ありのままで許される場所/子どもの本屋ぽてと(大阪)吉村祥さん
大和田佳世(聞き手・文)
大阪の梅田となんばの間にある北浜エリアは、オフィス街だが交通アクセスがいいため、若いファミリー世帯が住むマンションが増え、個性的な飲食店が多数点在する。その一角、東横堀川沿いのビルの一階からはカレーの匂いが漂ってきていた。時刻はお昼すぎ。スパイシーな香りの店の前を通り過ぎ、隣をのぞくと、透明なガラスの引き戸越しに、黒いパーカーにニット帽、メガネをかけた男性がせっせと本棚を整える姿が見える。一三時に開店する「子どもの本屋ぽてと(以下、ぽてと)」、店主の吉村祥さんだ。
「ここは前は四〇年以上続く印刷屋さんだったんですよ。コロナ禍もあって閉めると聞いて、じゃあ隣から絵本を持ってきて、子どもの本屋をやろうと」
〝隣〟とは、吉村さんが二六歳のときにはじめた最初の本屋「FOLK old book store(以下、FOLK)」。階段を降りると、地下には雑多で魅力的な本が溢れる。店内の展示やトークイベントやライブに遠方からファンがやってくる、関西圏ではこの一五年間でじわじわと信頼を得てきた文化発信基地のような本屋だ。カレー屋だと思った一階は「FOLK」の喫茶スペースで、曜日・時間により紅茶屋やレモンケーキ喫茶になるという。吉村さんは「FOLK」と「ぽてと」両方の店主ということになる。
「FOLKは地下なので親子連れには入りにくいかなと。通りに面したお店なら、もっと絵本を手にとってもらえると思ったんですよね」
何年か前から絵本屋をはじめたい気持ちはあったが、後押しになったのは、二〇二一年の春先に友人たちと共同運営するギャラリーで開催した、ポップアップ店舗「架空の絵本屋・ぽてと」の成功だ。コロナ禍に大勢お客さんが来てくれた。とはいえ営業資金が潤沢なわけではなく、賃貸契約は一、二か月悩んだが……。「〝ここが空くなら、やるっしょ〟と、心はもう決まっていたかもしれません」
同年年末、「ぽてと」はオープンする。当初はFOLKを上回る売上で、吉村さんの目論見は成功したといえる。普段のお客さんはベビーカーを押す親子連れや大人。学校帰りの小学生が入ってくることも。「平台の本を触ったり、棚の本を奥に押し込んだりして出ていきます」と苦笑する。その表情からは子どもが好きなのだろうと伝わってくる。
棚を見ると定番のロングセラー絵本に加え、「どんくまさん」シリーズや谷内こうた、堀文子ら至光社の絵本が揃っていたり、片山健、井上洋介、長新太、佐々木マキの作品が並ぶ一角があったり。海外作品も多く、絵本ファンにも発見がありそうな品揃えだ。ふと目にとまったのは、ロングセラー絵本『おおきなおおきなおいも』の右横に『世界のじゃがいも料理』『玉村豊男のポテトブック』の料理関連本が、左横にイラストユニット・はらぺこめがねの『じゃがいもひめとさつまいもひめ』、アニタ・ローベルの『かあちゃんのジャガイモばたけ』、田島征彦氏が型染めで描く『いもさいばん』などの絵本が並ぶ棚。ぽてとコーナーですね、というと吉村さんは笑っている。異なるジャンルの本が店主の感覚で自然に隣り合う空気が心地いい。
「本のつながりを自分なりに考えて並べるのは好きです。谷川俊太郎さんと佐野洋子さんは夫婦だったなとか、和田誠さんと谷川さんがよく仕事していたなとか。中山信一さんが谷川さんの文に絵を描いていて、和田さんの絵も好きじゃないかなと想像しながら並べていきます」
仕入れが楽しくて、つい仕入れすぎて困ることもしょっちゅうだ。
「本屋はずっと楽しくて、やめようと思ったことはないです。ただ、本屋をはじめて一五年、儲かったことはないです。そろそろ儲かりたいんですけど」
吉村さんは一九八四年東大阪市生まれ。近鉄奈良線沿線、病気を癒す神様として有名な石切劔箭神社がある町で育つ。父は会社員、母は事務員や英会話教室などでパートで働く共働き。家に絵本は多くなかったが、覚えているのは『うんちがぽとん』(アロナ・フランケル絵・文、さくまゆみこ訳、アリス館)。好きだったのは漫画だ。「五歳上の兄がいるんですが兄も漫画が好きで、『コロコロコミック』、古いジャンプ漫画の『ハイスクール!奇面組』や『キン肉マン』を読んでいました。普通の八〇年代生まれの子たちの家庭って感じやと思います」
周囲にサラリーマン家庭が多かったせいか、吉村さんは小さいときから「お店屋さん」への憧れがあった。初めて一人で買い物に行った興奮を覚えているし、小学校高学年になるとちょっとした文房具をお小遣いで買うのが楽しみだった。中でも本屋は好きな場所。週末に家族で大型スーパーに買い出しに行くときは、本屋で親の買い物が終わるのを待っていた。「お店に入るといったら本屋。子ども一人でも入れたからかもしれません」
中学生で、電車で一五分ほどの商業施設内にできたヴィレッジヴァンガードに行き、本と雑貨とCDが一緒に売られている様子に、「こんなお店があったのか!」と衝撃を受ける。高校からはフリーマーケットに出入りするように。「古本屋に持ち込んだら一〇円のものが、自分で売ると三〇〇円、五〇〇円で売れていくのが快感で。物の価値っておもしろいなと感じました」
