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『本当のことを言おうか 谷川俊太郎 精選対話』特別公開

どんな詩を読んできたか どんな詩を読んだらよいか(大岡信と)‥‥‥1983年4月・51歳

 谷川俊太郎さんが、詩について、歌について、朗読について、絵本について、翻訳についてどう考えたか。谷川さんがもっとも精力的に活動していた時期の対談から約20本を精選した、『本当のことを言おうか 谷川俊太郎 精選対話』(全3冊)。
 本記事では、第3巻に収録している詩人・大岡信さんとの対談を特別公開いたします。

 


 

おおおか・まこと(1931—2017)
静岡県三島市生まれ。詩人、評論家。東京大学文学部国文科卒。「櫂」同人。読売新聞社、明治大学を経て、東京藝術大学教授。のちに名誉教授。日本ペンクラブ元会長。ストルガ詩の夕べ金冠賞、フランス芸術文化勲章、レジオンドヌール勲章などをはじめ受賞多数。詩集に『記憶と現在』(1956)、『悲歌と祝禱』(1976)、『春 少女に』(1978)など、詩論に『現代詩試論』(1955)、『うたげと孤心』(1978)、『詩人・菅原道真』(1989)、『日本の詩歌』(1995)など、また、アンソロジストとしての仕事に『折々のうた』(1980—92)、『新 折々のうた』(1994—2007)など。ボーヴォワール、ブラッサイ、プレヴェール、ジョン・アッシュベリーなどの翻訳もある。

読み始めたころ

外国の詩、日本の詩

詩以外のものを

情報の多すぎる現代

詩への通り路

読み始めたころ

 谷川 ぼくが詩を読み始めたのは、ちょっと特殊なかたちだと思う。つまり、まず自分が詩に興味を持って、自分に先行する世代、あるいは同時代の詩を読んでから詩を書き始めたというよりも、友だちが中原中也だとか、立原道造だとか言っているのに漠然と影響を受けて書き始めたところがあるからね。それから、幸か不幸か、うちの父がそういう方面の仕事をしていたので、家にいろいろな詩集があったのね。だから自分で特に選択して買ったのではなくて、本棚から適当に何か抜き出して読むというふうだった。具体的にいうと、岩佐東一郎、近藤東、城左門などから読み始めた記憶がある。そういうわりあい軽い感じで書かれた詩をいいと思って、そういうものをまねて書き始めたというふうに、漠然と思ってるんだよね。

 だから近代の、はっきり評価されている詩人たちを読むようになったのはもっとあとになってからでね。ぼくらが十代の終わりぐらいのころの文学青年というのは中原中也なんかにみんな夢中になっていたんだけど、ぼくにはよくわからなかったところがあるね。中原中也を本当にいいと思うようになったのは、おそらく三十代になってからじゃないかという感じがする。だからどういうところから読み始めるべきだなんていうふうには全然思えないし、言えないんだけど。

 ただ、詩というのはなんとなく七面倒くさいとか、わかりにくいとか思っている人たちもいるかもしれないから、そういう人には軽い詩が良いかもしれない。ぼくが読み始めた岩佐東一郎とか、近藤東とか、あるいは安西冬衛もそうなんだけど、わりあいウィットとかユーモアのある詩が多かったからね。ぼくはそういう詩から読み始めたことが、自分にとってはよかったんじゃないかなと思ってるんだ。

 大岡 いま谷川が「幸か不幸か」と言ったけど、ぼくも幸か不幸か、父が短歌を作っていたから、やはり本棚に父が青年時代に買って読んだ詩集があったわけ。それで、それを中学時代になんとなく引っ張り出してきては読んでいたので、その点では非常に似ているんだ。

 谷川 それは、中学時代?

 大岡 うん、中学生。

 谷川 ああ、それはだいぶ早いね。

 大岡 中学三年の夏休みに終戦になって、学校が丸焼けになってしまっていたために、授業がほとんどなかった。だから、先生と生徒が教室での授業を媒介としないでつき合うようになって、たとえば文学好きの先生のところには文学好きの少年が集まる、スポーツ好きの先生のところにはスポーツ好きの者が集まってクラブをつくるとかという形になっちゃった。たまたま若い先生で、文学書をよく読んでいて、授業でもそういう話をときどきする人がいた。その先生が復員して帰ってきたものだから、つかまえて「ぼくらと一緒に雑誌をやりませんか」と言ったら、先生もそういうことをやりたくてウズウズしてたのね。まだ二十五、六だったから。

 その先生を引きずり込んだ形で雑誌を出すことになったから、勢い、参考に何か読まなきゃならなくなったわけ。ぼくは短歌だけは見よう見まねで知っていたから、作ろうと思えば五七五七七は簡単にできたのね。父の雑誌の人たちが月に一回集まって雑誌の編集をやるときに開いていた歌会に、おれのも出させてくれと言って出したら、最高点をとったことがある。それで、短歌というのはチョロいと思っちゃったんだよね(笑)。それはぼくの歌が一番素朴だったから高点が入ったにすぎなかったんだけど、短歌というのはわりに簡単にできると思っていた。

