小川哲 文学の最善手とは何か?[『図書』2026年8月号より]
文学の最善手とは何か?
織田作之助『六白金星・可能性の文学』
昔、将棋を少しだけ勉強したことがある。定石が書かれた教科書を一冊買って、友人が得意としていた「棒銀」という戦法の定石だけ勉強したところで座学に飽きてしまい、インターネットで知らない人と対戦しはじめた。当然、僕は「棒銀」の定石しか知らないので、「棒銀」の指し方をする。段位が低いころは相手が「棒銀」の受け方を知らないことが多いので、定石通り指しているだけで優勢になり、そのまま勝てることも多かったのだが、ある程度の段位になってくると正しい対処の仕方を知っている人が多くなってきて、途端に何をすればいいのかわからなくなって負けるようになる。
「棒銀」を知っている人と知らない人がちょうど半分くらいの段位に落ち着き、自分がやっていることは相手に「棒銀を知っていますか?」というクイズを出すことでしかないことに気づき、ネット対戦から離れてしまった。
「将棋指し」としての僕はそこで終わったわけだが、たまに配信されている将棋の中継を観たりする。今の将棋中継は、画面上にAIによる形勢判断が表示されていて、AIが導きだした最善手がリストになっている。観戦するだけの素人としては、「人生を将棋に捧げてきた棋士が、いかにして正解を選びとることができるか」というクイズ番組的な側面を楽しむ構造になっていると感じる(もちろんAIが推奨する手にも、人間が指しやすい手とそうでない手があって、その辺の塩梅は解説の人が説明してくれたりするのだけれど)。
将棋の配信を観ていて、僕はよく小説のことを考える。将棋とは、限られた選択肢の中から、最善だと思う一手を選びとる競技だ。小説を書いているときも、次の一文をどう書けば最善手になるのか、思い悩むときがあるのだ。小説にも「棒銀」のような定石は存在しているのだが、定石をただなぞっているだけではプロとしてやっていけない。目の肥えた「読者」という相手に対し、想定を超える一手を選ばなければ傑作は生まれない。AIが文章を生成できるようになった時代において、一足先にAIに勝てなくなってしまった棋士の姿から、小説家が学ぶことができる点は多い。
僕が将棋と小説を結びつけて考えてしまうのは、織田作之助(以下「織田作」の呼称を使う)の影響だろう。織田作は「可能性の文学」という評論の冒頭で、坂田三吉という「風変わりな人物」を紹介している。
坂田は無学文盲、棋譜も読めず、封じ手の字も書けず、師匠もなく、我流の一流をあみ出して、型に捉えられぬ関西将棋の中でも最も型破りの「坂田将棋」は天衣無縫の棋風として一世を風靡し、一時は大阪名人を自称したが、晩年は不遇であった。いや、無学文盲で将棋のほかには何も判らず、世間づきあいも出来ず、他人の仲介がなくてはひとに会えず、住所を秘し、玄関の戸はあけたことがなく、孤独な将棋馬鹿であった坂田の一生には、ずいぶん横紙破りの茶目気もあったし、世間の人気もあったが、やはり悲劇の翳がつきまとっていたのではなかろうか。
(織田作之助『六白金星・可能性の文学 他十一篇』333頁)
織田作が、自らの文学観を語った文章の冒頭で坂田三吉の話をしたのには深い理由がある。坂田は晩年、東京の花形棋士2人と対局する機会を得たのだが、「阿呆な将棋をさして」負けたのである。この「阿呆な将棋」とは、第一手に端歩(盤面の端にある歩)を突くという奇手で、坂田は2人の棋士の両方にこの奇手を試した。結果として、坂田の実験はうまくいかず、2戦とも惨敗したわけだ。
織田作はこの一手を「将棋というオルソドックスに対する坂田の挑戦」と分析している。
一歩の動かし方の違いは無数の変化を伴って、その変化の可能性は、例えば一つの偶然が一人の人間の人生を変えてしまう可能性のように、無限大である。古来、無数の対局が行われたが、一つとして同じ棋譜は生れなかった。ちょうど、古来、無数の小説が書かれたが、一つとして同じ小説が書かれなかったのと同様である。
(337頁)
織田作は、定石から外れた坂田の一手の中に、小説の定石とその定石から外れる一手を読みとり、「オルソドックス」からはみ出た小説の可能性を提唱しているのである。
「可能性の文学」というタイトルも、日本語として特殊だ。普通に考えれば(「オルソドックス」として考えれば)「文学の可能性」と口にしたくなるだろう。しかし織田作の思考を辿れば「可能性の文学」としか言いようがないことがわかる。織田作は、「可能性」そのものを文学上で表現することこそが必要だと主張しているのであり、そのためには第一手で端歩を突くような、定石から逸脱した表現をしなければならないのである。
