高野秀行「逃げるとはすなわち自由と自立を得ること」——白石あづさ『逃げ続けたら世界一周していました』に寄せて
メディアでの紹介続々、話題の『逃げ続けたら世界一周していました』(白石あづさ著)について、ノンフィクション作家の高野秀行さんに書評をお寄せいただきました。
これほど人に薦めたくなる本を読んだのは久しぶりだ。
何と言っても面白い。笑える。驚く。
著者の白石あづささんは幼い頃から何をやっても要領が悪く、集団行動が苦手で、いつも周りから怒られたり浮いたりしてきた。でも、高校・大学時代に登山と旅に出会い、「ずっと閉じたままだった自分の前の扉が開いて、一気に世界につながった気がした」。以来、何かあったら旅や山に逃げることにしたという。しかもそのためにアルバイトをしてお金を貯め、「夜逃げ貯金」と名付けたというからそこでもう可笑しい。27歳のときには仕事が辛くなり会社をやめて念願の「世界一周夜逃げ旅」へ。
そこは驚きと笑いのワンダーランド。アメリカではガンで余命半年なのに旅をしている六十代の女性に出会い仰天(私もこの話には心底驚いた)、アフリカのナミビアでは軽い交通事故を起こしただけでなぜか刑務所に入れられてしまうのだが、受刑者の女性たちに超親切にされて大感動。かと思えば、「気が向かないと店を開けない中米の食堂のおじさん」とか「アフリカのサバンナエリアではお腹が空いたら面識のない誰かの家でご飯が食べられる」といった吞気な話題もある。
キューバでは独裁者カストロの演説会場で、演説が退屈なあまり地面に転がって昼寝してしまう人が続出する場面に遭遇して驚き、イスラムの戒律が厳しいイランでは地元の人たちに御馳走や密造酒を振る舞われて楽しむ。それを記す白石さんのユーモアあふれる筆致も素晴らしい。
本書のもう一つの魅力──ひいては外国旅行の魅力──は白石さんがナミビアの刑務所で悟ったことに集約される。「人は一面なのではなく、いろんな顔をもつ多面体」。人だけでなく国や民族もそうである。でも、ネットやテレビはもちろん、3泊4日のパックツアーではそんな多面性は見るのが難しい。自分自身の力である程度長い時間、旅をしないと出会えない。逆に言えば、そういう旅の仕方をすれば、誰もがひじょうに高い確率でこういう「目からウロコ」の体験ができる。
本書を読みながら私は「自転車の補助輪を外す」というイメージが浮かんだ。自転車に不慣れな子どもは補助輪をつけないと二輪だけで自立して走らせることができない。補助輪があれば安全は安全だけど、遠くには行けない。何かに束縛された感じがする。どこかで補助輪を外さないと自由で自立した自転車ライフは送れない。
海外への旅行はまさに「人生の補助輪」を外す体験だ。最初はバランスを崩したり転んだりするけど大怪我はしないし、そのうち誰でも自由気ままに走らせることができるようになる。その心地よさったら、ない。逃げてもよし、追いかけてもよし、頑張るもよし、遊ぶもよし。
本書では書かれてないので付け加えれば、多くの外国では日本よりはるかにマイノリティや弱者にやさしい。小さい子連れの家族、お年寄り、障害者や持病持ちの人、ペット連れの人も、外国への旅行に「逃げる」ことができる。
逃げるとはすなわち自由と自立を得ること。一見後ろ向きな題名をもつ本書には、今の日本人にいちばん必要なことが存分に描かれていると思う。
ノンフィクション作家。1966年東京都生まれ。早稲田大学探検部当時執筆した『幻獣ムベンベを追え』(集英社文庫)でデビュー。『謎の独立国家ソマリランド』(本の雑誌社)で第35回(2013年)講談社ノンフィクション賞および第3回梅棹忠夫・山と探検文学賞、『イラク水滸伝』(文藝春秋)で第28回植村直己冒険賞および第34回Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞。最新刊は『酒を主食とする人々』(本の雑誌社)。
白石あづさ
ライター&フォトグラファー。大学卒業後、地域紙の記者を経て、3年に渡る世界放浪後フリーに。アジア、ユーラシア、中南米、アフリカ、南極などこれまでに訪ねた国は100以上。著書に『中央アジア紀行 ぐるり5か国60日』(辰巳出版)、『世界のへんな肉』(新潮文庫)などの旅行記のほか、『お天道様は見てる 尾畠春夫のことば』『世界が驚くニッポンのお坊さん 佐々井秀嶺、インドに笑う』(ともに文藝春秋)などのノンフィクションがある。




