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『科学』2026年5月号 特集「2000万年前の日本列島をのぞく」|巻頭言『第一原理から問い直す地球の息吹き』是永 淳

◇目次◇ 
【特集】2000万年前の日本列島をのぞく
日本列島と日本海はいつ,どのように形成されたか……星 博幸
化石が語る中新世の海洋環境……入月俊明
植物化石が示す中新世の気候は私たちに何を語るか?……矢部 淳・齊藤 毅
哺乳類化石が語る大地の繋がり……西岡佑一郎
1900万年前に存在した絶滅属ワタリアの森……西野 萌

[巻頭言]
第一原理から問い直す地球の息吹き……是永 淳

[解説]
すべてを覚えない脳のしくみ──アストロサイトがつなぐ体験と記憶……長井 淳・出羽健一
巣に籠る小さなハダニは綺麗好き──排泄物管理の多様性と適応的意義……佐藤幸恵
性の決まり方が照らし出すサメ・エイ類の生きざま……丹羽大樹・宇野好宣・工樂樹洋
新しい求愛行動のパターンを生み出す遺伝子と脳の仕組み……田中良弥
宇宙ひもの結び目と物質の起源……衛藤 稔・濱田 佑・新田宗土

[連載]
科博のお宝コレクション
 2 生涯をかけた思考の記録:南方熊楠の菌類図譜……細矢 剛
 3 「嫌われ者」へのまなざしを変える:千石正一氏が収集した爬虫類・両生類コレクション……吉川夏彦
ウイルス学130年の歩み11 伴侶動物の社会を襲ったウイルス……山内一也
因果をめぐる7の視点5 証明することを考える──論理学と数学の視点から……横山啓太
カミオカンデはいかに生まれたのか──基礎科学の曲がり角に立って8 アニマルスピリッツの原点にある弱者体験……古川雅子
17〜18世紀英国の数学愛好家たち11 『レイディーズ・ダイアリー』の波及……三浦伸夫
野球の認知脳科学12 緩急に強い打者,弱い打者……柏野牧夫

[フォーラム]
生成AIが研究不正を加速させる可能性について……川原繁人
政策決定をめぐる科学の透明性と独立性──ウナギ資源をめぐる論争から……海部健三
次号予告

目次画像(線画)=西野 萌
表紙デザイン=佐藤篤司

◇巻頭言◇
第一原理から問い直す地球の息吹き
是永 淳(これなが じゅん イェール大学教授) 
 

 科学の歴史には,理論の登場によって世界の見え方が一変することがある。地球科学において,その役割を果たしたのが,20世紀後半に確立されたプレートテクトニクス理論であった。これは,地球表層がいくつかの硬い「プレート」に分かれ,それらが地球内部の変形に伴って相対的に運動しているとする理論である。現在では,この描像にもとづいて,地震や火山活動,山脈形成などの多様な現象が統一的に理解されており,プレートテクトニクス理論は地球科学の思考枠組みそのものとなっている。

 しかし,理論が広く共有されるほど,それはあたりまえのものとして受け入れられるようになる。たとえば,日常生活の中で,自分たちがなぜ人間として存在しているのかを深く考える機会は,そう多くはないだろう。それと同じように,プレートが動くという事実が広く理解されるほど,その運動がなぜ可能なのかという根本的な問いは,かえって意識されにくくなる。プレート境界の形成と維持といった基本的な問題を含め,プレートテクトニクスを支える物理過程を第一原理から説明することは,いまなお容易ではない。たとえば,プレート運動を左右する地球内部の粘性構造が,どのように決まっているのかという点についても,十分に理解されていない。

 私たちは地球内部を直接見ることはできない。また,過去に起こった事象の復元はそれ以上に難しい。しかし,より本質的なのは,地球という惑星が,多くの要素が異なる空間・時間スケールで相互作用する,非常に複雑なシステムであるという点である。このような対象に対して,最初から第一原理に立脚した記述を与えることは現実的ではなく,歴史的に見ても,地球科学は経験的な知見や現象論的な整理を積み重ねることで発展してきた。このようなアプローチは,複雑な自然を読み解くうえで極めて有効であり,プレートテクトニクス理論の確立にも決定的な役割を果たした。しかし,そうして得られた理論的枠組みを,どこまで第一原理に立ち返って理解できているのかという問いは,依然として残されている。

 この問題は,単に地球内部の力学を理解するという範囲にとどまらない。プレート運動は,地球表層環境の長期的な安定性に深く関わっている。大気組成や海洋環境の進化は,プレート運動によって制御される物質循環と密接に結びついているからである。経験的な知見に依存した理解にとどまる限り,その知識を地球以外の惑星へと一般化することはできない。したがって,地球内部の力学をどこまで第一原理から説明できるかは,惑星環境が長期にわたって安定に保たれる条件を理解するうえで,重要な課題となる。

 結局のところ,プレートテクトニクスを第一原理から理解する試みは,地球という惑星の成り立ちや進化を,より深く捉え直すことである。私たちが足元の大地の動きを理解しようとする営みは,なぜ私たち自身がこの惑星に存在しているのかという問いへと静かに連なり,その先には,宇宙における生命の可能性という,さらに大きな問題が広がっている。

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