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山本貴光 岩波文庫百話

第27話 イギリス文学(一)その範囲

 海外文学を収める赤帯は、東洋文学(1~100番/第25話)、ギリシア・ラテン文学(100番台/第26話)の後にイギリス文学が続く。改めて眺めてみると、以下、アメリカ、ドイツ、フランスと西洋方面が、さらにロシアを挟んで南北欧その他と並ぶ。大まかには、言語あるいは地域による分類と言えそう。

 では、イギリス文学にはどのような作家や書目が入っているかを見てみよう。岩波文庫の著者別分類番号では赤201から始まる。現在299番まで使い終わっており、それ以降は番号の頭にNをつけたN201へと続いて目下はN208まで来ている。他に赤帯でNつきの番号が使われているのは、フランス文学(500番台)と南北ヨーロッパ文学・その他(700番台)の2つ。

 ところで一口にイギリス文学といっても、見方によってその範囲のとり方も違ってくる。文学の分類に使われる要素には、時代、地域、言語など、いくつかのものがあり、それらの組み合わせ次第でもあるからだ。例えば、イギリスの旧植民地出身の作家が英語で書いた小説をどのように分類するか。南アフリカ生まれでノーベル文学賞受賞者でもあるJ・M・クッツェーの作品は、イギリス文学を案内する本に登場することもあれば、岩波文庫のようにイギリス文学(赤200番台)とは別の赤800番台に割り当てられている場合もある(803)。ついでながら800番台には、やはり英語で創作したオリーヴ・シュライナー(南アフリカ/800)、エイモス・チュツオーラ(ナイジェリア/801)、ナディン・ゴーディマ(南アフリカ/802)らもいる(カッコ内は出身地)。他方、ロシア領ポーランド出身のコンラッドは母語ならぬ英語で小説を書いた作家で、『闇の奥』(中野好夫訳、248−1、1958)をはじめとする作品はイギリス文学の文脈でもお馴染みである。岩波文庫でもイギリス文学のコーナーにいる(248)。

 そうかと思えば、法律家で政治家でもあったトマス・モア(1478—1535)のように、イギリス文学史でもよく言及される『ユートピア』(1516)をラテン語で書き、ベルギーで出版したというケースもあって、これなどは言語や出版された土地だけを見るとどこの文学か分からないようでもある。岩波文庫で202−1という番号を与えられている同書は、1551年のレイフ・ロビンソンによる英訳を底本としている(平井正穂訳、1957)。モアはこの時代の文人らしく、ラテン語と英語で著述した人でもあった。

 以上は分類の厄介さが垣間見える例だが、そもそも分類とは、多様なものごとを限られた要素で分けて把握しやすくする便宜でもある。それだけにどのような工夫を施しても、カモノハシのように分類に馴染まないものが現れたりもする。そうした事情を踏まえてガイドとして使えばよいわけである。

 さて、その上で岩波文庫のイギリス文学コーナーを大きく眺めてみよう。まず、時代の範囲としては、中世から20世紀までとひとまず言うことができる。古いほうでは、古代ケルト民族の古歌に基づくとされる『オシァン ケルト民族の古歌』(中村徳三郎訳、201−1、1971)がある。ただし、成立に込み入った経緯もあり、いったん脇に置こう。イギリス文学史の冒頭近くで言及されることも多い『中世イギリス英雄叙事詩 ベーオウルフ』(忍足欣四郎訳、275−1、1990〔旧訳は厨川文夫訳、1941〕)は、作者不詳で成立年代を8世紀前半とする説がありつつ定かではないけれど、古英語で書かれた叙事詩として古い部類である。

 さしあたり途中は飛ばして、最も新しい近年のものを見ておくと、テリー・イーグルトンが文芸批評の各種手法を整理して案内する『文学とは何か 現代批評理論への招待』(上下巻、大橋洋一訳、N204−1~2、2014〔原著初版1983、第二版1996〕)が目下のところ原著刊行年として最近の本ということになろうか。20世紀後半の作品はアンソロジーの類は別として、単独の作家のものとしてはサルマン・ラシュディ(英領インド出身)の『真夜中の子供たち』(上下巻、寺門泰彦訳、N206−1~2、2020〔原著1981〕)や『フランク・オコナー短篇集』(アイルランド/阿部公彦訳、299−1、2008)がある。概ね20世紀前半までが主な範囲と見てよい。

 ところで、岩波文庫におけるイギリス文学の範囲がどのようなものかを検討する参考として、英文学史を大きく見渡せる本と比べてみよう。岩波文庫別冊には『増補 フランス文学案内』をはじめ、ロシア文学、ドイツ文学、ギリシア・ローマ古典文学、スペイン文学についてのガイドブックが出ており、同様に『イギリス文学案内』や『英米文学案内』があればよかったのだけれど、いまのところはない。そこで今回は石塚久郎責任編集『イギリス文学入門 新版』(三修社、2023/以下『入門』)を頼ってみる。

 同書では、時代を15世紀以前の古英語・中英語文学から、16、17、18世紀(1688—1789)、ロマン主義(1789—1832)、ヴィクトリア時代(1832—1901)、20世紀前半、20世紀後半から現代までと大きく8つの時期に分けている。また、旧植民地の作家や作品も含んでいる。20世紀後半以降は措くとして、同書で各時代の主要作家として名前の挙がる人物について、岩波文庫に入っている人を調べてみた(表)。表のうち「その他」とあるのは『入門』の主要人物には挙げられていないが岩波文庫に入っている作家の人数を指す(細かいことだが『入門』ではトマス・グレイとウィリアム・コリンズのように二人一組で論じられているケースもあるが、ここでは個別に数える)。時期によってばらつきはあるものの全体では109人のうち81人で75パーセント、実に4分の3の作家については岩波文庫で読める勘定である。

岩波文庫百話 第27話 イギリス文学(一)その範囲

 各時代の様子はこの後個別に見てみるとして、全体を通して「この人はまだ岩波文庫に入ってなかったのか」と意外な感がした人物に、メアリー・シェリー、ルイス・キャロル、ブラム・ストーカーなどがいる。もっとも彼らの代表作は文庫版も含めて翻訳が多数あるから、そちらで読めばよい。

(やまもと たかみつ・文筆家、ゲーム作家)

[『図書』2026年6月号より]


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著者略歴

  1. 山本 貴光

    1971年生まれ。文筆家、ゲーム作家。現在、東京科学大学 未来社会創成研究院・リベラルアーツ研究教育院教授。慶應義塾大学環境情報学部卒業。著書に『文学のエコロジー』(講談社)、『世界を変えた書物』(橋本麻里編、小学館)、『マルジナリアでつかまえて』(本の雑誌社)、『記憶のデザイン』(筑摩書房)など。

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