青木耕平 50年目の著者解題[『図書』2026年10月号より]
〈『影との戦い』日本語版50年〉
50年目の著者解題
ル=グウィンが語り直す「ゲド戦記」
2018年の「あとがき」
「ゲド戦記」著者のアーシュラ・K・ル=グウィンは、2018年の2月に永眠しました。享年88でした。1968年に「ゲド戦記」第1巻『影との戦い』が刊行されてから、ちょうど半世紀が経っていました。
ル=グウィンが亡くなる以前より、アメリカでは『影との戦い』刊行50周年を記念すべく、書籍化された全6冊のみならず、未収録だった講演録や短編を一冊に収めた The Books of Earthsea: The Complete Illustrated Edition(『ゲド戦記 イラスト付き完全版』。以下『完全版』とする)の出版プロジェクトが進んでいました。結果として『完全版』が発売されたのは、ル=グウィン逝去後の2018年末でした。私たち日本の読者が昨年手にした遺稿短編「火明かり」や「オドレンの娘」も、そこに収められています(「火明かり」刊行の経緯については、この拙論に詳述しました)。
生前、その『完全版』のために、ル=グウィンはシリーズ全体を通しての新たな「序文」を寄せるだけでなく、全6巻の一冊一冊それぞれに「あとがき」を書き下ろしました。「あとがき」の分量は日本語に直せばそれぞれ4000字程度ですが、半世紀経ったからこそ明らかにできる執筆裏話に加え、小説家ル=グウィンの創作哲学が惜しみなく披露されており、「著者解題」と呼びたくなるほどの満足度を読者に与えてくれます。
例えば第1巻『影との戦い』の「あとがき」で、ル=グウィンは出版社から「ティーンエイジャー向けの本を書いてくれ」と依頼されて気乗りしなかったことを告白し、その交渉の顛末を明らかにするだけでなく、当時の保守的なアメリカ出版業界で、ゲドの皮膚が「白」ではなく「褐色」であることがどれほどチャレンジングで革新的だったのか、『影との戦い』がどれほど当時のファンタジー小説の伝統や慣習を打ち破るものだったかを語ります──
『影との戦い』が出版された当時、似た本はどこにもなかった。それは、紛れもなくオリジナルで、疑いようなく新しかった。[…]ファンタジーというのは、特定の年齢層のためだけのものではなく、それを読む全ての人に開かれた文学の形式である。わたしの魔法使いは一度もベストセラーリストに載らなかったが、常に新たな読者を見つけ続けた。『影との戦い』が絶版になったことは、たったの一度もない。(『完全版』128頁)
上記の引用だけで、「あとがき」でのル=グウィンの筆がいかに冴え渡っているのかがお分かりいただけると思います。
冴え渡っているのは筆だけではありません。『影との戦い』の革新性についてル=グウィンは、「○○に対抗する/○○と対立する」という図式を意図的に崩したと述べます。「善対悪」や「仲間と敵」というわかりやすい二項対立の拒否を物語の背骨に据えることは、当時ヴェトナム戦争が進行中であったことを踏まえれば、『影との戦い』を東西イデオロギー対立への批評的な営為として読み返したい誘惑にさえ駆られます。
50年目の告白──動き続けた初期三作
「ゲド戦記」シリーズには、二度の大きな中断がありました。一度目のきっかけは、第3巻の完結。世界中の読者が第3巻『さいはての島へ』でゲドの物語は終わった、これは三部作だったのだ、と思いました。しかし、ただ一人作者だけは続きがあると信じ、実に18年後に第4巻『帰還』が完成します。『帰還』刊行時、その副題は「ゲド戦記 最後の書」と銘打たれていました。そのようにしてシリーズは二度目の中断を迎えますが、それから10年後、短編集『ドラゴンフライ』そして完結編『アースシーの風』が刊行されました。
3巻と4巻の間にある中断、4巻と5・6巻の間にある中断。この二度の中断期間がシリーズの方向性を大きく変えることになったのは、本人の弁のみならず先行研究や批評で論じられ、広く知られています(シリーズ中断と物語内容の変化についてはこの拙論に詳述しました)。
それは、裏を返せば、最初の3巻に対しては連続と統一性を所与のものとして見出し、その背後には作家による計画が当然あったのだとする認識を皆が共有している、ということでもあります。
その前提を、ル=グウィンは第2巻『こわれた腕環』の「あとがき」でひっくり返します──
『影との戦い』を書いたとき、私はその先の物語については何ひとつ計画していなかった──そう言うと、たいていの人は信じてくれない。でも、本当なのだ。いや待ってくれ、第1巻の冒頭にはゲドがやがて偉大な魔法使いとなり、その名は歌や叙事詩にうたわれ、竜王となり、アースシーの大賢人になる、と書いてあるではないか、と言われる。たしかに、続編があることを予告して書いているように読める。けれど、あれを書いたのは、読者に「ここは魔法が強い力を持ち、竜が存在する、ファンタジーの世界なのだ」と最初にはっきり伝えておきたかったからだ。(『完全版』241頁)