 ところが先生の蔵書を借りて読むようになったら、およそ短歌的世界とは違うものがいっぱいあることがわかった。その人はドストエフスキーが大好きだったし、リルケの翻訳をいろいろ持っていて、ぼくらは書棚から宝物のようにして借りてきては、よくわからないんだけど、読んだわけね。読んでいるうちになんとなくわかるのにぶつかる。そのわかったものは仰天するくらいいい感じがする。いま考えてみれば、よく言われるリルケの詩にある宇宙的感覚というものなんだろうけれど、それは短歌では表現しにくい世界だから、特に強く打たれたんだろうね。それから日本の詩人たちの詩も、同人仲間から教えられて、古本屋から探してきた詩集を回し読みして読んだりして、そうやっていわゆる現代詩というのに初めて触れたんだね。

 谷川 翻訳詩では、ぼくもご多分にもれず、リルケやボードレールを読んだけれど、よくわかって、すばらしいと思った記憶はないんだよね。ランボーなんかもそうだった。むしろ、詩を書き始めて少したってから読んだシュペルヴィエルとか、小笠原豊樹訳のプレヴェールなどに強く惹かれた記憶があるのね。だから全く乱読だったなあ。

 その点で大岡が、詩を書き始めたときに、日本の詩の歴史の中で自分がどういう位置にあるかというようなことを考えたということを前に聞いて、ぼくは全然そうじゃなかったなと思ったんだけれど。

 大岡 いや、それは書き始めたときではなくて、書いてしばらくたってからそういう反省をしたんでね、乱読は非常に似通っていると思う。 父の書棚にあった詩集は島崎藤村、北原白秋というあたりが主なんだよね。それで、ぼくは自分で萩原朔太郎の、戦争末期に出た非常に紙の粗悪な全集の一、二冊を古本屋で買ってきて読んだ記憶がある。『月に吠える』ももちろん入っていて、こういうのを読んだことを親に知られてはまずい、と感じて知らん顔をしていたことがある。

 そういうふうにして読み始めてまもなく、今度は戦後最初の時期の詩集では、創元選書で『中原中也詩集』、それから小林秀雄訳『ランボオ詩集』が出て、やがて『富永太郎詩集』が出た。この三冊は仲間うちでは必読の書という感じでね。そのほかには、角川書店ができたばかりで、とてもいい紙で作った立原道造の『優しき歌』という詩集を出した。たしか中村真一郎さんの編纂だったと思うけど、これはぼくは値段が高くて買えなかったのね。そしたら、雑誌の仲間にわりと金回りのいいのがいて、ぼくの誕生日のお祝いにその詩集を買って贈ってくれた。当時、そういう少年同士のちょっとセンチメンタルな交友というのがあって、誕生日なんかに贈り物をしてたんだね(笑)。同人全員の名前や寄せ書きがしてあってね。もう一冊お祝いにもらったのは、福永武彦さんの『ある青春』という詩集。装幀も瀟洒で、中央公論社から全集が出た川上澄生の版画が入っていた。ぼくは中学四年を終わって旧制高校へ入ったんだけど、いまでいうと高校二年のときぐらいにそういう本をもらって読んでいたんだね。

 福永さんの詩は形式がきちんとしていて面白いなと思った。その前に読んでいた中原中也とか立原道造の詩の形式の整い方と、ある点で共通していたということもあるし、しかもその形式の整い方というのが、たとえば島崎藤村なんかの詩の七五調のきちんとしたものとは全然違う。自由でしかも形式があるという感じがあったから、これはなかなか面白いと思ってね。それ以前には藤村ばりの七五調の文語体で書いていたのが、だんだん変化してきて、いわゆるソネット形式の詩をいくつか書いた。それは明らかに立原と中原と福永武彦の影響なんだな。

外国の詩、日本の詩

 大岡 ぼくはフランス文学をやりたいと漠然と思っていたので、中村真一郎さん、福永武彦さん、加藤周一さんなどの書いたものは折々読んでいて、そういうことからフランスの象徴派の詩にわりあい親しみをもっていた。同時に、旧制高校ではフランス語が第一外国語のクラスに入ったために、日夜フランス語ばかりやっていた。最初に読んだ詩集は古本屋で手に入れたグールモン〔レミ・ド・グールモン〕の詩集で、これは単語をそんなに引かなくても読めた。中のいくつかは翻訳して、クラス仲間で出していた回覧雑誌に出したりした。

 同時にボードレールとかランボーとか、これははやりだからね。フランス語で一生懸命読んでね、注つきの本を辞書を引き引き読むんだけど、注を読むだけでくたびれちゃって、詩がいいんだか悪いんだかわからなくなる。それは途中でやめちゃった。しかし、だいたいフランスの詩というのはこんなものなのかという感じを持った。それは自分が日本語で書いてる詩とはおよそ違うんで、その落差に驚き、かつ非常に悩んだわけね。

 当時、詩の雑誌では「詩学」が一番読まれていて、新人の投稿欄が非常に充実していた。ぼくは投稿したことはないんだけど、後々「櫂」のグループに集まるような人たちがみな投稿で出てたわけよね。その「詩学」に海外の詩の紹介が出てて、それらを通じてエリオットとか外国の詩人の翻訳を見て、非常に関心を持たされた。

