web岩波 たねをまく

岩波書店のWEBマガジン「たねをまく」

MENU

【文庫解説】内田貴・大村敦志編『民法典 Ⅰ 財産法』

本書『民法典』は、日本でこれまで制定された民法のすべてを網羅し、改正の過程をたどれるように編集した初の試みです。Ⅰ「財産法」、Ⅱ「家族法」、Ⅲ「旧民法」から構成された全3冊のシリーズです。Ⅰの冒頭に置かれた、大村敦志先生による「民法典概観」の冒頭部分を転載いたします。

 

民法の位置づけ

 民法とは、いかなる法か。日本では最近まで、民法とは私法の一般法であると定義されてきた。「公法」が国家と個人の関係を規律するのに対して、「私法」は個人と個人の関係を規律するものであるとされ、民法はこの意味での私法の一般法であり、商法などの個別の領域や問題に関する特別法がない場合に適用される一般的な原則を定めるものであるとされてきた。また、民法は「憲法」の下位に位置づけられる「法律」であり、この点において刑法・刑事訴訟法や民事訴訟法などの法律と同様であるとされてきた。

 しかし近年では、民法と憲法の関係については、「民法は……社会のコンスティテューション……、憲法は……国家のコンスティテューション……と考えたらどうか」と並列的に捉えられることがある(星野英一「民法と憲法── 民法から出発して」同『民法のもう一つの学び方』有斐閣、2002年(初出、1993年)28頁など。この場合のコンスティテューションは「構成原理」という意味で用いられている)。この考え方は、すべての法律は憲法の下に服しているという形式的な法体系のレベルでの見方とは別に、国家(憲法が構成)と社会(民法が構成)の二元論に立脚して、実質的に法体系を捉え直そうというものである。このように言わないにしても、憲法の価値を市民社会に貫徹させる上で民法が果たす役割に着目して、「民法は市民社会の基本法である」と説く見解もある(山本敬三「基本法としての民法」ジュリスト1126号(1997年)など)。他方、最近では、世界で初めて近代的な民法典が制定されたという意味での「民法典(Code civil)の母国」フランスにおいては、Code civil こそが国家の骨格を定めるものであったという認識に立ち、Code civil はむしろ「国法典」と訳されるべきであるという主張もなされている(水林彪「近代民法の本源的性格──全法体系の根本法としてのCode civil」民法研究5号(2008年)など)。

 Code civil を「国法典」と訳すか否かは「国」という語をどのように理解するかにかかっている。国家は市民社会に包摂される、あるいは市民社会に立脚していると考えるならば、「(市民)社会の構成原理」であるという表現は、憲法・民法の並列から民法の優位に転換されることになる。この点はさておき、Code civil に着目する限り、それが他のCode やConstitution とは一線を画する基底的な性質を持っていることは、その内容からも窺われる。Code civil にはたとえば、法の適用に関する規定(フランス民法1条~6条)、国籍に関する規定(同17条~33-2条)、そして最近では無罪推定に関する規定(同10条)や私生活・人身の保護に関する規定(同9条・9-1条、16条・16-1条)が置かれているが、これらは「私法の一般法」には包摂され得ないものであろう。日本においては、これらの規定は民法の外に置かれているが、他方、たとえば民法の冒頭(総則編通則)に置かれた信義誠実の原則や権利濫用の禁止(民法1条2項3項)や総則編中に置かれた期間の計算(138条~143条)に関する諸規定などは、私法の範囲を越えて適用される一般性の高い規範であると言える。また、民法は、人、物、法律行為、時効をはじめとして、全法体系の基礎をなす基本概念を含んでいる。

裁判中心から法典中心へ

 20世紀中葉を代表する民法学者・我妻栄(1897-1973)は、民法研究にあたっての指針の一つとして「裁判中心の考察方法」を掲げた(我妻栄「私法の方法論に関する一考察」同『近代法における債権の優越的地位』有斐閣、1953年、初出、1926年)。我妻が目指したのは、「(すでに)書かれた法律」ではなく「(現に)適用される法律」を対象とするということであった。この考え方は裁判を通じて「生きた法」を探究すべきことを説いた末弘厳太郎(1888-1951)の考え方(末弘厳太郎「自序」同『物権法上巻』有斐閣、1921年、など)をより体系的に展開するものであったが、これによって、今日、法律家(法曹・法学者)の間では「判例」の重要性は疑いのないものとなっており、各種の判例研究は隆盛を極めている。また、民法は裁判のためのルール(裁判規範)として捉えられるようになってきている。

 これに対して、我妻の後継者とも言うべき民法学者・星野英一(1926-2012)は、我妻を追悼する論文の中で、これとは異なる見方を新たに提唱した(星野英一「民法の意義──民法典からの出発」同『民法論集第四巻』有斐閣、1978年、初出、1975年)。この見方は、裁判所における紛争解決のルールとしての民法から、一般市民が日常生活において従うべきルール(行為規範)としての民法へと視線を転換する契機を含むものであった。実際のところ星野は、条文の素直な解釈を出発点としつつ、当事者の利益状況に着目し、一般市民の常識を信頼して結論を導く「利益考量論」と呼ばれる法の解釈方法を提唱しており、この考え方は20世紀後半において大きな影響力を持った。1960年代・70年代には、市民が日常生活で感じる大きな違和感から出発して裁判を起こし、裁判所が程度の差はあれ市民感覚に根ざした判決を下すことによって(典型例として、プライバシーの侵害に関する「『宴のあと』事件」判決や四大公害訴訟判決など)、社会に変化がもたらされたが(田中成明『裁判をめぐる法と政治』有斐閣、1979年)、「利益考量論」はこのような状況と適合的な考え方であったとも言える。

 以上に見てきたように、民法は少なくとも憲法に劣らない意義を持つ法律であり、法律家のみならず一般市民にとっても重要な法律であると言える。一般の読書人を対象とする岩波文庫に『日本国憲法』(2019年)に続いて『民法典』が加えられるのは、このような理由による。

(続きは、本書『民法典 Ⅰ 財産法』をお読みください)

タグ

関連書籍

ランキング

  1. Event Calender(イベントカレンダー)
  2. 岩波書店 ポッドキャスト ほんのタネ

国民的な[国語+百科]辞典の最新版!

広辞苑 第七版(普通版)

広辞苑 第七版(普通版)

新村 出 編

詳しくはこちら

キーワードから探す

記事一覧

閉じる