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山本貴光 岩波文庫百話

第51話 刷は文庫の履歴書

 第50話で改版について眺めてみた。本の印刷に関しては、「版」の他に「刷」という表現もある。例えば「初刷」といえば初めて刷られた本のこと。数字を明示して第1刷ともいう。幸いにして初刷の在庫がなくなってくると、では刷り増ししましょうという話になったりもする。「増刷」や「重版」は、著者や訳者が大好きな言葉のひとつだ。

 第1刷の次に増刷した本は「第2刷」と数える。現在の本では多くの場合、奥付などに示されている。岩波文庫ではどうなっているか、具体例を見てみよう。

1991年4月16日 第1刷発行 ©
1999年5月13日 第2刷発行

(堀場清子編『『青鞜』女性解放論集』青181-1の奥付から)

 古い岩波文庫では、ここに刷った部数が添えられていることもあった。これも実例をお示しするならこんなふう。

昭和十六年三月 二十 日 印   刷
昭和十六年三月二十四日 第一刷發行
昭和十七年十二月 十 日 印   刷
昭和十七年十二月十五日 第二刷發行 (五千部)

(シャルル・バイイ著『言語活動と生活』小林英夫譯、2674-1676〔青無番号〕の奥付から)

 先ほどの『『青鞜』女性解放論集』の表記と形の上でいくつか違う点がある。一つは、『青鞜』の奥付が横書きであるのに対して、『言語活動と生活』は縦書きである。また、『言語活動と生活』では和暦と漢数字のところ、『青鞜』は西暦とアラビア数字が使われているという違いもある。

 いまお目にかけたかったのは「(五千部)」という発行部数の表記で、別の書目で「(一萬部)」という数字を見たこともある。念のため、いまより日本の人口が少なかった時代の数字であることも言い添えておこう。

 また、正確を期すなら部数の表記は、第2刷の「印刷」と「発行」の行の真ん中あたりに配置されている。それはともかく、かつてはこんなふうに印刷日と発行日を分けて記されていたりもしたのが、ある時期から「発行」だけになっている。

 ついでながら版と刷の関係を整理しておこう。「版」はもともと印刷に用いる木版や活版、平版といった印刷版を指す言葉で、印刷することや印刷されたものなども意味する。改版といえば、版を新たにすることで、その際内容や体裁が変わる場合もある。改版した回数を「第2版」「第3版」と数える。

 他方の「刷」は印刷の刷で、刷るという意味。刷った回数を数えるときに「第4刷」とか「第73刷」などと書く。「出版物で改版をせずに印刷した回数を数えます」という『数え方の辞典』(飯田朝子著、町田健監修、小学館、2004)の説明をお借りすると、版と刷の区別が分かりやすくなるだろうか。

 では、改版と増刷の両方が関わる場合、岩波文庫ではどう表記しているか。最近の例で見てみよう。

1929年7月 5 日 第 1 刷発行
1989年5月16日 第 77 刷改版発行
2023年5月15日 第124刷発行

(夏目漱石作『坊っちゃん』緑10-3)

 『坊っちゃん』は1929年に初版が出て以来、何度か改版されている。上記では、そのうちの最後に行われた改版が記録されている。また、「第77刷改版」という表記から、改版の際に刷数を1に戻さず、1929年の初版第1刷から累積している様子も窺える。

 こうした表記は時代や担当者によっていくつかの場合があるようだ。次の例は改版のタイミングで刷数を1に戻している。

1927年7月10日 第1刷発行
1999年5月17日 第1刷改版発行

(樋口一葉作『にごりえ・たけくらべ』緑25-1)

 もっとも、本を読んで楽しむ分には、刷数はあまり関係のないことのようにも見えるし、たいていの場合は気にしなくても構わない。他方で、第1刷の記録が残されているのを目にすると、この本がどれだけ刷り継がれ、そして読み継がれてきたかという他ではちょっと得がたい感覚を味わえたりもする。最後に挙げた樋口一葉の『にごりえ・たけくらべ』は、岩波文庫創刊時に発行された本でもあり、それこそ100年の長きにわたって読まれてきたわけである。

 刷についてはもう少し見ておきたいことがあるのだけれど、長くなってきたので別の話ですることにしよう。

(やまもと たかみつ・文筆家、ゲーム作家)

 

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著者略歴

  1. 山本 貴光

    1971年生まれ。文筆家、ゲーム作家。現在、東京科学大学 未来社会創成研究院・リベラルアーツ研究教育院教授。慶應義塾大学環境情報学部卒業。著書に『文学のエコロジー』(講談社)、『世界を変えた書物』(橋本麻里編、小学館)、『マルジナリアでつかまえて』(本の雑誌社)、『記憶のデザイン』(筑摩書房)など。

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