 やっぱり古本屋へ行っては、当時新刊書では出ないわけだから古本屋で、研究社あたりから出たエリオットの詩集を見つけては買ってきて、翻訳を試みたという記憶があるのね。翻訳をすることで自分の日本語の表現能力を試したい、広げたいという気持ちがあったみたいで、だからその時期は勉強するような読み方をしてたみたいだね。

 日本の詩人では、三好達治さん、これは中学の同人雑誌仲間でも一番人気があったし、『春の岬』が創元選書で出ていて、これはほんとに何度も何度も繰り返して読んだ。三好さんの初期のいくつかの詩は、口調までまねするような詩を書いたほど、ある時期、三好さんの影響を受けたように思うんだ。

 それから、非常に好きだったのは中野重治さんね。そのあとに西脇順三郎さんの『Ambarvalia』の改版が出る。昭和八年の初版本とは変わった内容になってしまっていて、改版のほうで面白かったのは初版と同じ部分で、改版で改められたほうは、どうもなんだか面白くなかった記憶がある。

 こう見てくると、島崎藤村から西脇順三郎まで、中学の三年の後半から三、四年のあいだに、時間的にいえば数十年間の日本の現代詩の代表的な人たちの詩集を読んだことになるのかな。

 谷川 三好達治さんは、ぼくは三好さんに紹介していただいて初めて商業誌に詩が載ったわけだから、本当はよく読んでなければいけないはずなんだけれど、実際には熟読したという記憶はないのね。ただ、家に本があったから、特に『測量船』というのはよく読んで、やはり語法などに相当影響を受けていると思うんだけれど。

 ただ文学青年の友だちが神様みたいに言う中原中也や立原道造にしても、『山羊の歌』の署名入りの初版本とか、楽譜型の『萱わす草れぐさに寄す』が身近にあったりするわけね。そういう本が貴重だなどとは、全然思い浮かばないような状態だった。だから普通の感じで、尊敬するとか、きわめて大きな影響を受けるとかいうふうにはならなかったような気がするね。

 同時代の詩人は、やはり「詩学」の投稿欄なんかで読み始めていたけれど、ぼくは詩を読まなきゃいけないとか、詩を読みたいとか、あるいは古本屋へ行って詩集を買うとかということは、ほとんどしなかったような気がするのね。そのかわりぼくは、戦後早い時期に東京創元社から出た『現代詩講座』という、詩の一種のマニュアルみたいのがあっただろう。

 大岡 うん、出ていた。

 谷川 ああいうものをわりと一生懸命読んでいたわけね。ぼくは何かするときにまず解説書を読むという悪癖があるんだよ。たとえばピンポンするようなときにピンポンの説明書を読んじゃうとかね。詩の場合でもそういうところがあって、あの本で外国も含めた詩というものの概観を得ていた。

 いま思い返してみると、あれは非常に不十分なものだったと思うんだけど、それでも詩人たちが自作の作り方みたいなものを書いたりなんかしてね、そういうのがけっこう面白かった。

 大岡 自分がいちばん影響を受けたのは、菱山修三という詩人。戦前はスター詩人だったんだけれど、残念ながらいまは昔ほど知られていない。この人の詩をある人に教えられて読んで、突如として病みつきになっちゃった。それは谷川の場合と正反対で、菱山修三の詩というのは暗いんだね。とにかく第一詩集の冒頭にある詩が「私は遅刻する。世の中の鐘が鳴つてしまつたあとで、私は到着する。私は既に負傷してゐる。……」という詩なんだ。遅刻したという意識が非常にはっきりある詩で、何に遅刻したのか、それはわからないんだけれど。

 菱山さんの詩の暗さというのが、ぼくにはなぜか非常にぴったりきたところがあって、その影響を受けたために、さっきの谷川の話に出てきた言葉でいえば、ウィットとかユーモアとか、軽みとか、そういうものを詩の中で表現していく技術的訓練が、ぼくには初めのころは全然できなかった。むしろ重い詩を書くということから始まったんだね。

 谷川 ぼくも菱山修三は確かに読んでた。でもそれほど惹かれはしなかったなあ。

 ぼくには、大岡における菱山修三みたいな、それほど大きな影響を受けたとは言えないんだけれど、非常に惹かれた人に和泉克雄という人がいるんだよ。

 大岡 ああ、知ってる。

 谷川 あの人が、立て続けに四冊ぐらい詩集を出しただろう。

 大岡 そう。長い詩でね、一行がうんと長くてね。

 谷川 何年ごろだったか覚えていないけれど、もう詩を書き始めてからだと思うから、わりと早い時期に、ぼくはあの語り口みたいなものに、やや影響を受けてるんじゃないかなと思うのね。

