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子どもの本を手渡すひと

本があるから心と向きあえる/本屋ルヌガンガ(香川県)中村涼子さん

大和田佳世(聞き手・文)

 瀬戸内海に面した香川県高松市。空路、海路、鉄道、道路網が発達して本州とのアクセスもよく、繁華街や住宅地、田畑や自然との距離も近い、住みやすい地方都市だ。高松中央商店街から一本離れた裏通りに、二〇一七年に中村勇亮さんと中村涼子さんの夫妻がはじめた「本屋ルヌガンガ」はあった。

 「本」という目を引く書体の看板を目印に、扉を開くと、重厚な木づくりのカウンターが左手にあり、中央には雑誌やおすすめ新刊本。左から壁沿いに地元の四国の本や旅、美術、短歌・詩、エッセイ。右手は身体、料理、悩みのケア……。働き方や外国文学の棚も充実している。奥のテーブルでは飲み物も注文できる。毎週決まった曜日に来てコーヒーを飲みながら本を読む人もいるという。テーブルのそばに児童書コーナーがあり、ここを担当するのが中村涼子さんだ。

 「開店からずっと、この棚は私の担当なんです。配達などで店にいないとき、絵本を選びたいお客様がいらっしゃると夫から電話がかかってくることも。クリスマスや誕生日プレゼントなど、前に購入した本をふまえて一緒に探したりします」
 大きな本屋さんだと何を選べばいいかわからない、ここは涼子さんに相談できるからと名指しで来てくれる。

 涼子さんと勇亮さんは名古屋に住んでいたときに、本好きの人たちが集まる読書会に参加していた。それぞれ会社員で、好きな小説家の作品の感想を語りあいながら交流を深めていく。仲間たちとの関係性が心地よく、「本の力ってすごいな」と思っていたと涼子さんは語る。結婚して子どもが生まれ、育休が明けると、涼子さんは仕事との両立に難しさを感じ、もっとマイペースで働きたいと思うように。退職し、女性向け起業セミナーに通いはじめた。
 ちょうど同じ頃、勇亮さんも会社をやめて本屋をやりたいと思いはじめたようだ。勇亮さんは大学卒業後に大型書店チェーンで三年間働いた経験があるという。涼子さんはどう思ったのだろうか。
 「会社員ではない働き方を模索するのは私だけのつもりでした。子どももまだ小さかったし……夫も退職・起業して本屋? とやっぱり心配になりますよね。何回も二人で話し合いました」

 勇亮さんはブック・コーディネーターの内沼晋太郎さんの本屋開業講座に、週末、横浜まで通いつつ、具体的なプランの検討をはじめた。一方の涼子さんも起業セミナーでプランを練っていたが……。
 「泊まれる本屋を作ろうかとか、週末限定のブックカフェとか、色々考えました。でも長年マネジメント業務をしていたから、この事業計画はダメだとわかるんです。どうしようと思っていました」

 名古屋で開業するのか、それともテナント料が比較的安い勇亮さんの故郷の高松か。両方の選択肢を考えつつ、覚悟を決めた涼子さんは「どう転んでもいいように」と本屋でパートをはじめる。
 「大学在学中に司書資格はとったけれど勤務経験はなくて。本の現場を知らずに開業できないから、本屋の働き口を探すことにしました。片っ端から電話してアルバイト募集していませんかと聞くけど断られて。たまたまうちの最寄駅に移転する本屋さんが「パートさんがもうじきやめるから」と採用してくれました。店長にはいつか本屋をやりたいと打ち明け、月曜から金曜まで毎日シフトに入って業務の流れを覚えたいとお願いしました」

 今なら、簡単にパートを増やせるほど本屋は儲かる仕事ではなく、断られたのもよくわかる、と涼子さんは振り返る。そこはいわゆる街の普通の本屋さんで、働きながらさまざまなことを学んだ。毎日届く雑誌や新刊本を並べ、レジ打ち、接客をする。児童書棚にはロングセラー絵本と新刊をバランスよく入れ、シールなどのちょっとしたおまけを準備して子ども向けのミニイベントを行うことも。しかしそんな日々は突然終わる。「ある日社長が来て、破産したと言われました。常連さんや通ってくる子どもたちにせめて閉店を知らせたいと、大急ぎで紙に書いて外に貼ったことを覚えています」

 痛感したのは「委託配本」の難しさ。出版社や取次会社から自動的に本が送られてくる、その量に驚いた。書店側から返品できるとはいえ、薄利の大量委託、大量返品では小さな店は成り立たない。「自分たちで本屋をやるなら、やっぱりリスクがあっても一点ずつ選書して買い切り、販売利益を確保するしかないと腹をくくるきっかけになりました」

 二〇一七年三月高松に移住。八月開店。当初は物珍しさで来店人数も多かったが、次第に落ち着く。コロナ禍以降は、ゆっくり本を選びたい、読書好きのお客さんが定着するように。瀬戸内国際芸術祭などで年々観光客も増えている。
 取材中、海外からのお客さんが絵本の棚を眺めはじめ、涼子さんは「May I help you?」とさりげなく声をかけていた。児童書の棚を見ている大人がいたら一度は声をかける。ギフトを探して迷う人には「こちらに座ってゆっくりどうぞ」と近くのテーブルを案内するという。

 涼子さんは店の経理を担当し、アプリやクラウドソフトを活用して仕入れた本の売上・在庫管理もしている。ふだん来店客を明るく穏やかに迎えながら、児童書棚では声をかけるタイミングを計り、要望を聞いて一点一点しっかり紹介していく。その姿勢の根底に何があるのか気になった。もともと物怖じしない性格だったのか。本を好きになったのはいつなのだろう。

