁の人生を描く茨木さんの長編詩、「りゅうりぇんれんの物語」に感動し、記念碑を訪ねたことがあります。茨木さんの詩は柔らかな言葉で綴られながらも、自己と他者を怜悧に見つめ、歴史に対しても自分を外側に置かず、骨太です。茨木さんの詩に、いまこそ受け取るべきものがあるように思います。『世界』では、4月号から茨木さんの詩を紹介するリレー連載「夜の庭 茨木のり子を読む」が始まりました。
〇 大和田佳世さん「子どもの本を手渡すひと」、中村佑子さん「女が狂うとき」は、本号をもって最終回となります。ご愛読、まことにありがとうございました。