 大岡 数年前に、谷川と二人で「詩の誕生」という対談をしたときに、詩というものを最初に感じた体験を話し合ったね。そういうこととも関係があると思うね。つまり、谷川は、朝早く起きて庭へ出たらニセアカシアの大木の向こうから太陽が昇ってきて、晴れた朝の空気の中で一種の感情に襲われた。小学校の一、二年生のころだよね。一方ぼくのイメージは、夕暮、電柱が並んでいて闇の迫る一本道を、うしろ姿で向こうへ歩いていく一人の女の人がいる。それがくり返し再生されるイメージだった。

 それが、いわば詩的な原体験で、谷川の場合も幼年期だし、ぼくの場合は実際にそういうものを見たかどうかははっきりわからないイメージなんだけれども、やはり幼年期。その違いが十数年たって、好きな詩人の違いにも現われているというのが、ある意味では非常に面白いね。 こうして見てくると、いまの若い読者に何を読んだらいいかと聞かれても、今では探しても見つからないような詩人の詩を一生懸命読みました、と答えることになっちゃう。

 谷川 そうそう。同世代の詩人では、第一詩集を出したあとで中江俊夫の『魚のなかの時間』という詩集を見て、本当に驚愕した記憶があるのね。ぼくは「荒地」も「列島」もちっともわからなかったんだけれど、中江俊夫のあの詩集だけは非常によくわかって、まるで自分のものみたいな感じがした記憶があるな。

 大岡 ぼくらには、中江俊夫と谷川俊太郎がまるで兄弟みたいに見えたものね、詩の上で。

 谷川 それを結ぶのがシュペルヴィエルみたいなところがあるだろう。

 大岡 そう。シュペルヴィエルの詩集が東京創元社から出たんだ。訳が中村真一郎さんだった。

 谷川 そうだったね、たしか。

 大岡 シュペルヴィエルはもちろん、その前に堀口大學さんの訳もあったんだけれど、なんといっても『シュペルヴィエル詩集』中村真一郎訳、それから『エリュアール詩集』加藤周一訳、それから……。

 谷川 『アラゴン詩集』も出たね。

 大岡 そう、何冊か、ハードカバーじゃなくてペーパーバックスの表紙でね。シュペルヴィエルの詩というのは、谷川、中江だけではなくて、たとえば飯島耕一も、あの『シュペルヴィエル詩集』がなければおそらく飯島の初期の詩はずいぶん違ったものになったんじゃないかと思うくらい、影響を受けているはずだし、ぼくも『シュペルヴィエル詩集』はよく読んだ。あの数冊の詩集が戦後のぼくらの年代の詩を書く連中に与えた影響というのは、かなり深いんじゃないかという気がするね。

 谷川 うん、そうね。

 大岡 それと、いま若い人たちは翻訳の詩集をあまり読まないという印象があるんだよ。現在の四十代の詩人たちの場合は、たとえばフランス文学なら、天澤退二郎のように中世フランスの聖杯伝説を専攻していて、一方現代では超現実主義以後の詩人たちの詩集を、早い時期から原書で読んでるというふうな人たちがいるんだけど、その次の年代の人たちは逆に外国の詩を読まないことをむしろ誇りにしてるんじゃないかと思うくらい、読まないということを表立って言っている人がいるような気がするのね。そこのところでずいぶん違っているという印象があるんだよ。

 それはなぜかとよく考えるんだけど、よくわからない。一つは、外国語は受験勉強でさんざんいじめられているからいやになっちゃっているとかいうことも、直接的には原因の一つとしてあるかもしれないと思うんだ。もう一つは、日本の経済が高度成長して、外国の文物に対する感覚が、本とかそういうものよりは自動車とか日常生活に密着したものの形で身近に入ってくるようになったために、あえて活字になっているものを読まなくても、感覚的にアメリカも、イタリアもわかる、フランスのものもわかると、そういう状態になっているのかとも思うんだよ。少なくとも、かつてのような憧れの感情は薄れたね。外国の文化に対する注意深い関心も薄れてきた。自己満足の面が出てきた。

 いずれにしても、シュペルヴィエルの詩が日本の昭和一ケタ生まれの世代に与えた影響というのは論じるに値することだと思う。あれは何がよかったのかと考えると、空間と時間の軸のとり方が日本のいわゆる抒情詩とはまるで違っていた。谷川の「二十億光年の孤独」じゃないけれども、現在と太古とか、あるいは遠い未来とか、現実とは全く隔絶したところにもう一つの自分を置くという形で、全く違う心の中の経験というものを自分で生み出す装置の作り方を教えてくれたんじゃないかという気がするのね。シュペルヴィエルの詩というのは、装置として出来がいいという気がするんだよね。

 谷川 朔太郎の口語が持っていたような衝撃力を、シュペルヴィエルの翻訳された日本語が持っていたような気がするね。全く新しい日本語だという印象があったね。

 大岡 そうね。

詩以外のものを

 谷川 ぼくは詩を読むことよりもむしろ、自分の若いころを振り返ると、音楽のほうがはるかに大きな力を持っていたという印象が強いね。ぼくはベートーヴェンから始めて、チャイコフスキー、グリーク〔エドヴァルド・グリーク〕とか、ロマン派みたいなものから聴き始めていったのだけど、音楽を聴いた印象で書いた詩もあるし、音楽というものが、自分が詩を書くうえで常に必要なものだったという意識が変わらずにあるような気がするね。それはもちろんだいたい西洋音楽で、民族音楽とか日本の音楽を聴くようになったのは、ずっとあとになってからだけれども。

