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前田健太郎 政治学を読み、日本を知る

前田健太郎 西洋社会を学ぶ意味[『図書』2023年6月号より]

西洋社会を学ぶ意味

連載──政治学を読み、日本を知る(1)

欧米の政治学とどう向き合うか

 日本の政治学において、西洋由来の理論が持つ存在感は大きい。例えば、二大政党制の条件を探る時には「デュヴェルジェの法則」が出発点となり、対外政策を論じる時には「安全保障のジレンマ」という言葉が飛び交う。政治学の教科書に掲載されているのも、大部分は欧米の研究者の提唱した学説である。マルクス主義、多元主義、合理的選択理論、ジェンダー論など様々な理論が輸入されては、日本の政治の分析に用いられてきた。

 それを、奇妙に感じる人もいるだろう。日本列島から何千キロも離れ、歴史や文化も異なる土地で作られた理論を、なぜ自国の政治に当てはめるのか。それは、世界を西洋とそれ以外に二分し、前者の後者に対する優位を唱える西洋中心主義の発想ではないか、と。こうした批判は、より日本に根ざした政治学を目指す動きへとつながる。

 だが、そこには悩ましい問題が待ち受けている。現代の日本において、欧米の政治学の影響を受けていない理論など、ほぼ存在しない。もし、それを参考にしないとすれば、論じることのできる内容は極めて限られる。残された道は、視野の狭い自国中心主義かもしれない。

 それでは、西洋中心主義ではなく、自国中心主義でもない政治学のあり方とは、いかなるものなのか。この問いに答える試みとして、今回から始まるこの連載では、日本の政治を考える上で欧米の政治学が持つ意義を、従来とは異なる形で示してみたい。確かに、西洋由来の理論を日本の政治に当てはめることには、一定の限界がある。だが、その理論が拠って立つ視点そのものは、日本に根ざした政治学のあり方を探る上で、極めて重要な含意を持つというのがここでの立場である。この初回は、それがいかなる視点であるのかを述べることにしたい。

西洋中心主義か、西洋社会の分析か

 政治学に限らず、社会科学は常に西洋中心主義に対する批判に晒されてきた。それは、どの国や時代にも当てはまる一般的な理論や法則の探求をひょう)ぼう)している学問が、実は西洋社会の経験を押しつけているにすぎないという批判である。とりわけ、西洋以外の地域に貼り付けられる「儒教圏」や「後進国」などといったラベルは、人間社会の多様性を無視するものとして、昔から評判が悪い。

 だが、その中で忘れられがちなのは、その社会科学が、「イギリス」や「ドイツ」といった特定の国ではなく、西洋社会を分析の対象にしているということである。この西洋社会という言葉は、多様な国々を包摂する人間生活の単位を指す。社会科学の古典を読む人は、そこに常に一国を超えた広がりを)かん)する視点を見出すだろう。

 例えば、マックス・ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神(原著一九〇五年)は、資本主義の出現を宗教的な要因によって説明した著作として知られる。それが描くのは、カトリックとプロテスタントという二つの教派の教義が生み出す経済的な行動原理の違いである。その分析は、一六世紀に起きた宗教改革という出来事が、各国を異なる発展経路に乗せたことを示唆する。

 ノルベルト・エリアスの『文明化の過程』(原著一九三九年)は、文明化の進展と共に暴力が隠されていくことを指摘した。この本の前半では、フランスとドイツを比較し、フランスの宮廷貴族がブルジョアジーとの競争の中で礼儀作法を洗練させていく様子が語られる。後半では、その背景として、中世ヨーロッパの長期にわたる戦争の繰り返しの中から近代国家が誕生する経緯が示される。

 イマニュエル・ウォーラーステインの『近代世界システムⅠ(原著一九七四年)は、一五世紀以降のヨーロッパの「世界経済」における中心と周辺の分化を描く。そこで中心に浮上するのはオランダやイギリスのような西欧の国々であり、周辺に置かれた東欧やアメリカ大陸から富を吸い上げることで国力を強化する。

 これらの著作の特徴は、ただ様々な国の運命を辿るだけでなく、その背後にある西洋社会の歴史を描くことにある。西ローマ帝国の崩壊後、文化的には一体性を持っていたキリスト教圏が、宗教改革によって引き裂かれ、フランス革命によって動揺し、二〇世紀の二度の大戦によって破壊される。その中で、いくつもの国家が消滅し、生き残った国家は多様な政治制度を発展させてきた。欧米の社会科学が一般性を持つというイメージは、それが非欧米地域にも当てはまる以前に、この西洋社会という一国を超えた単位を分析の対象としていることに由来する。

東アジアの欠けた政治学

 欧米の社会科学は、西洋社会を分析の対象としている。このことは、日本の政治学のあり方を考える上で、無視できない意味を持つ。というのも、その視点を素直に取り入れるのであれば、欧米の政治学の理論を用いて日本の政治を分析する発想にはなるまい。むしろ、まず日本列島を取り巻く東アジアという地域の成り立ちを考え、その中での日本の位置づけを探ることになるだろう。

