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金 範俊/Moment Joon 外人放浪記

第8回 私の誕生日は二つ〈金 範俊/Moment Joon 外人放浪記〉

1月21日

 フェイスブックの「友達」から誕生日お祝いのメッセージが届いています。自動で表示される、友達の誕生日のお知らせを見て書いてくれたのでしょう。スマホの中の各種アプリからも「誕生日」に合わせて「お祝い」を装ったクーポンや限定ディールが届いています。昨夜に眠るまでに全く気づいていなかった自分の「誕生日」を、スマホの通知から知らされて、やっともう1歳、歳を取ったことを実感します。ちょっと待て。じゃあ俺、今年で何歳になるんだ。算数に弱いもので5秒ぐらいかかってやっと値が算出されました。35だそうです。

 彼女が出勤する前に「夕ご飯、何食べたい?」と聞いてきて、「うむ、何でもいいよ。逆に何食べたい?」と、いつものように聞き返してしまい、彼女から「いや、そうじゃなくて今日はお祝いでしょ」と軽く叱られて、また忘れていたことを思い出します。あ、そうだ。今日、俺の誕生日だ。誕生日……

 

 あまり実感がないというか、むしろ忘れたまま生きていきたい自分の誕生日。しかし行政が、書類が「お前、またもう一歳取ったで」と言ってくることを止める方法はありません。ただ忘れたいのは歳を取るのが嫌だからではありません(好きでもありませんが)。実は、1月21日は私の誕生日じゃないからです。は?

生まれてもいなかった日にちが誕生日になった経緯

 1991年1月21日、私はまだこの世に生まれていませんでした。まだ母のお腹の中。実際に初めてこの世の空気を自分の鼻で吸い込んで「何で産んだの、いつ私から同意得たの」と泣き始めたのは、1991年の3月7日でした。

 生まれてもいなかった日にち、実際の誕生日より1か月半も早い日にちに、私は生まれたことになっています。その全ては、出生届を出した親の決定でした。最近はどうか知りませんが、私の両親が結婚して私を産むことを決めた1980年代末から90年代の韓国では、子供を一歳でも早く学校に行かせるべきだと広く思われていたようです。日本でも「早生まれ」の人は、その後から生まれた人より一年早く入学しますよね。日本では早生まれで早く入学することがよく「損」だと思われているみたいですが、韓国ではむしろ「得」だと思われていたようです。それは、「歳が一緒なら学年が一個上の方が有利」と思われていたからでしょう。

 でも「歳が一緒なら学年が一個上の方が有利」て、常識的に成立しない文章に読めませんか。歳というのは生まれた日にちによって違うに決まってるだろうに、一緒とはどういうことでしょう。それは、韓国では(日本や世界のほとんどの国と同じく)生まれた日にちから年齢を計算する「満年齢」と共に、生まれた月は関係なく、生まれた「年度」を基準に年齢を計算する「数え年」も、広く使われていたからです。

 近代以前の東アジア圏では普通だった「数え年」は、しかし現代の日本ではもう年配の方以外は中々馴染みのない概念なんでしょう。「なんか韓国の人の年齢は日本より一歳プラスするらしい」と理解している人もどれぐらい居るのかなと。数え年の正式な「数え方」は、①生まれた日から既に「一歳」。②歳を取るのは自分の誕生日ではなくお正月、1月1日です。従って1991年1月1日に生まれた人も、1991年12月31日に生まれた人も、1991年12月31日の時点では同じく「一歳」だし、年が変わって1992年1月1月になる瞬間、一緒に「二歳」になるのです。

 

 もちろん各種行政や公的な記録、メディアによる報道や公の場など、韓国市民の正式な法的年齢は「満年齢」のみですが、「数え年」は韓国の社会・文化にいかにも根強く浸透していて、満年齢以上に個人の社会関係を決定づける重要な尺度として使われてきました。

 例えば、「歳が一緒なら学年が一個上の方が有利」がそうです。上に説明した通り、韓国では生まれた「年」が同じなら、何月生まれかは関係なく同い年。そして、同い年なのに、早生まれで他の人より一年早く学校に入って、学年が一個上なら? なんだ、それで人より偉いと言える、ってことでしょうか。

 