 それからもう一つ、ぼくの場合、おそらく非常に悪い意味で典型的なのは、日本の古典詩歌というものにほとんど触れなかったということね。大岡はその点は全然違うんじゃないかなと思うんだけど。

 大岡 いやそんなことはないんだ。というのは、さっき言ったように、短歌に対しては入っていきやすいという感じはあったんだけれど、あくまで自己表現の道具として短歌は入りやすかったというだけで、きちんと系統立てて読もうとか読まなければならないと思ったことは、若いころ一度もないのね。

 ただ、旧制高校の寮では、授業にも出ずに、ベッドにひっくり返ってみんなでダベったりすることがわりに多いわけだけど、そういうときに「友が皆われより偉く見える」んだよね。

 谷川 年上だったんだろう、だいたい。

 大岡 そう。ぼくが一番若いほうだった。四年で旧制高校に入ったし、しかも早生まれだったからね。クラスの中には、海軍の経理学校へ行っていた佐野洋のような同級生もいれば、いま東大新聞研究所の稲葉三千男なんかがいた。旧制中学校はとっくに出て、戦後になってようやく旧制高校を受けて入ったとか、兵隊から復員してきた、なんていう人もいるわけね。ぼくから見るともうおじさんで、そういう人たちと話を合わせるには背伸びしなけりゃならなかった。

 だいたい旧制高校の生徒というのは哲学青年とマルクス青年が大半なのね。どちらもそれまで、ぼくはあまり触れていない世界だったから、そういうものも読んでみるんだけど、概念を表現する日本語の術語が難しくて、それまで短歌を書いたり現代詩を書き始めた程度の少年にとっては、とてもついていけない分野がある。たまたまぼくはフランス語だったから、たとえばボードレールを読んだ。そしてフランスの哲学、たとえばベルクソンなんかはなんとなくわかるような気がしていた。その辺で彼らのマルクス主義やなんかと、いわば釣り合いをとった。

 しかし、それだけではどうも具合がわるい。もう少し実感として、自分はこういうものを読んでいると言えるものを、たぶん無意識に求めていたと思うんだね。たまたま『万葉集』の授業があったので、『万葉集』を家から持ってきて読んだわけね。岩波文庫の教科書版という大きい本で。読み始めたら面白くてね、それがぼくの古典詩歌との接触の最初なわけ。

 そのときにもう一冊持ってきたのが『新古今和歌集』。この『新古今和歌集』を読むに至って、ボードレールと藤原定家が、ぼくの頭の中では全く同じ位置にいるというふうになった。これは国文学の先生からもフランス文学の連中からも異端視されるところなんだけど、そういうところに自分の位置を決めてしまった。

 そのときに支えになったのは、中村真一郎、福永武彦、加藤周一の書いた『1946文学的考察』という真善美社から出た本なんだよ。ボードレールと『新古今和歌集』を並べて読むことが少しも恥かしいことではなくて、むしろ最も正統的な文学の読み方であると確信できるようなことが書いてあって、ぼくはずいぶん力づけられた。

 そんなふうに友だちづき合いの中で、自分で自分の読むものを編み出さなきゃならない場所に置かれていた。だからそのくせが抜けなくてね、オーソドックスなものに対しては拒絶的なところが、長いあいだあった。たまたま大学では国文学科というところに行っちゃったんだけれど、大学で教わることよりも、自分で勝手に読んだ国文学の本が身についている。

 そのかわり失敗もあってね。自分でこれはいい、これはおれしかわかってないというふうに思う歌の中に、誤解の読みで大傑作と思っていた歌が幾つもあるのね。ずっとそう思い込んでいて、近年になって注釈書というのを初めて読んでみたら、自分が作っていたイメージが見当違いで、つまり解釈としては間違っていることを発見したことが幾度かあるな。だけど、それらを頭の中で、いってみれば抱き締めるような感じで持っていたおかげで、古典というものの読み方が窮屈な読み方でなくてもいいんだと、一種度胸がすわるというかな、そういうことはあったような気がする。

 谷川がさっき言ったけれど、解説書を先に読むというのは有効だと思うのね。解説書の読み方をほんとはもっと早く心得ていればよかったと思うことが、よくあるんだ。詩を書くには技術が非常に重要だから、技術の面で自分はこの詩はこう書いたということを的確に表現してくれている人のものを、早い時期にたくさん読んでいたら、自分の表現技術の幅がもっと広がったんじゃないかと思うことがある。谷川の場合には、そういう意味での訓練がよくできているなと思う。

 谷川 ぼくはわりあい広く浅く読んで、その中で自分に役立ちそうなものを適当にいただくという読み方をしていたような気がするね。だからほんとに惚れ込んだ詩人というのは、ぼくはいなかったみたいね。

