『図書』2026年10月号 目次 【巻頭エッセイ】中島京子「竜年のワイン」
規範の外側から……井上里
50年目の著者解題……青木耕平
賢者の言葉を探して……榊原悠介
お地蔵さんは待っていてくれる……小森はるか
教え子の結婚式におもうこと……門下祐子
南九州と紀州……渡邊英理
イタリア「さわる絵本」の旅……齋藤名穂
暮らしと同じかたちの絵を描く……牧野伊三夫
マクベスと宮﨑駿……鈴木敏夫
哲学を破壊すること……小川哲
定型の逸脱……神野紗希
ホタルが照らす海外の文学……大場裕一
嘘八百の変態広告と白比丘尼……武田時昌
作と著と/野上家の仕事……山本貴光
一〇月の新刊案内
[表紙に寄せて]夢の住人は大変だ/甫木元空
『ゲド戦記』に、いくつかワインを飲むシーンがある。
『影との戦い』の最後近く、ゲドは親友のカラスノエンドウとふたりで、はてみ丸に乗っている。「寒さの中、旅する男たちはせめて喉をうるおせ、と酒を用意してくれたわが妹ノコギリソウに祝福あれ」とカラスノエンドウは言い、ゲドもやさしかった少女を思いながら心をこめて杯を上げる。
印象的なのは『帰還』で、王の使いの男たちにテナーが「アンドレード産」「竜年」の逸品をふるまう場面だ。それは最高級の産地と年を示すものであるらしい。テナーとゲドの共通の師で、父親のような存在だったオジオンが遺したワインだった。
レバンネン王自身が注ぐ「エンラッド産」の赤ワインは、テナーをとても喜ばせる。
『アースシーの風』の冒頭では、ゲドが、まじない師のハンノキに「つれあい(テナー)の息子が仕込んだ」強い赤ワインを注ぎ、冷え切ったハンノキの体をあたためる。
『ゲド戦記』に登場するワインはどれもおいしそうで、人と人をつなぐあたたかさを感じさせてくれるのである。
(なかじま きょうこ・作家)
〇 2012年のある日、電車のアナウンスの表現が、「携帯電話」から「携帯電話やスマートフォン」へと変わっていることに気づきました。その年、「スマホ」の保有率は、前年の約3割から約5割に。まさに普及が加速した時期のことでした。さらに時を経て、いまや保有率は9割を超え、昨年には初めてテレビを上回ったそうです(世帯単位。総務省「通信利用動向調査」)。
〇 新しいエネルギーや技術は、またたくまに日常に組み込まれ、不可逆的な変化をもたらします。いま世界を揺るがしている新たな道具といえば、AIです。生成AIの利用経験率は2024年度の約3割から25年度の約6割へと、1年で大幅に拡大し(総務省「令和8年版 情報通信白書」)、出版をめぐる環境も数年前とは異なる様相を呈しています。
〇 「私たちは「AI以前」を知る最後の世代であり、「AI以後」を形作る最初の世代でもある」──そう「はじめに」に記された岡野原大輔さんの『ヒトとAI』(岩波新書、2026年7月刊)が、刷りを重ねています。本書では、AIによって仕事や教育、経済や文化が、いかに変化し再編されるのかが丁寧に考察されています。岡野原さんの議論を通し、AIに向き合わざるをえない現在を生きる私たちは、感情、死と有限性、言語など、「ヒトとは何か」を根底から捉え直すべき局面にいることを通感しました。
〇 判断まで担うAIに対して、岡野原さんは、人間の自由とは、主体として選択し、行為し、責任を負うことであると説かれています。貧困や格差を個人に帰するものとするような、いわゆる自己責任論とは異なる、「自由と責任」です。自分自身を生きることを手放さない意志こそ、人間に問われているのではないでしょうか。
〇 8月29日、長野県須坂市で開催された信州岩波講座で、ブレイディみかこさんが講演されました。約1000席の会場が満席となる盛況ぶりでした。ブレイディさんは英国の政治や移民をめぐる状況を話されたのち、SNSやアルゴリズムの世界と、私たちが生きる現実は違う、ということをおっしゃっていました。意見が異なる人であっても、身体性をもって直につきあうと、その人の優しさに触れることがある。現実を生き、地べたから考えることこそが、激動する世界にあって最大の抵抗となりうるのです、と。
〇 人類の歴史において、火にも匹敵する道具の登場と言われるAI。知的財産の扱い、軍事利用、電力消費による環境破壊など、看過できぬ懸念もあります。主体性と身体性を手放さず、AIとどうつきあうか。9月にはジュニア新書で柳瀬陽介さんの『AI英語学習法』を刊行いたしました。人と人との対話を豊かにするためのAI活用を考える一助となりそうです。