 年齢、学年、大学の何期生なのか、入社は何年度なのか、それに加えて男性なら「軍番 1はいつなのか」などを基準に、つぶさに細分化され序列が決まる韓国社会。韓国に住まなくなって16年も経ちましたし、最近の韓国でもそこまで序列が重視されているかは分かりません。しかし、少なくとも私の親が私を産むことを考えた時期には、その序列において他人より「少しでも先に、少しでも上に」立って、また自分の子も他の子より「少しでも先に、少しでも上に」立たせることが重要だったのでしょう。

 韓国の入学式と学期は日本より一か月早く3月から始まるので、3月生まれの私はそのままだと同年度の4月以降に生まれの子たちと一緒に入学することになっていました。しかし、自分の親はそこで、私が生まれた「3月7日」を、陰暦(旧暦)で計算して、「1月21日」という数字を手にもって、そのまま私の誕生日を「1月21日」に登録して私を「早生まれ」にさせたのです 2。は?

俺の誕生日というジョーク

 こうして私は数え年社会の韓国で、少しでも他人より先に立つために、自分の誕生日を陰暦・旧暦に換算した日にちを「正式な誕生日」として登録され、この世に存在するようになりました。しかし、そこまでして「早生まれ」とさせられた挙句に、実際の入学年度は1990年生まれの子たちと一緒ではなく、1991年3月以降に生まれた子たち、いわゆる「遅生まれ」の子たちと一緒でした。は?

 早く学校に行かせるために親がそこまで無茶なことをしたのに、結局のところ早く入学もしなかった私に残ったのは、偽りの誕生日のみです。いや、実は偽りでもないのでしょう。国が認めて保証する私の誕生日は、1991年1月21日ですから。

 

 小さい時は、自分の誕生日を巡るこういった事情は知りませんでした。家ではいつも、3月7日に誕生日を祝ってもらいましたので。しかも3歳下の弟の誕生日は3月4日であるため、3月の1週目はいつも、弟と一緒に親からいっぱい愛情をもらう、ただ楽しい時期でした。

 「1月21日」という日にちに出くわしたのは、小学校低学年の時。初めてメールアカウントを作ってみた時のことでした。韓国では「住民登録番号」という、日本でいうとマイナンバー制度に似た、いや、それよりもっと重要で必須的な制度があります。全ての国民は生まれた時から13桁の住民登録番号が与えられ、前半の6桁の番号は生年月日、後半の7桁は性別を表す番号とランダムな数字で構成されます。この住民登録番号はあらゆる本人確認や認証の時に求められて、例えばオンラインの各種サービスでアカウントを作る際も、必ず必要となってきます。韓国社会に急速にインターネットが普及して、誰もがメールアカウントを作ることが流行りだった2000年代初期。学校からの宿題だったかどうか覚えていませんが、とりあえず「メールアカウントを作らなきゃ」となって、親から自分の住民登録番号を教えてもらった時が、「1月21日」という日にちに初めて出くわした時でした。

 

 もちろん「あれ? 僕の誕生日と違うけど」と疑問が湧いて、親に質問をして、親は説明をしてくれて、私は納得して、そのまま終わり。それだけのことでした。戸籍上の誕生日が1月21日であることを知った後も、相変わらず家で自分の誕生日は3月7日でしたし、陰暦・旧暦で誕生日を祝ったこともありません。自分の二つの誕生日のことについて深く考えたことも、そうする必要も全くありませんでした。成人して、日本に来るまでは。

平成3年(西暦1991年)1月21日生まれ、KIM BEOMJOON(キム・ボムジュン)

 日本に来て今年で16年。私の骨の隅っこまでしみ込んでいる一つの感覚、いや、事実があります。それは「人とは行政が決めるもの」ということです。人とは、戸籍、マイナンバー、パスポート、在留カード、逮捕歴、学籍、社員証、生年月日、携帯番号、口座番号、免許証、確定申告などで出来ているものに過ぎないということです。「行政が決めた」これらの情報を超えた所にある「人」、いや、それらの以前にあるはずの「人」というものの存在をいくら主張してみた所で、その人の生活、尊厳、場合によっては命までも、左右して運命づけられる力を、行政は持っているのです。ビザがないとそもそも日本に住めない私にはそのことがいわゆる「普通の人たち」より明確に見えてきます。日本における私の存在は、骨と肉で出来ていて今この空間を占めている「私」から始まるのではなく、紙と電子データの中の「平成3年(西暦1991年)1月21日生まれ、KIM BEOMJOON(キム・ボムジュン)」から始まるのです。

