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山本貴光 岩波文庫百話

第34話 日本の歴史

 岩波文庫の「歴史・地理」(青帯400番台)に分類されている本の中で最も点数が多いのは、日本に関わる書目である。他の文庫ではお目にかかれないようなユニークな書目も少なくない。

 ところで、一口に日本の歴史に関する本といってもいろいろとある。古くは中国や朝鮮で書かれた史書に現れた日本についての記録を抜粋した本で、『新訂 魏志倭人伝・後漢書倭伝・宋書倭国伝・隋書倭国伝──中国正史日本伝1』(石原道博編訳、青401−1、1985)や『高麗史日本伝──朝鮮正史日本伝2』(上下巻、武田幸男編訳、青487−1〜2、2005)などはその一例。

 外からの視線という点では、日本を訪れた異邦人による種々の観察記も残されている。古いものでは1420年というから室町時代に朝鮮からの使節として日本を訪れた宋希璟の『老松堂日本行録──朝鮮使節の見た中世日本』(村井章介校注、青454−1、1987)がある。同書はそこに書き留められた15世紀日本の風景や暮らしや文化が興味深いのはもちろんのこと、表現がユニークで忘れ難い。希璟を日本へと送り出した国王は「出城の日より復命の時に至るまで」耳目にしたものを残らず記して詩にせよと命じたという。希璟はこれを忠実に守って同書を漢詩で著し、それぞれの詩に序を添えている。ソウルを出立し、対島、博多を経由して京都で足利義持に謁見し、再びソウルへ帰るまでのおよそ9カ月の道中で見たもの、出会った人や出来事が五言・七言の詩で綴られる様は、詩で編まれたパノラマのようでもある。

 また、戦国時代末期に来日して布教活動に従事したイエズス会士ルイス・フロイスの『ヨーロッパ文化と日本文化』(岡田章雄訳注、青459−1、1991)も面白い。例えば「われわれは履物をはいたまま家にはいる。日本ではそれは無礼なことであり、靴は戸口で脱がなければならない」(第一章37)とか「われわれの間では教えに背いた者は背教者、変節者とされる。日本では望みのままに幾度でも変節し、少しも不名誉としない」(第五章25)という具合に互いの違いに注目した文化比較だ。人びとの服装や所作、習慣や道具をはじめ、生活のさまざまな面について対比しており、よくもまあそれだけ細やかに観察していること、と驚かされることもたびたび。

 幕末から明治にかけて来日した人たちの日記や記録も多い。『アーネスト・サトウ 一外交官の見た明治維新』(上下巻、坂田精一訳、青425−1〜2、1960)は、幕末の激動に立ち会うことになったイギリスの外交官による回想録としてよく知られているだろうか。開国の大きなきっかけとなった黒船来航の記録をまとめた『ペルリ提督 日本遠征記』(全4巻、土屋喬雄、玉城肇訳、青422−1〜4、1948―55)、日米修好通商条約の交渉にあたったハリスの『ハリス 日本滞在記』(上中下巻、坂田精一訳、青423−1〜3、1953―54)、その通訳兼書記として来日したオランダ人ヒュースケンの『ヒュースケン 日本日記』(青木枝朗訳、青449−1、1989)などは、外交目的での来日とはいえ、それに収まらない見方を示している。

 他方、日本で書かれた本はどうか。江戸前期の医者で儒者の黒川道祐(生年不詳―1691)が山城国(現在の京都南部)を歩き調べてまとめた地誌『雍州府志──近世京都案内』(上巻、宗政五十緒校訂、青484−1、2002)や、尾張藩士の朝日重章(1674―1718)が30年以上にわたってつけた日記を抄出した『摘録 鸚鵡籠中記──元禄武士の日記』(上下巻、塚本学編注、青463−1〜2、1995)は、ありし日の京都や尾張を偲ぶよすがとして得難い本だ。後者は、日々の天気や自身の行動、訪れた先、会った人、食べた物だけでなく、どこの誰べえが誰それを殺めたといった町で生じた殺人や密通などの事件についても細々と記してあり、なんだか倒錯した言い方になるけれど、時代劇や時代小説のリアル版を読んでいるような心持ちでつい読む手が止まらなくなる。見たまま聞いたままをそのまま綴る様子がまるで鸚鵡返しのよう、というのが書名の由来である。

 そうかと思えば、失われゆく時代の記憶を惜しんで編まれたと思しき本もある。新聞記者の篠田鉱造が幕末明治を生きた古老らの話を聞き書きした『増補 幕末百話』(青469−1、1996)には、例えばこんな話が出ている。「私なんざアなにも彰義隊へ出る気はなかったんですが、出ないと斬られて了いますんで、引張出され党なんです。(略)彰義隊敗軍になった時には、どうなる事かと思いました」とはつまり、戊辰戦争で官軍に抗戦した旧幕臣らの彰義隊に駆り出された男の回顧談。参加した部隊が総崩れになったのをきっかけに逃げ出して、あちらこちらを彷徨った揚げ句、江戸に舞い戻っていまに至るという。そんな顛末を語ったあとに「夢のようですよ、こうして泰平の世に居るのは、なんとも申しようのない次第で」と振り返る。おそらく聞き書きをした篠田の筆も入ってのことかとは思うけれど、それぞれの語り手の生き生きとした口調も相まって、落語を聞いているような心持ちで読むうちに、虚実の境も分からなくなるような逸品である。姉妹篇に『明治百話』(上下巻、青469−2~3、1996)と『幕末明治 女百話』(上下巻、青469−4~5、1997)もある。

 また、『徳川制度』(上中下補遺、加藤貴校注、青496−1~4、2014―17)は、明治20年代の『朝野新聞』などに連載された歴史実録読み物で、よくぞ文庫にしてくれましたという大冊。江戸の司法・市政から始まって、経済、社会、風俗、各種の事件と、百科全書的な総まとめで江戸時代が気になる向きは座右に置いて損はない。

 こうした本を読めば読むほど、「日本」という一語で言い表されるものが、実際には互いに食い違いもする多種多様な印象や見方によって成り立っている様子も感得される。これもまた歴史に触れる功徳というものであろう。常に外来文化との接触・混淆を通じて形成されてきたこの日本という場所の姿を知るには、これらの本はうってつけなのである。

 ここで紙幅が尽きて、清水三男、石母田正、網野善彦らの日本中世史に関する研究書に触れられなかったが、以上、読者諸賢が青400番台に注目するきっかけになればこれ幸いである。

(やまもと たかみつ・文筆家、ゲーム作家)

[『図書』2026年9月号より]


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著者略歴

  1. 山本 貴光

    1971年生まれ。文筆家、ゲーム作家。現在、東京科学大学 未来社会創成研究院・リベラルアーツ研究教育院教授。慶應義塾大学環境情報学部卒業。著書に『文学のエコロジー』(講談社)、『世界を変えた書物』(橋本麻里編、小学館)、『マルジナリアでつかまえて』(本の雑誌社)、『記憶のデザイン』(筑摩書房)など。

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