第26話 ギリシア・ラテン文学
岩波文庫赤帯は、著者別分類番号1から100の「東洋文学」に続いて、101から200に「ギリシア・ラテン文学」が配置されている。ギリシア・ラテン文学といえば、大きくはヨーロッパ文化の源流でもあり、文学方面では叙事詩や悲劇・喜劇の傑作として後にも影響を及ぼしたり、形を変えながら創作の源泉となり続けている作品も少なくない。
では、例によってどのような作品が入っているかを眺めてみよう。赤101の『増補 ギリシア抒情詩選』を筆頭に、まずはホメロスの二大叙事詩『イリアス』と『オデュッセイア』が並ぶ。ホメロスは果たして一人の詩人だったのか、この2作は同じ人物によるものかといった疑問も投げかけられてきた。
その一方で、紀元前8世紀ころとも言われる古い時代に属するこれら叙事詩が、現代でも例えば、エミリー・ウィルソンによる最近の英訳のように新たに訳されたり、マーガレット・アトウッドの『ペネロピアド──女たちのオデュッセイア』(鴻巣友季子訳、角川文庫)やパット・バーカーの『女たちの沈黙』『トロイの女たち』(北村みちよ訳、早川書房)のように『イリアス』や『オデュッセイア』を女性たちの視点から語り直した小説をはじめ、現役作品として読み継がれているのは改めて驚くべきことである。
『四つのギリシャ神話──『ホメーロス讃歌』より』、『イソップ寓話集』に続いて、アイスキュロス、ソポクレス、エウリピデスのいわゆる古代ギリシア三大悲劇詩人の諸作品、ヘシオドスのこれもまたホメロスと同じく古いと目される『神統記』と『仕事と日』を挟んで、古代ギリシア最大の喜劇詩人と目されるアリストパネース、アポロドーロスの『ギリシア神話』、ルーキアーノス、ロンゴス、ヘーローンダースとここまでが概ねギリシア文学のパートである。岩波書店では『ギリシア悲劇全集』(全13巻+別巻、1990—92)と『ギリシア喜劇全集』(全8巻+別巻、2008―12)というギリシアの古典悲喜劇を総覧できる全集も刊行しており、岩波文庫に入っている作品も含めてさらに読みたい人はそちらに向かうのもよいだろう。
著者別番号順では、ここで赤114の『ギリシア・ローマ抒情詩選──花冠』というギリシアとラテンにまたがる詩集が置かれ、これに続いてラテン文学が並ぶ。その筆頭の赤115はウェルギリウス『アエネーイス』、『プルターク英雄伝』(全12巻)、アプレーイユス(アプレイウス)『黄金の驢馬』、1つ飛ばしてオウィディウスの『変身物語』に『恋愛指南』、古代ローマの文人アイリアノスが編んだ面白逸話満載の『ギリシア奇談集』、ペトロニウス『サテュリコン』、『ギリシア・ローマ名言集』、『ギリシア恋愛小曲集』、『ローマ諷刺詩集』とアンソロジーがいくつか、ルーカーヌスの『内乱』とこれらは概ねラテン文学に属する作品である。この後ろに古代ギリシアの小説ともいうべきヘリオドロス『エティオピア物語』(赤127)が2024年に加わっており、128以降は未使用である。
いま「1つ飛ばして」と述べたのは、『アベラールとエロイーズ 愛の往復書簡』(赤119)だった。これは12世紀の中世フランスにおける哲学の巨人とも言うべきアベラール(ラテン名アベラルドゥス)とその弟子で愛人、後には妻、そして女子修道院長となる博識の才女と讃えられたエロイーズの2人が、ある事情から離ればなれになった後に交わした書簡を編んだ本である。岩波文庫には畠中尚志の旧訳と、沓掛良彦・横山安由美の新訳がある。その魅力については別の機会に譲るとして、もっぱら「ギリシア・ラテン文学」を収める赤100番台に本書が入っていることに目を留めておきたい。
これは私の想像だが、同書がここに入っているのは、中世ラテン語で記された「中世文学」あるいは「ラテン文学」であることによると思われる。改めて確認すると、「ギリシア文学」には古代ギリシア語の、「ラテン文学」には主に古典ラテン語の作品が収められている。そのラテン語は、長い中世を通じて修道院や学問に従事する人びとの共通語として、少しずつ形を変えながら使われてゆく。アベラールとエロイーズは中世ラテン語で手紙を綴っており、ラテン文学の延長線上にある「中世ラテン文学」とでも言うべき分類になるだろう。このような観点から振り返ると、実は岩波文庫には他に中世ラテン文学と呼べそうなものはあまり見当たらない。他方で、赤帯に入っているイギリス、フランス、ドイツ、イタリアなど各地域の中世からルネサンスにかけての文学作品はどうかと見れば、それぞれの地域の言語(ラテン語に対して俗語と呼ばれる)で記されたものがもっぱらのようだ。
なお、エロイーズは、『増補 ギリシア抒情詩選』や『ギリシア・ローマ抒情詩選』に現れるサッフォー(サッポオ)とともに、この「ギリシア・ラテン文学」のコーナーには稀な女性の書き手であることにも目を向けておきたい。
ついでのことながら、古代ギリシア・ラテン方面の本をさらに読みたい向きには、京都大学学術出版会から刊行中の「西洋古典叢書」も併せてご覧になることをお勧めしたい。同叢書では、文学の他にも哲学や自然学など多様な書物を原典からの新訳で収めている。
(やまもと たかみつ・文筆家、ゲーム作家)
[『図書』2026年5月号より]




