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『科学』2026年10月号 特集「生物学者,害虫に学ぶ」|巻頭言「ジャン・ペランと原子論の時代」小島智恵子

◇目次◇ 
【特集】生物学者,害虫に学ぶ
害虫からみる身近な進化……宮竹貴久
ミバエ根絶の科学……本間 淳
害虫を数えることの環境史……瀬戸口明久
ヒアリが教える侵略生態学……辻 和希
海外から飛んでくる殺虫剤抵抗性イネウンカ──海外飛来性害虫防除のための取り組み……真田幸代
宿主と寄生蜂の共進化──抵抗性,環境,共生微生物から持続的な生物的防除へ……津田みどり
共生微生物が操る昆虫の生殖……陰山大輔
農薬と昆虫,そして私たち……平 久美子

[巻頭言]
ジャン・ペランと原子論の時代……小島智恵子

[解説]
量子反証可能性と量子現実性──量子計算機が拓く新たな科学と経験の世界……江守陽規・近藤和敬・田中彰吾・柚木清司・小澤正直・入來篤史
濡れ方は一つではない……天神林瑞樹・荒井俊人
「静寂」を作り出すコウモリの超音波戦略……吉田創志・飛龍志津子
なつき行動とは何か……小出 剛
寄生体との共進化の行き着く先は?──自己複製RNAの進化実験による実証……市橋伯一

[新連載]
月の起源はなぜ難しいのか1 似すぎた天体の謎……是永 淳

 [連載]
科学者の現代史2 絶対王制,立憲君主制下の学術研究:イギリスの場合……兵藤友博
因果をめぐる7の視点7 論理学者の考える物事の筋道──パラレルワールドで考える?……大森 仁
野球の認知脳科学17 ばらつきは悪か?……柏野牧夫
科博のお宝コレクション
  12 人骨が語る,人骨しか語れない歴史:江戸時代人骨コレクション……坂上和弘
  13 普遍的な知恵と科博の歴史を伝える模型たち:機構模型コレクション……河野洋人・吉村友紀

[フォーラム]
金平糖の科学:角はなぜできるのか……福森一郎・ルイ M. ポンテ

次号予告

表紙デザイン=佐藤篤司

 

◇巻頭言◇
ジャン・ペランと原子論の時代
小島智恵子(こじま ちえこ 日本大学 商学部)
 

 2026年は,フランス人物理学者ジャン・ペラン(1870〜1942)が,1926年に「物質の不連続的構造に関する研究,特に沈殿平衡についての発見」でノーベル物理学賞を受賞してから100年の節目にあたる。ペランは,1905年にアインシュタインが提出したブラウン運動の理論を1908年に精密な実験によって検証し,原子の存在を実験的に証明した。ペランの原子に関する一連の研究成果は,1913年に啓蒙書 Les Atomesとして出版され,日本でも翻訳書『原子』(1978)が岩波文庫から刊行された。

 ペランは,原子の研究以前に電子の発見に関わる実験も行っていた。真空放電の研究は,19世紀半ばに水銀ポンプにより真空度の高い放電管が提供されたことで,19世紀後半になって本格化した。放電管内の気圧を下げると陰極から一種の放射線が出ることがわかり,陰極線と名づけられた。1890年代に入ると,陰極線に関する粒子説と波動説(エーテル振動説)が拮抗するようになった。ペランは前者の立場を取り,1895年に陰極線を金属箱に受け,その箱が負電気を帯びることを示し,陰極線が負電気を運ぶことを証明した。同年,波動説を証明する実験を行っていたレントゲンがX線を発見し,1897年に,粒子説を支持していたトムソンは電子を発見した。ベクレルは,1896年に蛍光物質からX線が放出されると予測した実験においてウランの放射能を発見し,それに刺激を受けたピエール・キュリーとマリー・キュリーは,1898年に放射性元素ラジウムとポロニウムを新たに発見した。このように19世紀末には陰極線実験を端緒とした驚異的発見が続いた。当時20代半ばであったペランは,疾風怒濤の中で,実験物理学が20世紀の物理学を変えていくと確信したに違いない。実際,これらの発見は20世紀物理学の革命と言われる量子論誕生の導火線となった。

 ペランは,物理学において有効な仮説であった原子を具体的存在として確立したが,そのことは同時に19世紀末のエネルギー論に終止符を打つことになった。エネルギー論とは,マッハ,ヘルム,オストヴァルトらによって主張された反原子論である。エネルギー論者は,科学は原子のような仮想的実体を導入することなく,エネルギーなどの観測にかかる物理量のみにもとづくべきであると考え,原子論的な研究方法を科学的唯物論として非難し,原子論者ボルツマンなどと激しく論争した。しかし,原子の実在を実証したペランの研究により,エネルギー論者はその存在を認めざるを得ず,ペランはLes Atomesの中でLa theorie atomique a triomphe(原子の理論が勝利を収めた)と誇らしげに書いた。

 1929年,ペランに続いてノーベル物理学賞を受賞したフランス人物理学者は,ド・ブロイであった。ド・ブロイは「電子の波動的特性の発見」が認められて受賞したが,ペランは物質の波動性について論じたド・ブロイの学位論文の審査員の一人だった。1924年末の審査当時には,まだ電子の波動性は実験的に証明されておらず,ペランはド・ブロイに彼の考えを実際に実験で確認できるかを尋ねた,と息子のフランシス・ペランは後に述べている。理論的仮説を実験で証明してきたペランらしい質問である。物理学者としてだけでなく,物理化学生物学研究所(IBPC)やフランス国立科学研究センター(CNRS)の設立に尽力したペランのDNAは,息子フランシス・ペランに受け継がれ,彼もまた原子核物理研究に従事し,1951年から1970年までフランス原子力庁長官を務め,科学技術立国フランスの基盤を形成することに貢献した。

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