 大岡 そうだろうね。このごろは少ないけれども、昔「あなたの一番尊敬する詩人は」とかいうアンケートがくるたびに、非常に弱ったね。

 谷川 そうなんだ。ぼくもそうなのね。

 大岡 ぼくは菱山修三の作品は目に入ったものはほとんど全部読んでいるけれど、そうかといって菱山さんを非常に尊敬したかというと、うーん、そうかなって自分で思うことが多いもの。

 谷川 だからぼくも、たしかあれはシュペルヴィエルだったと思うんだけど、どういう詩人の影響を受けているかという質問をされて、空を行く雲にも詩人は影響を受けるんだ、というような言い方をしていて、それが非常にぴったりした記憶があるのね。だから、詩を読むよりも、それ以外の経験のほうが、自分が詩を書くうえではるかに役立っているという、一種の信念みたいなものが終始あったみたいね。ある意味では詩は読まなくていいんだという傲慢さがあったかもしれないね。

 大岡 それからもう一つは、谷川の場合、音楽なんだけど、ぼくも、中学のとき一緒に同人雑誌をやった男に音楽好きがいてね。うちが電機屋さんだったので、当時ではいい電蓄を持っていて、それを聴くのが楽しみで、彼のうちの屋根裏部屋に二人で閉じこもってよく聴いたのね。立ち上がると頭をぶつけるくらい狭い屋根裏部屋でね。ぼくも彼もドビュッシー好きで、ラヴェルその他、フランスの音楽を二人ともよく聴いた。もちろんベートーヴェンは崇拝していたけど、初めのころに書いた詩の中には、たとえばドビュッシーの「海」の印象を散文詩で書こうと思って一生懸命やっているものがあるくらいでね。

 だけど、その後旧制高校の寮に入ってしまったために、音楽を気ままに聴く習慣が切れたのね。音楽を聴きたいと思うと、駒場の寮から渋谷まで歩いていって、恋文横丁とか百軒店のあたりの喫茶店で、レコードをリクエストして聴くんだよね。そこには進駐軍の兵隊が放出した外国盤のレコードなんかがあってね、コーヒー一杯で何時間でも聴くわけ。でも、そういう聴き方が、中学のときの屋根裏部屋と違ってしまって、音楽が少し遠くなってしまった。

 同時に、哲学青年とかマルクス青年のあいだにまじって哲学書なんか読むようになったために、感受性を野放しにしておくだけでは、どうもやっていけなくなっていたんじゃないかな。たとえばパスカルの『パンセ』の一節に非常に感銘を受けて、それが後々、詩を作るうえでパン種みたいになるとかいうことが増えてきた。だからある意味でいうと理屈っぽい一面が詩の中に出てくる。そういう傾向が、どうも旧制高校のときに作られたと思う。だから環境というのは非常に大事だなということを思うんだね。

情報の多すぎる現代

 谷川 そういう意味では、いまの若い人たちは、音楽にしろ、文学書にしろ、大量にあるわけだからさ。われわれのころには選ぶ余裕なんかなくて、むしろ目に入るものを受け取るだけで精いっぱいみたいなところがあったけれど、いまは選ぶということが大事になっているんだね。

 大岡 うん、大事だと思うな。いまは情報が過剰になっているわけだから。情報時代とかいう言葉は全く当たり前すぎて、誰も口にしなくなっているくらいだものね。そうすると、どれだけ選択をしてみても、自分が選んだものは膨大なもののある一部分にしかすぎないという不安と不充足感が、いまの若い人に絶えずつきまとっているんじゃないかという気がする。そのことが、ますますたくさんの選択肢を次から次に選択していって、少しずつでもいいから広く経験するという方向へ若い人たちを追いやるということが、一つあると思うのね。

 それからもう一つは、もうとてもついていけないという感じを抱いて、新しい情報に心をむしろ意識的に閉ざしてしまう。さりとて、自分の中に頼るに足る何かがあるかというと、それもない。昔から若者はみなそうだったと思うんだけど。ほかの連中が楽しそうにやってるところでそういう感覚を持つと、落ち込み方が激しいと思うんだね。それで一種のアパシーというか、無感動的な生活に陥っているという人も増えてきているような気がするね。つまり、一方ではタウン情報誌などで知った催し物を聞きにいったり食べ物屋に行ったりして、あれはよかったとか今度はあそこへ行こうとか言っている人たちがいると同時に、他方、そういう世界に対して興味がもてないし、さりとて昔ながらの教養主義的なものにもなじめないしという人がけっこういるんじゃないかな。

 谷川 こんど寄せられた『現代の詩人』の愛読者カードを見ても、たとえばぼくの巻を読んでくれている人が、同時に漫画やSF、怪奇物を読んでいたり、ニューミュージックの詞を読んでいたりしていて、そういうものを一緒くたにして、全然何の違和感もないわけだよね。われわれのころは、詩を読むということは一種高級なことであって、それと漫画とは一緒にならないとか、流行歌の詞とは一緒にならないという意識があったけれど、いまの人たちはそういう意識は全然ないんだね。少なくともある一部の人は。それは、ぼくはある意味ではすごくいいことだという気がするんだけれども、同時に、そういうふうに全部一緒くたになってしまうと、選ぶのに困るだろうなという感じはあるんだな。