織田作がこのような主張をした背景には、当時の文壇の事情が大きく作用している。「日本の文学は日本の伝統的小説の定跡を最高の権威として、敢て文学の可能性を追究しようとはしない」と織田作は考えており、「人間の可能性を描き、同時に小説形式の可能性を追究している」外国の近代小説と区別している。織田作の認識がすべて正しかったかどうかはさておき、現実をどれだけあるがままに描くか──つまり、どれだけ正確に現実の模倣をするか、という点が重視された自然主義文学が主流だった日本の文壇が、端歩を突くような奇手を正しく評価してこなかった側面はあるだろう。
織田作は文壇への恨みつらみをユーモラスに語っており(「日本の文学の考え方は可能性よりも、まず限界の中での深さということを尊び、権威への服従を誠実と考え、一行の噓も眼の中にはいった煤のように思い、すべてお茶漬趣味である」とか、「ここ数年間の軍官民はそれぞれ莫迦は莫迦なりに努力して来たのだが、その努力が日本を敗戦に導くための努力であった如く、日本の文壇の努力は日本の小説を貧困に導くための努力であった」とか)。
さて、この岩波文庫版『六白金星・可能性の文学』の素晴らしい点は、織田作の所信表明である「可能性の文学」という評論とともに、彼がその哲学をもって実作した小説も含まれているところにある。僕は学生時代に織田作の全集を読んだことがあるのだが、本書と短編「夫婦善哉」、坂田三吉について書いた短編「聴雨」、長編『青春の逆説』あたりを読んでおけば、入門としては十分だと思う。
ヴァイオリンの稽古を題材にしながら、父と娘の間に生じた愛情とも虐待ともとれる歪んだ関係を描く「道なき道」は、織田作にしては珍しく「オルソドックス」な文学の魅力を持ちながらも、父親の異常な執着と娘の異常な無邪気さの中に「可能性」のようなものを感じてしまう。
自身の長髪へのこだわりが徴兵検査とぶつかり合い、その後もさまざまなトラブルを巻き起こしていく「髪」は、権威への抵抗という織田作の姿勢について、髪型を通じて描いた作品である。
表題作でもある「六白金星」は、妾の家に生まれた楢雄というマイペースで頑固な子どもの成長と葛藤を、母や兄との関係性の中で描いた代表作で、楢雄の一筋縄ではいかない、けれどもどこか憎めない性格を、短いエピソードや細かい会話で表現した作品である。終盤で楢雄は兄と将棋で勝負することになるのだが、楢雄の将棋の勉強の仕方がそのまま「可能性の文学」の対比となっており、余韻のある結末がどのような「可能性」を残しているのか考えることが、まさしく「可能性の文学」について考える構造になっている。
終戦直後の大阪の混乱を、小説家「オダサク」の視点で描いた「世相」は、私小説の雰囲気を持ちながらも、作中で作品の構想が語られるというメタ構造にもなっていて、方法論の面から「可能性」に迫った作品である。
「競馬」はギャンブルという偶然性を、女性の魅力と対にして描いた作品で、勝つか負けるかというまさしく「可能性」に人生の一部を賭けるさまをスリリングに表現している。
「可能性の文学」という概念を極限まで推し進めた織田作は、長編の中で登場人物が実際にサイコロを振り、その結果に応じて展開を決めていくという実験的な手法に挑戦している(『それでも私は行く』という長編だ)。抽象的な概念だったはずの「可能性」が、作中で将棋や競馬という形で直接的に描かれるようになっていった経緯も含めて、岩波文庫版『六白金星・可能性の文学』には一人の文学者の文学的挑戦が収録されているのである。
本来、岩波文庫の作品は一つ一つが星のようで、何作も読んでいるうちにそれぞれが繋がっていき、星座のように文学の形が見えてくるものなのだが、本書は織田作という作家が描いた星座が見えるように収録作が選ばれており、本書だけでも当時の日本文学の雰囲気が味わえるようになっている。
そして何より面白いのは、80年かけて克服したはずの文学における「定石」の問題が、そっくりそのまま現代にも当てはまってしまう点である。現代の日本文学に織田作が言うような「権威」が存在しているかは怪しいところだが、多かれ少なかれ「定石」と「可能性」のせめぎ合いは存在している。そしてそのせめぎ合いは生成AIという形で、奇しくも将棋と小説の両者において顕在化している。
文学の最善手とはなんだろうか。坂田三吉の「端歩」は、僕たち現代の書き手にとってどんな意味を持つのだろうか。優れた古典は、時代を超えて読者に難問を突きつけるのである。
(おがわ さとし・作家)