 「母が新聞や本が好きで、私も幼い頃から本好きで。保育園で借りた『ぐりとぐら』を通園バッグに入れていました。あと覚えているのは、小学六年生のとき図書委員長になったこと。今でいうライトノベルや月刊少女マンガ『りぼん』が好きで、イラストやクイズを入れた図書新聞を作ったこと。校長先生から卒業証書を受け取るとき「図書新聞を毎月作って頑張ったね」と言われ嬉しかったことを覚えています」

 両親は共働きで、鍵っ子。二歳下の弟の面倒を見ることも多く、思ったことを口にするのは決して得意ではなかった。高校二年時に女子のみの文系クラスで、かえってジェンダーを意識せず自分を出せるようになり、親友と呼べる人に出会えたこともあって、女子大を選択。心理学・教育学・社会学など学んだ。卒業後は百貨店に就職。三年後に語学学校へ転職一三年働く。「どちらも接客やマネジメント力を求められる職場で、コミュニケーションや売上意識を厳しく鍛えられました。そこで培われたことは、今の個人店経営に役立っていると思います」

 絵本との出合い直しは出産後。「図書館で借りた『はじめてのおつかい』を読んだ2歳の子どもが今まで見たことのない表情をしたんです。主人公と同じ気持ちになり、夢中になっているのがわかる。「もう一回」と繰り返し言われてへとへとになるまで読みました。翌日すぐ地下鉄で五駅先の子どもの本専門店・メルヘンハウスまで買いに行きました」
 子どもと一緒にたくさんの本を読み、児童書に詳しくなっていった。

 本屋ルヌガンガを開店して九年目。最近力を入れているのが店内のテーブルで少人数で行う「絵本の持ち寄り会」。涼子さんの司会・進行で、毎回テーマに合わせて絵本を一冊ずつ持ち寄り、それぞれ紹介しあう絵本の勉強会だ。今月のテーマは「私が求める生き方」で、集まったのは『わたしは生きてるさくらんぼ』『エリザベスは本の虫』『くさをはむ』『ネコリンピック』『おっきょちゃんとかっぱ』『そらまめくんのまいにちはたからもの』『おとうさんのちず』などさまざまだ。「参加者はテーマと向き合って一冊の絵本を厳選し、ご自身がなぜこの絵本を選んできたのか、理由を話します。つまり自分自身について話してくださるんです」
 「本を通じないと言えないこと、言わないことってある」と涼子さんは言う。体や子育てのこと、家族のこと……。会っていきなり悩みを口にしたりしないけど、絵本を共有する場で、ふっとこぼれる言葉に耳を傾け、実は私もね、と自然に悩みを言葉にしあう……。毎月一回の開催だったが、希望者が増えて今は月二回に。欠かさず参加する人もいるくらい人気の会になっている。

 もうすぐ六〇回を数えるという持ち寄り会について、なぜ続いていると思うか涼子さんにたずねると「一番の理由は、私が参加者のみなさんから絵本について多くのことを学び、またそれぞれの方の考えからもたくさん学ばせてもらっているから」と答えた。
 「参加者がテーマに沿って一冊と向き合い、中にぐーっと深く入っていって作品の良さに気づき、それを言葉にしてくださると、こちらも今まで知らなかったような絵本の魅力や、その人の考え方が立ち上がってくるんです」
 絵本をとおして心を見つめ、他者と共有する経験をした人は、子どもに絵本を選ぶときも、同じ深さ・熱量・喜びを注ぎ込んで一冊を選ぶのではないか。心に響いたものを真っ直ぐ相手に伝えてくれるのではないか……。涼子さんはそれを信じている。

 持ち寄り会は平日午前中のため、子育てからちょっと手が離れた四〇代から八〇代が参加者の中心。定年退職後の男性も。介護、思春期の子育て、自身の不調や老後についても語りあう。そこに平日に仕事が休みの二、三〇代がときどき混じる。皆、絵本を通じて自身と向き合い、ちょっとリフレッシュして帰っていく。

 夕方になり、本屋ルヌガンガの外の街灯にも明かりがともる。周囲には飲食店、映画館があり、カラオケ喫茶から歌声も聞こえる。仕事帰りらしき人が次々やってきて、棚を巡り、店内の椅子に座り、思い思いに本を選んでいる。店は時間帯によって違う顔を見せるのだろう。

 店名は、スリランカの著名な建築家ジェフリー・バワが、生涯をかけて造り上げた庭園邸宅「ルヌガンガ」から。夫婦二人の「本が好き」という共通の揺るぎない思いから出発しつつ、生涯をかけて理想の店を作っていきたいという願いが込められている。本屋はただ本を売っているだけの場所ではない。少しずつ、時間をかけて街の人たちの馴染みの場所に育っていくのだ。「本屋ルヌガンガ」への人々の信頼は、本を通じた心の交流から生まれるのだろう。

(おおわだ かよ・ライター)

[『図書』2026年1月号より]

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店舗情報
本屋ルヌガンガ
住所:〒760-0050​ 香川県高松市亀井町11番地の13 1F
TEL/FAX:087-837-4646
営業:10:00〜19:00 毎週火曜日定休
最寄駅:JR高松駅より徒歩20分/ことでん瓦町駅 西側より徒歩5分​
https://www.lunuganga-books.com/
X:@lunugangabooks
Instagram:@ lunuganga_books

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