これを読んだ時、私の口は驚きと呆れであんぐりと開きました。率直に言って、さすがにそれは嘘だろう、と思ったのです(これを読んでいる皆さんの口もまた、大きく開いているのではありませんか?)。しかし、私たち読者の開いた口が塞がる間もなく、ル=グウィンはこう続けます──「第一巻の時点で、私は“竜王”や“大賢人”が何なのか、まったくわかっていなかった。音の響きがいいな、そう思っただけだった。その意味は、必要になったときに考えればいい」。
小説家は物語/虚構を創作するプロです。よって私たち研究者・批評家は、作家の言葉それ自体を疑ってかかるのが仕事であり、そのまま鵜呑みにすることはしません。ただ、「音の響きがいいから」というル=グウィンの発言はあまりに清々しく、それがゆえになんとも言えない説得力を持っています。第1巻と第2巻の間に、ル=グウィンは『闇の左手』を発表しています。ジェンダーSFの大傑作を著したのち、言葉の響きに惹かれて戻ったアースシー世界でテナーが待っていた、というのは、あまりに出来過ぎたストーリーですが、ここは作家の言葉を信じることとしましょう。
作品に対して責任を持ち続けること
第3巻の「あとがき」で、ル=グウィンはやはり初期三作のマスタープランなどなかったと、あらためて強調します。作者の脳内にアースシー世界が確固としてありそれを文章化する、のではなく、作者自らがその世界に飛び込むことで世界が徐々に明らかになっていく。「ゲド戦記」の創作プロセスはそのようなものでした。
ル=グウィンは述べます、「人々は、作家というものは自分が何をしているのかを完全に理解し、物語を思いどおりに掌握していて、最初から最後まで筋書きを緻密に考え抜いているものだ、と信じたがる」。実際、私をはじめ多くの研究者はそう信じていますし、本稿を読んでいる皆さんの多くもそうではないでしょうか。ル=グウィンは、そう考える作家も中にはいると断りつつ、「すべての作家がそのように完全にコントロールしているわけではない。少なくとも私は、そんな支配力など持ちたいとは思いもしない」と述べます。
大切なのは、作品世界に対する支配/操作ではない──。では、いったいなんなのでしょうか? 続く文章は、私が最も胸を打たれた箇所です、少し長めに引用させてください──
コントロールと責任は違う。美学的にも道徳的にも、私は自分の書くものに全面的な責任を持っている。そうでないなら、私はこれほどまでに物語そのものに身を委ねる自由を持つことはなかった。そうでなければ、私は絶えず意識的に物語を管理し、すべてを自分が計画したとおりに起こるよう操作し続けなければならなかったはずだ。けれど、私はそんな種類のコントロールを望んだことは一度もなかった。「自分が行かなければならない場所へ向かうこと」。その場所があると信じながらも、そこへどう辿り着くのかははっきりとはわからない。それでも、自分の物語が私をそこへ導いてくれると信じること。もし旅立つ前から目的地も、そこへ至る道筋もすべて知り尽くしていたなら、決して到達できなかったほど遠くまで来ることができたのだ、私はそれを知っている。私は、幸運や偶然が訪れて私を助けてくれる余地を残した。出発したときには知らなかったものを取り込みながら、自分の小さな計画や考えが大きく育ち、広がっていくための余地を残した。
なぜ私はそのようにしたのか? わからない。幸運、偶然。ある種の、受け身の勇気。または、追いかける意志。
何を追いかけるのかって?
一匹の竜だ、おそらく。風に乗って飛ぶ、一匹の竜だ。(『完全版』388―389頁)
そのように竜を追って、ル=グウィンはアースシー世界を旅し、初期三作の後に『帰還』を書き、著者としての責任を果たすために『ドラゴンフライ』と『アースシーの風』でアースシー世界へと戻り、その人生の最後に、「火明かり」で竜を追うゲドを「もう一つの風」に乗せ、自らもゲドと竜を追って旅立ちました。
もしもあなたが「ゲド戦記」の終着点である「火明かり」まで辿り着いていたとしたら、『完全版』に収められた「あとがき」のル=グウィンの言葉たちは珠玉の宝物となるでしょう。紙幅が許すのならば、すべて訳出して紹介したいほどです。私は、アメリカ文学研究者を志す以前から「ゲド戦記」の読者でした。日本語でこの物語を読んできた人間の一人として、この「50年目の著者解題」全文が、近い将来ぜひ日本語で読めるようになることを願っています。
(あおき こうへい・アメリカ文学)




