『図書』2026年11月号 目次 【巻頭エッセイ】最果タヒ「感受性の愛」
【対談】生きものの漢字名がひらく世界……多田多恵子・円満字二郎
チェ・ゲバラ『タックル』編集長の革命……藤島大
「家」なき時代のお墓を考える……辻井敦大
モリエールと落語……秋山伸子
ディエゴガルシアは誰のもの……木畑洋一
ヒツジをめぐる話……渡辺政隆
細川家の香木……北島徹也
生ける水晶体……田中純
断言のかっこよさ……小川哲
メタモルフォーゼする私……神野紗希
洞窟は発光生物と相性が悪い?……大場裕一
大道芸と記憶術……武田時昌
絶版か品切れか/自然科学(一)……山本貴光
こぼればなし
一一月の新刊案内
[表紙に寄せて]踏み出すということ/本名陽子
どうして人には、他者が必要なのか、本当のところはわからない。木々の間を通り抜ける風が、鈴の音のような高い音を少しだけ鳴らして、葉と葉の間にある雫がそんなふうに鳴っているのだと、じっと耳を澄ませて、想像する時とか、いつまでも一人で生きていけるような気がするけれど。
でも、言葉を持ち、こうして美しいと思う瞬間のことを独り言でも言葉で考えているとき、私はどうしようもなく美しい世界の中にある自分の心というものを感じる。この話を聞いてくれる人がいたならば、私は外の世界だけでなく、私の心の中にある美しさにも気づけるかもしれない、と思うのだった。美しい世界の中で横たわって一人の生き物としてただ眠るのではなくて、美しい世界を感じ取ろうと、慎重に息をするとき、私は私の命が愛せる。そして、そんな瞬間は、きっと誰かが、私の心を通してきらめいた「世界の美しさ」の話を聞いてくれる時。だから、満たされた時間も、一人はとてもさみしくて、話したくなる。自分の中にある「世界の美しさ」を見つけてくれる人に、会いたくなる。
(さいはて たひ・詩人)
〇 1976年9月24日、アーシュラ・K・ル゠グウィン作、清水真砂子訳『影との戦い』が発売されました。いまや累計246万部に達し、世代を超えて愛されている「ゲド戦記」の第一作です。本誌の先月号では、日本語版刊行50年を記念して特集を組み、4名の方にご寄稿いただきました。
〇 「ゲド戦記」と同じく、多島海世界を舞台に主人公の波乱に満ちた旅が描かれ、ル゠グウィンも「私たちのファンタジー物語のすべてと縁続きである、あるいはその先祖である」と評した(「ホメロス父さん」谷垣暁美訳『暇なんかないわ 大切なことを考えるのに忙しくて』河出書房新社)のが、約2800年前の叙事詩『オデュッセイア』です。その『オデュッセイア』がクリストファー・ノーラン監督によって映画化され、世界的に大ヒットしています。映画をきっかけにギリシアの神話や叙事詩への関心が高まるなか、小社でも3点の関連書に特製帯を掛けてご案内中です。帯の惹句を引きながら、この壮大な物語と各書の特徴をご紹介したいと思います。
〇 トロイア戦争で「トロイの木馬」の謀略を成功させ、ギリシア軍を勝利へ導いた智将オデュッセウス。松平千秋訳『ホメロス オデュッセイア』(岩波文庫)は、約10年に及ぶ闘いの後、「荒ぶる大波に翻弄され、相継ぐ苦難に耐えながら、10年の漂泊の果て」に妻と子の待つイタケへ帰り着き、「素性を隠して故国に入り、群がる求婚者たちを討ち取って、妻との再認を果たす」までのオデュッセウスの冒険譚を、全24歌から成る叙事詩の完訳で味わうことができる、まさに原典です。
〇 複数の時間と場所が交錯する原典の構成を出来事の順で整理し、「時系列ですいすい読める」「はじめて読むのにおすすめ」の一冊が、バーバラ・レオニ・ピカード作、高杉一郎訳『ホメーロスのオデュッセイア物語』(岩波少年文庫)。青と黒を基調とした美しい地図や挿絵も収録されています。
〇 『オデュッセイア』をより深く知るためには、トロイア戦争の顛末をうたう『イリアス』にも目を向けたいところ。「物語の全貌を端的にたどり、その魅力を読み解く入門書」が、森進一著『ホメロス物語──イリアス・オデュッセイア』(岩波ジュニア新書)です。
〇 ホメロスの原典から改変された描写については賛否あるようですが、ノーラン監督の今回の映画が、人間や戦争の愚かさを表現し、現在の世界への痛烈な批判のもとに投じられたものであることは、ご覧になった多くの方が感想を同じくされるでしょう。もとよりホメロスが戦争を描くにあたり、善と悪の対立とはせず、どちらにも与さず、残酷な混乱としていることをル゠グウィンは称え、勝利と敗北について、こう記しています。「力があれば正しいわけではない」(「ホメロス父さん」)。




