web岩波 たねをまく

岩波書店のWEBマガジン「たねをまく」

MENU

山本貴光 岩波文庫百話

第49話 岩波文庫への注文

 100年に近い岩波文庫の歴史のなかで、その時代ごとにどんな人びとがこの文庫をどこでどんなふうに手にしてきたのだろう。発行されたすべての岩波文庫の行方を知る者はどこにもおらず、知るすべもないけれど、古書で岩波文庫を手に入れた折など、名前や購入日、あるいは読了日などが書き入れてあるのを目にして、前の持ち主はどんな人だっただろうなどと想像したりすることがある。

 いまならSNSをはじめ、人びとが手軽に文章や動画を共有できる仕組みも普及しているから、そのつもりで探すと岩波文庫に限らず、どこかで誰かがある本なり映画なりについて述べているのを見つけるのはそんなに難しいことではない。かつてなら見えないまま埋もれていったかもしれない、人びとの読書の痕跡がすべてとは言わないまでもいくらか残る可能性がある。

 こうした仕組みが普及する以前は、そういうわけにもいかない。折に触れて、過去の人びとが岩波文庫をどんなふうに読んだのかを知ろうとあれこれ探ってみているものの、そう都合よく痕跡に出会えることは多くはない。今回は、そんなふうにして出会った例の一つをご紹介しよう。

 書き手の名前を挙げる前に、まずはその人の言い分をご覧あれ。

「岩波文庫をはじめ、今日弘く行われている数々の「文庫もの」に対して、我々古い人間の包みきれない不満は、あまりにも外国の著作が多過ぎるという一点である。西洋は国の境がもとはそうはっきりとしておらず、学者も書物もよく旅行をしていて、最初から国際共有のものが多かったが、それでさえ文庫の目録には国々各自の片よりがある。タウフニッツのような特殊の目的をもって、原文のまま出しているものは別として、私たちの見ているものはレクラムでもゲッシェンでもペイヨオでもキャッセルでも、またはこのごろの幾つかの英米の叢書類でも、日本のように外国ものばかりを六割七割までも出しているものは一つもないようだ。出て来る翻訳を抑えるように、もっと少しく出すようにと、言うのなら無理かも知れぬが、これほど外国物を出すことができるくらいならば、せめてはその同量くらいは日本の本を、並べて出すことにしてはどうかと、思わずにはいられないのである。」

 これは「文庫本について」と題された文章の冒頭部分である。発表されたのは1940年。ご覧のように、「岩波文庫をはじめ」とあるから、書き手の念頭には他の文庫も浮かんでいるのかもしれない。とはいえ、それにしても筆頭に唯一具体的な名前を挙げられているのは岩波文庫である。

 主張は明確で、文庫に「外国の著作が多過ぎる」という不満が述べられている。だからといって、「外国の著作」など見たくもない、というわけではなさそうだ。というのも、タウフニッツをはじめ、異国の出版物を一つや二つに留まらず、五つまでも挙げているくらいで、むしろ並々ならぬ関心をもっている様子が窺える。

 そこに並ぶタウフニッツ以下、キャッセルまでの名前は、ヨーロッパの出版各社が刊行していた廉価版を指していると思われる。岩波文庫がお手本としたレクラムについては第6話で触れたのでそちらをご覧いただくとして、その他についてこの機会に少し見ておこう。

 タウフニッツ叢書(Tauchnitz Edition)はドイツの出版社ベルンハルト・タウフニッツが1841年頃に創刊した叢書で、「英米作家コレクション」として、英語の作家の作品を英米以外のヨーロッパ大陸向けに発行したもの。ドイツで発行されたのにドイツ語ではなく、英語という点を踏まえて「特殊の目的をもって、原文のまま出している」と述べているのだろう。同社が1905年に発行したカタログを覗いてみると、「今日まで3812巻、イギリスの作家393名、アメリカ作家48名」の作品を刊行したとある。他にもドイツ語の重要著作を英訳したシリーズや、若者向け、学生向けなどのシリーズも出していたようだ。

 ゲッシェン叢書(Sammlung Göschen)は、やはりドイツのゲッシェン出版(Göschen'sche Verlagsbuchhandlung)が1889年に創刊したシリーズで、数学、天文学、物理学、化学、動植物学、地質学、医学といった自然科学や蒸気機関、鉄道、電気工学、冶金などの工学を中心に、文芸や人文・社会科学など、学術を幅広く押さえている。特に理工系を多く含んでこれだけ多様なテーマが一堂に会する叢書は、他ではあまり見かけない気がする。

 ペイヨオ(Payot、パイヨ)は、1875年創立のスイスの出版社。1921年創刊のパイヨ叢書(collection Payot)は、学術の各方面についてテーマごとに編まれたフランス語による小さな本で、書名だけ眺めると現在の「文庫クセジュ」(Que sais-je?, Presses Universitaires de France/邦訳は白水社)や「とても短い入門」(Very Short Introduction, Oxford University Press/邦訳は各社から)にも似たラインナップに見える。

 最後のキャッセル国民文庫(Cassell's National Library、カッセル)は、1848年にイギリスで創業のカッセル社が、1886年に創刊した廉価版シリーズで、毎週1冊というペースで文芸作品を中心に刊行されたもの。

 たしかにこれらの叢書のリストを見てみると、タウフニッツ叢書を除いて、それぞれの地域の母語で記された本を中心としているようで、先ほどの「日本のように外国ものばかりを六割七割までも出しているものは一つもないようだ」という指摘は当たっているように見える。

 もっとも、ヨーロッパ諸国と日本とでは異文化との交わり方や取り入れ方にも違いもあるので、一概に比べられないようにも思う。また、古今東西の古典名著を集めるという観点からすると、古今東西の諸文化を全体とすれば、日本はその一部だ。叢書全体での比率として異国のもののほうが多くなったとしても無理はなさそう。あるいは、洋行帰りの学者たちが、自国の文化をあまり顧みず、行った先の文化をよいものとして持ち上げるといった風潮への異議申し立てだったのかもしれない等々、先に引用した文章からさまざまに想像や考えが働く。その文章には続きがあって本の歴史や読書、文庫の可能性に触れていて面白い。気になる向きは文章に当たっていただければと思う。

 ところで、これを書いたのは誰だったか。『老讀書歴』(実業之日本社、1950)という本に「書物を愛する道」という題で収録されたもので、もとは1940年に雑誌に発表されたらしい。筆者は柳田国男(1875-1962)。『遠野物語/山の人生』(青138-1)をはじめ、いまでは岩波文庫に11冊の著作と1冊の校訂本が入っている。

*なお、引用は『柳田國男全集31』(ちくま文庫、1991)からお借りした。

(やまもと たかみつ・文筆家、ゲーム作家)

タグ

バックナンバー

著者略歴

  1. 山本 貴光

    1971年生まれ。文筆家、ゲーム作家。現在、東京科学大学 未来社会創成研究院・リベラルアーツ研究教育院教授。慶應義塾大学環境情報学部卒業。著書に『文学のエコロジー』(講談社)、『世界を変えた書物』(橋本麻里編、小学館)、『マルジナリアでつかまえて』(本の雑誌社)、『記憶のデザイン』(筑摩書房)など。

ランキング

  1. Event Calender(イベントカレンダー)
  2. 岩波書店 ポッドキャスト ほんのタネ

国民的な[国語+百科]辞典の最新版!

広辞苑 第七版(普通版)

広辞苑 第七版(普通版)

新村 出 編

詳しくはこちら

キーワードから探す

記事一覧

閉じる