第28話 イギリス文学(二)古英語・中英語
イギリス文学と聞いてどんな作家や作品が思い浮かぶだろう。かつて各版元から刊行された世界文学全集などを通じて「これぞ必読の名作」といったイメージがある程度共有されていた頃ならともかく、いまでは覚束ないような気もする。よく言えば、名作揃いで人によって挙げるものがばらつくということがあるかもしれない。なにしろチョーサーの『カンタベリー物語』(『完訳 カンタベリー物語』桝井迪夫訳、203−1~3、1995〔原著1387-1400〕)から数えても600年以上の蓄積があり、岩波文庫だけでもイギリス文学(赤200番台)には百を超える作家が登録されている。
試しに岩波文庫のイギリス文学で、収録点数の多いほうから何人かの作家を並べてみよう。上下巻などの分冊は1点として点数で数えている。
・シェイクスピア(21)
・ディケンズ(11)
・スティーヴンスン(10)
・モーム(10)
16世紀から17世紀にかけてのシェイクスピアの戯曲は現在でも新訳が重ねられて、書店でも現役の作家と肩を並べている。それから、ヴィクトリア朝のディケンズとスティーヴンスンの小説、20世紀前半ではモームが群を抜いている。あくまでも岩波文庫の点数ということになるけれど、これに続くのはバーナード・ショウ(7)、オスカー・ワイルドとコンラッドが各6点、そしてジェーン・オースティン、ラフカディオ・ハーン、H・G・ウェルズの各5点が並ぶ。他に大きな分野として詩があるものの、各詩人ごとの点数で見た場合には、5点、6点という規模にはならず目に入りづらいかもしれない。また、これとは別に発行部数で比べてみるのも面白そうだが、これは手許にデータがないので機会があったら見てみることにしたい。
さて、改めて古いほうから見てみよう。前話に続き『イギリス文学入門 新版』(以下『入門』)を参考にする。イギリス文学史の冒頭に置かれることの多い古英語・中英語文学とは、概ね15世紀末までの古英語、中英語で書かれた文芸を指す。『入門』では、主要な作家・作品として『ベーオウルフ』、9世紀イングランドのウェセックス王で、法典の編纂やラテン語から英語への翻訳も含む文芸振興に力を注ぎ、自らも翻訳したというアルフレッド大王(849-899)、夢の形を通じて社会を諷刺する詩『農夫ピアズの幻想』(池上忠弘訳、中公文庫、1993他)で知られる詩人ウィリアム・ラングランド(1330頃-1400頃)、チョーサー『カンタベリー物語』、騎士で作家のトマス・マロリーが獄中で書いたとも言われる『アーサー王の死』(厨川文夫、厨川圭子編訳、ちくま文庫、1986他)といった作者不明の1作と4人が並ぶ。
このうち『ベーオウルフ』と『カンタベリー物語』は岩波文庫に入っている。後のイギリス文学に、さらには現代日本の漫画やゲームをはじめとするファンタジー創作物にもさまざまな形で影響を及ぼし続けているマロリーの『アーサー王物語』そのものは岩波文庫にないものの、ブルフィンチ『中世騎士物語』(野上弥生子訳、225−2、1980〔原著1858〕)がその欠を補ってくれる。同書はアーサー王物語を一般読者向けに書いたもので、背景や騎士の修業、武具、試合の様子など、物語をいっそうよく楽しむために必要な解説もついている。加えて、ウェールズの中世騎士道物語集『マビノジョン(マビノギオン)』や、ベーオウルフ、ロビン・フッドなどの「英国民族の英雄伝説」も併載されていて、ファンタジーものを創作したい人にも参考になる一冊だ。
また、同じくブルフィンチによる『ギリシア・ローマ神話 付インド・北欧神話』(野上弥生子訳、225−1、1978〔原著1855〕)もギリシア神話、ローマ神話の神々のエピソードを中心に、ポイニクス(フェニックス)、コッカトリス、ユニコーン、サラマンドラといったモンスター、インド神話、北欧神話、ケルトのドルイドなど、これもまた現代のファンタジー方面の創作物の源になり続けている面々を楽しみながら読める形でまとめられており、2冊併せてファンタジー文学素材集のようでもある。
なお、古英語・中英語については、H・ブラッドリ『英語発達小史』(寺澤芳雄訳、青659−1、1982〔原著1904/シメオン・ポッターによる改訂版1968〕)という恰好の案内がある。同書は機会を改めて触れよう。
(やまもと たかみつ・文筆家、ゲーム作家)
[『図書』2026年6月号より]