その頃、読書に目覚めるきっかけがあった。「高校の図書室の司書の先生がいい人で、「吉村くんあれを読んだらいいんちゃうか、きっと好きやで」とすすめられるままに村上春樹、村上龍、吉本ばなななどの小説を読みました。その中の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(村上春樹、新潮社)は人生で初めて周りが見えなくなるほど没頭した本です。同じ感じを味わいたくて能動的に本を手にとるようになりました」
高校の部活は美術部。大学は大阪芸大の写真学科へ。卒業後に写真スタジオに就職するも、数か月で退職。自室の棚から溢れる本を売ったらどうかとフリマ感覚でスタートしたのが本屋のはじまりだ。
もともと漫画好きな吉村さんは、漫画出身の作家の絵本を好んでいた。子どもが生まれてからは、別の視点で絵本が好きに。「子どもがちっちゃい頃は毎晩のように読んでいました。『ごぶごぶ ごぼごぼ』(駒形克己作、福音館書店)は読み方を変えて、何回も音やデザインを味わいました。元永定正さんの絵本は意味のわからなさもおもしろくて」と表情が綻ぶ。
実はコロナ禍、幼い自分の子どもたちと会えない事情があったという。「なかなか顔も見られないさみしさを子どもの本屋開店にぶつけたところもあります。あと「子どもの本屋やります!」と宣言する行為も好きなんですよね。みんなどんな顔するんやろと。あいつ何を考えてるのかと思われたいのかも(笑)」
どんな絵本が売れているかと聞くと『おばけちゃんだあれ?』(umao作、ケンエレブックス)を挙げた。「フィギュアやガチャガチャの会社の出版部がつくったボードブックのしかけ絵本です。umaoさんのグッズと一緒に売れていますよ」
店頭には本・アニメ・漫画などから派生したおもちゃ、ペンやマスキングテープといった文具がある。何がどのように売れるとき商売の手応えを感じるかと尋ねると吉村さんは首を捻った。
「何が売れても、自分が選んだものを認めてもらえた嬉しさなのか、買ってもらえたというプリミティブな喜びがあります。釣りにも近いかもしれない。じーっと待って、「あっ、それ買ってくれたんですね!」と。ずっと売れなかった本がようやく売れたときも嬉しいし」
当たり前のことだが、いろんな人がいろんな絵本を買う。「売れない絵本はないんだな」という実感の方が大きい。
「それと、ぽてとで同世代の絵本作家さんを応援できるようになったのは嬉しいです。昨日もスケラッコさんの新刊が出たからと買いにきた人がいました」
スケラッコさんとは一〇年以上前の自費出版漫画『磯辺チクワちゃんのお話』をFOLKに置いた頃からのつきあいだ。
吉村さんは自身のことを、自由な本屋でありたいと思う一方で、「こうでなければ」と型にとらわれそうになる、真面目さもあるという。世間の〝当たり前〟や〝あるべき姿〟を自然に意識に織り込んでしまうのか、自身の存在意義を探すもどかしさか……。本屋を続ける経済的な苦しさも常にある。
「「失われた三〇年」っていうじゃないですか。思春期くらいから景気がよくなっていくのを感じたことがなくて。今四一歳ですが、ずーっと低空飛行です。でも「立ち止まってらんねえ」とマグロみたいに泳ぐしかない(笑)。常に何かをしかけていないとお客さんに忘れられちゃいそうで」。ドライブ感が無くなったら終わり、という感覚を切実に生きている。
忘れたくないのは、ヴィレッジヴァンガードで「本もおもちゃも全部好きでいい」と言われた気がしたことだ。九〇年代に同店が体現した、おもちゃ箱のようなカルチャーを浴びたことは、間違いなく吉村さんの一部になっている。
さらに大学生のとき初めて訪れた神戸・元町のトンカ書店の話をしてくれた。
「ごちゃっとしつつも不思議と全てが調和していて。スニーカーもあるんですか、と聞くと「売ってくれって言われてねえ」と。店主の森本恵さんは五歳上で、僕と同じ年頃でお店をはじめていて、色々相談しても包み込んでくれる人でした。トンカ書店でも僕は「このままでいいんや」と許された気がして。行くとワクワクしたんですよ。「ザックバランな古本屋・トンカ書店」ってでっかい看板がかかっていてかっこいいなあと。うちも若い子にそう思ってもらえたら嬉しいんですけどね」
森本さんは亡くなったが、今は弟さんが花森書林として跡を継ぎ、その心地いい空気は継承されている。
ふと店内で本を読む子どもに目を細め、吉村さんはつぶやいた。「本が好きになるといいですよね。きっと、人生が少し楽になる。こんな生き方もあるんやと」
優しい声のトーンにこれまでの人や物との出会いがにじむ。ピリピリとした窮屈な世の中だが、ここで楽しく本屋を続けることで、誰かが「きっと、今の私のままで大丈夫」と自分を許し、ワクワクする気持ちになってくれたら……。吉村さんはそんな思いで、「ぽてと」の間口を大きく開き、お客さんが来るのを待っている。
(おおわだかよ・ライター)
子どもの本屋ぽてと
住所:〒541-0046 大阪市中央区平野町1-2-1
営業時間:火曜日〜金曜日 13:00〜19:00、土曜日・日曜日 13:00〜18:00 月曜日定休
Instagram:@kodomono_honya_potato