 ところが、ここで重要な問題に気づく。それは、日本の政治学における東アジアへの関心の低さである。もちろん、これまでも東アジア諸国の政治はその地域の専門家によって盛んに研究されてきた。そして、渡辺浩『明治革命・性・文明』(東京大学出版会、二〇二一年)羅芝賢ナジヒョン)『番号を創る権力』(東京大学出版会、二〇一九年)のように、東アジア諸国との比較の中で日本の政治を研究する著作もある。だが、このような態度は決して、学界では一般的ではない。

 例えば、日本の政治学の教科書では、西洋社会についての記述が充実する一方で、最近刊行された犬塚元・河野有理・森川輝一『政治学入門』(有斐閣、二〇二三年)のような例外を除けば、東アジアに関連する事項がほとんど掲載されてこなかった。キリスト教や啓蒙思想は登場しても仏教や儒教は登場せず、近代官僚制は解説されても科挙制度は解説されず、ウェストファリア体制が出てきても冊封体制は出てこないのが一般的である。

 これは不思議なことではないだろうか。七世紀に律令制を取り入れて以来、日本列島の支配者たちは、中国大陸や朝鮮半島に興った政治権力との間で様々な関係を取り結び、その下で政治制度を作り上げてきた。政治学の教科書の中で、この基本的な事実に言及がないというのは、あたかも絶対王政や身分制議会に触れることなく欧米諸国における政治制度の成立を説明するようなものだろう。

時代の変化を踏まえて

 西洋の学問を学び、自国の分析に取り入れることは、一見すると開明的であり、先進的である。だが、日本には一九世紀後半の「脱亜入欧」の時代以来、自国を西洋の一部に含め、東アジアに背を向けるという、一風変わった自国中心主義があった。欧米の政治学を自国に当てはめつつ、東アジアを視野の外に置くという態度は、それとよく似ている。

 かつては、それを方法論的に正当化することも可能であった。日本は、社会経済的な条件や政治制度が周辺諸国とは大きく異なっていたからである。例えば、一九八〇年代までの東アジアでは、複数の政党が自由に競争する政治体制は日本以外に存在せず、産業化の程度にも大きな差があった。そうであれば、欧米諸国の方が日本との共通点が多く、比較しやすいという議論も成り立ち得ただろう。

 だが、木宮正史『日韓関係史(岩波新書、二〇二一年)が韓国の事例に関して指摘するように、「失われた三〇年」とも呼ばれる日本の経済的な停滞が続く中で、従来の前提条件は大きく変容した。台湾と韓国は一九九〇年代にかけて民主化を成し遂げ、今や経済発展の水準も日本と同等である。他方で、独裁体制が続く中国でも急速な経済発展が進み、少子高齢化など日本と似た社会問題を抱えている。その意味で、未だに経済発展の水準の低い北朝鮮は例外としても、東アジア諸国を日本の比較対象から除外することはもはや正当化しにくい。むしろ、今や改めて日本を東アジアの国として位置づける条件が整ったともいえよう。

政治学を読み直す

 ここに、この連載の動機がある。東アジアを意識しながら日本の政治を語ろうにも、現状ではその方法が確立されていない。だとすれば、欧米の政治学における西洋社会の分析から、その方法を学ぶことはできないだろうか。これまで、欧米の政治学を輸入することが西洋中心主義だという批判は多かったが、その政治学がどのように西洋社会の経験を反映しているのかは、必ずしも明示されてこなかった。そこで、この連載では、毎回一冊の本を取り上げ、そこに登場する様々な国々がどのように西洋社会を構成しているかを考える。対象とするのは、今日の政治学の教科書で紹介されることの多い二〇世紀後半の著作である。

 こうした検討は、東アジアの中での日本を知るための材料となるだろう。「その理論は、日本に当てはまるか」と考える代わりに、「その理論の前提とする西洋社会は、東アジアとはどう違うのか」「東アジアの中で、日本はいかなる特徴を持つのか」と考える態度が生まれるからである。そこに、西洋中心主義とも、自国中心主義とも異なる道が見えてくることを期待したい。 

(まえだ けんたろう・政治学)


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著者略歴

  1. 前田 健太郎

    (まえだ・けんたろう)
    1980年生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科教授。専門は政治学・行政学。2003年、東京大学文学部卒業。2011年、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。首都大学東京(現・東京都立大学)社会科学研究科准教授、東京大学大学院法学政治学研究科准教授を経て、現職。著書に『市民を雇わない国家──日本が公務員の少ない国へと至った道』(東京大学出版会、第37回サントリー学芸賞〔政治・経済部門〕)、『女性のいない民主主義』(岩波書店)などがある。

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