小林エリカ [表紙に寄せて]風[『図書』2026年9月号より]

このところ、ずっと風のことを考えている。第一次世界大戦中にドイツの放射能研究者が開発した毒ガスも、第二次世界大戦中の日本の風船爆弾も、まさに風まかせ。2011年の原子力発電所事故でも、放射性降下物が各地の汚染度合いを分けた。どれほど科学技術が発展しようとも、風か、と私は思う。
この絵は『ロルフ』という作品のイメージボードだという。幾つもの実現しなかった企画のために描かれた絵のうちのひとつであり、それらがやがて『風の谷のナウシカ』へと結実する。かの映画を私がはじめて観たのは、8歳。金曜ロードショーのテレビ放映だった。怒りに我を忘れる赤い目をした王蟲の群れに釘付けになり、以来、私はビデオテープが擦り切れるほどそれを繰り返し観た。
数年後、私はテレビで湾岸戦争を見た。黒い石油塗れの鳥。爆弾の光。幼い私にとって、それが映画の中だけのものではないのだという事実は、衝撃だった。
今なお人間たちは、かの作品のごとく森を獣を虫たちを破壊し汚染し、戦いを繰り返している。もはや大人になった私は、戦争も破壊も止められないまま、ただ恥じ入る。それでも、私は、私たちは、いつか森や獣、虫たちと風とともに暮らし、ついには金色の野に降り立つことさえできるかもしれない。心のどこかで希望を捨てずにいられるのは、ナウシカという存在がいてくれるから。それは幾つもの実現しなかった断片から、10年の時を経て生まれたというのだ。たとえすぐには叶わなくとも、失敗と思われようとも、そんな世界を思い描き奮闘しつづければ、いつかきっと、と望みをかけたい。いま、ここにも、風は吹いている。
(こばやし えりか・作家、アーティスト)