 

 私の誕生日が1月21日ではないと言ったって、ややこしくなるだけです。日本の行政側からすると私の誕生日て、良く言って「外国の変な風習によって起きたハプニング」に過ぎないし、悪く言っちゃえば「お前の誕生日が1月21日じゃないてどういうことだ、お前怪しいぞ、われわれに嘘ついてきたのか? ビザ取り消しだ」に至る可能性だってゼロとは言えないですよね。旧暦で誕生日を換算したという文化的な背景や、そこまでして息子を早く学校に行かせたかった社会的な背景なども、日本社会とは共通しない、外国の事情に過ぎません。

 

 今ここに居る「私」と、「平成3年(西暦1991年)1月21日生まれ、KIM BEOMJOON(キム・ボムジュン)」。創作活動を通して「私」が豊かになればなるほど、行政が決めて認めている「平成3年(西暦1991年)1月21日生まれ、KIM BEOMJOON(キム・ボムジュン)」と「私」の距離は、離れていく気がします。いくら心を注いでMoment Joon名義で音楽活動や執筆を続けた所で、その活動だけでは実質的にビザが取れないのが現状で、今までは「留学」で、卒業後はまた違うカテゴリーのビザで日本に住み続けていくしかないのです。従って過去16年間の私の存在は、どこか不完全で、どこかずれていました。完全な「私」として、この地で生きていなかったので 3

 

 でも、それはどうでも良いのです。創作活動だけで生活できていないとか、それでビザがもらっていないとかは、単純にプライドの問題かも知れません。そんな「世の中からの認定」とかより、自分がやりたいこと・やるべきことを真っ先に考えられる人なら、他のことを並行して自分を支えるくらい、辛抱でも何でもないのでしょう。

 

 それでも、どうしても耐えられないのは、誕生日のことです。自分は3月7日に生まれたという真実。そんな真実とは違う1月21日という現実。プライドの問題ではなく、「真実」と「現実」が違っていることから生まれる、自分の存在のあやふやさが、私は嫌です。しっかり両足で立って生きているのに、常に嘘を背負っているような自分の存在。堂々としていたい、真実と現実が合致する人生を生きたい。生きたことのない、1991年1月21日から1991年3月6日までの人生なんて、要らない。でも、誰に訴えればよいのでしょう。私の45日間の嘘は、誰に返せばよいでしょうか。

初期設定がこうなってるんだから

 今よりもうちょっと頻繁に母と連絡を取っていた時期に、母にこのことについて話したことがあります。「私、実際に生まれた日が誕生日じゃないの、正直嫌やわ」と。「何言ってるの、あなたの誕生日は3月7日だよ」と母は答えたのですが、世の中の全てが自分は1月21日生まれだと言ってるのに、家族や母国からも離れた所で、母だけに「あなたは3月7日生まれ」と言ってもらっても、そんなのは残念ながら通用しないと、母に説明しました。

 そうしたら母から、今まで隠していたという話をしてもらいました。確かに私を妊娠した時には、社会風潮的に「早く学校に行かせなきゃ」が流行っていて、当たり前のように早生まれの方が私にとって良いことだと思っていたと。でも私が6歳、7歳になった頃には、早生まれで早く学校に行くと、同じ学年の皆より一歳下になるから、むしろ不利なんじゃないかと、社会雰囲気はまた変わっていて、それで学校は91年生まれの子たちと一緒に行かせたと 4

 でも、やはり私の本当の誕生日じゃない日が戸籍上の正式な誕生日に登録されていることに、母も罪悪感を感じて、私には言わずに変更、いや、修正できる方法はないか、調べてみたそうです。役所に行って聞いたり、法律事務所で相談を受けたりもして聞いた答えは、家庭裁判所まで行って、長い審査と手続きを全て通れば、変えてもらえる「かもしれない」という答弁だったそうです。何年かかるか、その準備やプロセスにどれほどの労力とお金がかかるか、そもそもそれで変えられるのか、何一つ見通しが立たなかったため、母はそこで諦めたそうです。

 