 大岡 だから、自分の実生活の中に確かな手ごたえを求めたいということになっていく。ほかの人のことはどうでもいいけど、自分だけはなんとか自分の好きなことをやっていきたい。そこで初めて充足感というものが、少なくとも自分の手でさわれる範囲内においてはあり得るという精神傾向が出てこざるを得ないんだよね。さりとて、それで満足しているかというと決してそうじゃないのね。

 しかし、若い人たちを見ると、ぼくはその年ごろではとても知らなかったと思うくらい、いろんなことを知ってるね。本についても、こんなものまで読んでいるのかと思うくらいに広く目を通していて、同時にレストランなんかの情報もえらく知っていたりする。しかもそれぞれのところで自分自身の判断でやっているところが確かにある。それはぼくなんか全然できなかったことだから、いまの若い人たちは、それなりにいけば、面白い文化を作り出すんじゃないかなという感じもするんだよね。

 谷川 われわれのころは詩を書く、あるいは詩を読むことも、いかに生くべきかということと、どっかで結びついていたような気がするね。

 大岡 そうそう。

 谷川 ぼくが軽い詩から読み始めたとしても、書いている詩はその時代の影響を受けていて、自分はどういうふうに生きるべきかということは隠れたテーマになっていたと思うんだけれど、いま詩というものがはたしてそういう位置を持っているのかどうかね。一種のディベルティスマンみたいになっちゃって、ほかのいろいろな娯楽とほとんど等質のところに来かねないような感じがあるんだよね。詩をそういうふうに、たとえばレストランで飲み食いするのと同じように味わう読み方は、われわれの世代にはなかったから、そういうふうに味わってもらえるということは、非常にうれしいと同時に一種の不安もある。

 こういう傾向はたぶん、いわゆる第一次詩ブームといわれたころに、たしか「詩は生活のアクセサリーです」という言い方をキャッチフレーズにしていたけれど、あのころから用意されてきたような感じがある。ぼくはむしろ、詩というものはいかに生くべきかとか、社会に対するある批評とかというものじゃなくてもいいんだという立場でやってきたんだけれど、みんながみんなそうなってみると、今度は逆に、詩というのはもう少し危険なものであってほしいとか、毒のあるものであってほしいと思うんだな。

 大岡 谷川の詩を読んでみればよくわかるけれど、一篇の詩の終わりに必ず、人はいかに生くべきかとか、社会はいかにあるべきかとかについての生真面目なある種の思いがワッと出てくるのね。

 谷川 それでしばしば一言多いと怒られたりするわけだけど(笑)。

 大岡 たとえば、谷川がほかの人たちといっしょに詩の朗読会をするよね。すると、若い人たちは、その場にいる聴衆の人たちと交流をしたということで、スッと終わっちゃう。ところが、谷川だけは何かを一生懸命訴えているという感じがあるの。

 谷川 そんなに野暮なのかしら(笑)。

 大岡 いや、それがあるから、若い人たちが谷川さんの朗読会なら行こうと思って来るんだと思うよ。

 谷川 今度の愛読者カードを読むと、たとえば吉野弘とか黒田三郎を読みたいという人がとても多い。ということは、やっぱり単なる慰め以上のものを求めているんだね、明らかに。

 大岡 そう、求めている。それは、どの時代でもやっぱりそういう問題があると思うのね。ぼくが、大学で接触する学生たちは、意外なほど真面目なんだよ。たとえば法学部の二年生に一年間、ぼくが書いた『萩原朔太郎』という本をテキストにして朔太郎の話をしたんだけど、みんな真面目に聞いているね。なかにはよその学校の学生で聞きにきているのもいるらしい。それで、学期末のテストで、「一年間の話を聞いて、萩原朔太郎について新しくどんなことを知ったか」という、ちょっと意地悪な課題を出したのね。そうしたら、しっかりした自分自身の感想を書く学生が多いので、読んでびっくりした。じつは、ほかの人にも見せたら、「へえ、今の学生はこんなに考えているの」ってびっくりされた。そういうことから考えてみると、必ずしも「詩は生活のアクセサリー」というだけでもない面がある。

 谷川 そうだね。

 大岡 だからこちらの接近の仕方によると思うんだよ。出版社とかマスメディアが若い人たちをどのように見て、どんな角度から彼らに接触していこうとしているかということに対して、学生は敏感に反応する部分を持っているとぼくは思う。消費文明に従順な層としてだけとらえていると、「バカにしないでよ」とぴっしゃり拒否される可能性があると思うね。

詩への通り路

 谷川 ぼくが詩の集まりみたいのに出ると、必ず出る質問の一つに、現代詩というのは非常に取っつきにくい、興味があるんだけどあんまりたくさんあるんで、どういうふうに読んでいいのかわからない、という質問がよくあるんだよ。

 そういうときには、ぼくの答え方は決まっていて、具体的にいうと、吉野弘、茨木のり子、川崎洋、黒田三郎、石垣りんの詩、そういう比較的普通の健全な生活をしている人たちと接点を持っている詩から、まず入ってみたらどうかと言うのね。たとえば「現代詩手帖」という雑誌に対して、そういう質問をするような人たちから不満が出されるのは、自分たちが普通に生きて暮らしているところと接点がないような詩ばっかりだという言い方をされるわけね。ぼくは、それにはもっともなところがあるという気がするわけなんだ。

