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山本貴光 岩波文庫百話

第24話 近代市民社会の礎に触れる

 岩波文庫で社会科学を扱う白帯の全体は、「法律・政治」「経済・社会」という2つのカテゴリーに分けられている。これらは、著者別分類番号でも区別されているようだ。具体的には、「法律・政治」は白1から、「経済・社会」は白101からの番号が割り当てられている。ただし後者についてはさらに「経済」が白101から、「社会」が白201からという具合に分けられている。白帯全体で見ると白235以降はいまのところ使われていない。

 では、それぞれの分野には、どんな著者や書目が入っているだろう。まず「法律・政治」のコーナーを著者別分類番号の若いほうから見てみよう。『人権宣言集』(白1)、『世界憲法集』(白2)という現代社会の礎とも言える重要な文集から始まって、マキアヴェッリ、ホッブズ、モンテスキュー、シェイエス、ロック、レオン・デュギー、トクヴィル、ベッカリーア、ジェファソン、リンカーン、イェーリング、イェリネク、ケルゼン、ヴィノグラドフ、ラスキ、カリエール、ジェームズ・ミル、ブライス、E・H・カー、モルリイ、ハミルトン、ジェイ、マディソン、バーク、マッツィーニ、モーゲンソー、ロバート・A・ダール、カール・シュミット、芦田均、美濃部達吉、フアン・リンス、鵜飼信成、ルイ・ハーツなど、法律学や政治学で重要な著者たちが並ぶ。これに加えて特定の著者によるのではない本として、『アメリカの黒人演説集』『日本国憲法』『アメリカ大統領演説集』なども入っている。著者別分類番号は白1から白38までが使われており(一部未使用)、白39から100までは未使用のようだ。

 これらの人名を眺めてみると、古くはマキアヴェッリ(1469-1527)を筆頭に、著作としては概ね17世紀以降を範囲として、西洋の近代市民社会の建設において理論的な礎や指針となった重要書の書き手が連なっている。時代としては、青帯や赤帯に古代以来の書目が入っているのと比べると、比較的新しい分野であることも窺える。この「法律・政治」分野で目下最も新しい本は、原著が1978年に刊行されたフアン・リンス(1926-2013)の『民主体制の崩壊──危機・崩壊・再均衡』(横田正顕訳、白34−1、2020)である。

 なかにはジョン・ロック(1632-1704)の『人間知性論』(全4巻、大槻春彦訳、白7−1~4、1972-77/旧版は『人間悟性論』上下巻、加藤卯一郎訳、1940)のように西洋哲学(青帯600番台)に入っていてもおかしくない書目もある。といっても、この頃のヨーロッパの哲学者たちは、現在の学問分類のどこに顔を出しても不思議はないような博学者も少なくない。例えば『人間知性論』は人間とはどのような存在であるかを探究して大きな影響を与えた哲学書だが、ロックは他にも『統治二論』(1690)を通じて、政治思想のみならず、アメリカ独立宣言やフランス革命にも影響を与えた重要な政治思想家でもあった。同書は岩波文庫では、鵜飼信成訳『市民政府論』(1968)として抄訳が、後に加藤節訳『完訳 統治二論』(2010)が刊行されている(いずれも著者別分類番号は白7−7)。

 こうした人物や著作が、どのような範囲なのかを見てみるために、高校の「政治・経済」を参照してみよう。本当は複数の教科書を見比べたいところだが、その用意はないので、ここでは政治・経済教育研究会編『政治・経済用語集』(山川出版社、2023)を覗いてみる。同書は「政治・経済」の教科書全6種から約3500の用語を選んで解説した本だ。同書から著作のある人物の名前を挙げると次の通り。

 アリストテレス、伊藤博文、植木枝盛、ウェーバー、エンゲルス、オルテガ、レイチェル・カーソンガルブレイス、カントグロティウス、ケインズ、ケネー、サン=ピエール、シュンペーター、ダール、トクヴィル、バーク、ボーダンマーシャル、マルクス、美濃部達吉、J・S・ミル、毛沢東、モンテスキュー、吉野作造、ラッサール、リカード、リンカーン、ルソー、レーニン、ロック

 このうち傍線を引いた人物は、岩波文庫に著作がない人を指す。また「*」を付した人物は青帯にいる。ガルブレイスは岩波現代文庫に1冊入っている。それ以外は白帯に著作がある人たちである。

 このうち、グロティウスやマーシャルが入っていないのはちょっと意外に感じたものの、たしかにグロティウスの『戦争と平和の法』や『海洋自由論』、マーシャルの『経済学原理』はいまのところ岩波文庫にない(後者は最近、岩波書店から新訳が全4巻で刊行された)。

 また、教科書の社会契約論のくだりで必ずと言ってよいほど顔を出す、ホッブズ『リヴァイアサン』、ロック『統治二論』、ルソー『社会契約論』や、権力分立論のモンテスキュー『法の精神』、近代民主政治に関わるリンカーン、ブライス『近代民主政治』をはじめ、教科書でお馴染みの本のうち、多くの重要書目を岩波文庫で読めることが分かる。

 そういえば、大学生の頃、塾でアルバイトをしていたことがある。生徒に一対一で教える形式で、高校の政治・経済を教える際に「教科書に人名と書名とワンフレーズだけ出てくるような本も、翻訳でいいから実物を手にして目次や解説を眺めておくと、随分印象が変わるし記憶に残りますよ」と、岩波文庫の『リヴァイアサン』や『法の精神』を勧めたものだった。現に私も、物覚えが悪いわりには、棚に並べて眺めたり読んだりしている岩波文庫に入っている本のことは思い出しやすい気がしている。とは、余談ながら教科書と岩波文庫に関連して思い出したことである。

(やまもと たかみつ・文筆家、ゲーム作家)

[『図書』2026年4月号より]


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著者略歴

  1. 山本 貴光

    1971年生まれ。文筆家、ゲーム作家。現在、東京科学大学 未来社会創成研究院・リベラルアーツ研究教育院教授。慶應義塾大学環境情報学部卒業。著書に『文学のエコロジー』(講談社)、『世界を変えた書物』(橋本麻里編、小学館)、『マルジナリアでつかまえて』(本の雑誌社)、『記憶のデザイン』(筑摩書房)など。

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