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本名陽子 [表紙に寄せて]踏み出すということ[『図書』2026年11月号より]

 見たことのない小惑星がいくつも浮かぶ異世界へ、足を踏み出す少女の絵。『耳をすませば』は公開当時“ジブリっぽくない”と言われていた。ファンタジー要素が少ないためだ。【ファンタジー=ジブリ】とするならば、唯一この作品をジブリたらしめているのが、まさにこの絵の場面である。

 私が月島雫の声を演じたのは、高校2年の時。自宅の電話が鳴るや否やオーディションに呼ばれ、瞬く間に人生初の主役を任されることとなった。監督は日本屈指のアニメーター近藤喜文さん(宮﨑駿さんと高畑勲さんがその才能に惹かれ、取り合いになったというエピソードは有名だ)。脚本・絵コンテは宮﨑駿さんが担当した。近藤さんも宮﨑さんも、私に多くは語らなかった。直接の会話よりも、絵や葉書で伝えることの方が多かった。そして、私の悩みの種だった“普通さ”を誰よりも評価してくれていた。「ありふれた日常」が、丁寧かつ爽やかに描かれている稀有な作品だ。

 この夏、私は伊豆大島を旅した。3メートル下の底まで透けて見えるような海に飛び込む時、言いようのない恐怖と好奇心が湧き上がってきた。それはまるで、雫が空中へ一歩踏み出す場面そのものだ。一瞬、私は10代に戻ったような気がした。未知のことに触れるのはいつぶりだろう。映画の中で西老人がいう。“自分の中に原石をみつけて、時間をかけてみがくことなんだよ”。そして“それ(別の石)はみがくとかえってつまらないものになってしまう石なんだ。外から見えない所にもっといい原石があるかもしれない”とも。

 雫と出会って31年。まだまだ巨匠たちの見ていた景色までは程遠い。時折二人の筆致を見つめながら、何気ない日常の中で、自分だけの原石を探す「勇気の一歩」を踏み出せる人であり続けたいと誓う私だった。

(ほんな ようこ・声優、歌手)


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