 大岡 そういう反応、わかる。

 谷川 だから、たとえば詩を読んでみたいと思っているけれども、取っつき方がわからない人たちに対しては、現代詩の世界への通り路が、そういうところで少なくとも開かれているべきだという感じをぼくは持っていてね、そういう具体的な案内の仕方みたいなものが、現代詩の側からも必要なんだろうと思うんだよね。

 大岡 そうね。

 谷川 そういう人たちの詩というのは絶対にアクセサリーではないし、非常に過激なものではないにしても、同時代の詩だということははっきりしていると思うんだけどね。

 大岡 ぼくも、君がいま言ったのと同じ質問をされたことがあってね、だいたい同じ人たちの名を挙げたの。こういう詩人から入ったらいいだろうと。生活というものを表現するには、随筆もあるし、ルポルタージュもあるし、小説で書いている人もいるけれど、現代詩が生活からまるで切り離されていると思ったら大間違いですよ、と。その証拠に、こういう人たちがいて、その詩をお読みになれば、全然詩を読んだことがなかった人でもどこかで必ず引っかかるはずだ。そこから入っていくと、やがて、実生活の具体相を忠実に描いていなくても、その本質に根ざす、ある種の思想とか感情の独特な生理を表現しているほかの詩人たちの作品にも接触してみたいという気持ちが出てくるかもしれない、そうなったら現代詩はちっともわかりにくくないということがおわかりになるでしょう、と言ったんだけどね。

 谷川 昔と違っていろんな詩人の詩集が比較的安価に手に入るから、これはちょっと自分の読み方に偏るかもしれないけれど、まず広く浅く読んでみて、その中で自分の感性に引っかかるものをまず探して、その人の詩集を読んでみる。一篇の詩に感心しなかったら、たとえ二行でも三行でもいいとぼくは言うのね。何か自分がピンとくるようなものがあれば、その詩人の詩集をまとめて読んでみて、そこから現代詩一般みたいなものにだんだん目を広げていけばいいんじゃないかというふうに思うんだけどね。

 詩というのは必ずしも論理で読むわけでもないし、感性だけで読むものでもなくて、一種の生理みたいなもので読むところがあるでしょう。

 大岡 そうね。

 谷川 だから、何かよくわからないけれども惹かれるとか、ぴったりするとかいうものがあると思う。そういう自分の生理みたいなものを信頼して自分の好きな詩人を探すということが、一番近道だという気がするわけね。どんなに自分の日常生活のいろんな問題にこだわっていても、たとえばいま挙げた詩人たちの詩ではどうもぴったりこなくて、むしろ鈴木志郎康とか、伊藤比呂美とか、ねじめ正一とか、そういう人たちの生理的な感覚に近ければ、そういうものが好きになったってちっともかまわないわけだから。

 大岡 実際に日常的なものを素材にして書いている詩人たちの詩をずっと読んでくると、それとは異質な世界の詩をも読んでみたくなるのはごく自然だと思うのね。想像力の世界でさまざまな飛躍や衝撃を体験させてくれるような詩を読んでみたいとか、そういう気持ちが出てくると思う。それは自信を持って読んで体験していくべきことであって、わからないから恥かしいとか、そういうことだけで終わらせるべきもんじゃないと思うのね。

 谷川 「折々のうた」で、もうちょっと現代詩を扱ってくれるといいんだけどね。

 大岡 そうなんだ。よくそう言われるんだけど、あれは三行以内で各十五字、作者名も含めてね。ぼくはなんとか取りあげたいと思って、現代詩を一生懸命読んでいるんだけど、字数の制約でなかなか扱えない。非難めいたことも言われたりするんだけど、ぼくは十五字三行で取りあげるにふさわしい詩を教えてくださいよって、逆に言うのね。

 谷川 へたにぶつ切りにすると、今度は詩人から文句が出るだろうしね。でも、ぼくはトルソーみたいな形でやったってかまわないと思うけれど。

 大岡 そうそう。どうも二行、三行って考えるのがいけないみたいでね。あと一行ほしいということになる。一行でもいいんだね。ただそうすると、この一行は原作では何十行の作の一部で、ということを説明しなきゃならない。十八字十行の本文の半分くらいそれにとられてしまうのでは困るんだ。

 たとえば草野心平さんの、中原よ。地球は冬で寒くて暗い。(「空間」)なんかいいんだね。八木重吉もね。それから井伏鱒二さんの詩は二、三行でぴたっとはまる。それで興味があって、自分の詩を考えてみたら、二行で完結しているのがわりと多いのね。しかし現代詩人では最低三行必要という作が多い。タイプがあるみたいだね。

 そういう制約はあるんだけれど、現代詩を取りあげたいと思っているんだ。ただし、長いものも入れたいというのであのスペースをもっと広げたりしたら、だめなんだよね。

 谷川 あの小ささがいいんだね。

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  1. 谷川 俊太郎

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