 全て親の決定によるハプニングですから、二人を責めれば簡単でしょうけど、偉いことに、このことを巡って親を責めたいと感じたことは一度もありませんでした。まぁ、第6回に書いたような他のことがデカすぎて、こんなことにまで回せる憎しみが残っていなかっただけかもしれませんが。今更日本から韓国の裁判所に通いながら、そもそも可能かどうかも分からないことに時間とお金を使う気も、もちろんありません。

 「何かずれている、合っていない」という、自分だけが感じているその気持ちさえ抑えられれば、何ら障害にもならない、ただの数字なんだから。そもそも、真実と現実が合致する人生なんて贅沢すぎる話なんですよね。我々人間にできるのは、生まれながら与えられた条件を手に持って、ただ頑張って生きていくしか、とか。

 

 確かに、頑張って生きてきた「平成3年(西暦1991年)1月21日生まれ、KIM BEOMJOON(キム・ボムジュン)」に、私は冷たすぎたかも知れません。「こいつはあくまで『私』を描いていくための土台だ」とか、「本当の『私』になるのを制限している初期設定」と見なすとか。「平成3年(西暦1991年)1月21日生まれ、KIM BEOMJOON(キム・ボムジュン)」が入管に行ってビザを取ってこなかったら、存在すら出来ないくせに。

 

 それでも、それでも、私には未だに「平成3年(西暦1991年)1月21日生まれ、KIM BEOMJOON(キム・ボムジュン)」のことが、なかなか愛せません。親の欲望と韓国社会という文脈によって形作られ、また「日本の行政が判断した有用性」によって存在が許されている彼ではなく、自分の力で作ってきた Moment Joonの方が、それでもまだマシだと、どうしても思ってしまいます。真実と現実の合致なんて、贅沢であると知りながらも、私はその考えを止められないのです。

それで自由になれると思ってんのら

 誕生日は変えられないですけど、まだ出来ることはあります。名前です。私は自分の名前のローマ字表記「KIM BEOMJOON」も好きではありません。本名の「김범준」から「KIM」は良いとして、2文字目の「범/BEOM」が一番の問題です。韓国語の母音「ㅓ(IPA [ʌ̹], [ə])」をローマ字で表記するために韓国でよく使われるのが「EO」という表記ですが、(実際英語圏に住んだことがある私から保証しますが)初見でこの「EO」の表記を韓国語の「ㅓ」に近く発音する英語ネイティブなんて居ません。「BUM」って書けばもっと元の発音に近いのに、と思ってしまいますが、実は英語で「bum」て書くと「お尻」て意味があったり、また読み方を「ブム」にする人も居るから、この表記もダメなんですよね……

 3文字目の「준/JOON」は問題なしだと思いきや、日本ではこれを「ジョーン」と読む人が大半です。英語の「O」は日本語でいう「オ」、従って「O」が二つあったら「オー」、というロジックなんでしょう。「Moment Joon」を「モーメント・ジョーン」と読むなら、是非同じロジックで「Sailor Moon」は「セーラーモーン」と、「Afternoon Tea」は「アフターノーン・ティー」と、「Coming Soon」は「カミング・ソーン」と読んで欲しいのです。

 

 誕生日と同じく、親が、韓国社会の規範に沿って決めた、名前のローマ字表記。やっぱ好きじゃありません。長い間、日本に住む外国人で漢字で名前が登録できるのは中華圏の人だけだと思っていましたが、この前に永住権を取った大学の後輩から本名の漢字で登録が出来たと聞いて、私も自分の漢字の名前を、在留カードに入れてもらいました。「金範俊」。現代韓国で漢字はそんなに使われてはいないけど、名前の漢字は嘘じゃないし、異文化間の翻訳による意味のロスを最低限にした、それでも真実に近い私の名前。従って2024年からは実は「平成3年(西暦1991年)1月21日生まれ、金 範俊(KIM BEOMJOON/キム・ボムジュン)」として生きています。

 

 しかし、これも結局は親から与えられたもの。自分も弟も、そしていとこたちも皆「俊」を名前に入れることが大人たちによって決まっていて 5、「範」という文字は「他人に模範となる立派な人になりなさい」という意味を込めて父が付けたそうです。「人の模範になんかなりたくないよ。私から同意得たの?」みたいなことは、もう思春期じゃあるまいし言いません。嫌なら変えるか、新しく作ればいいのです。

 

 そうやって「Moment Joon」を作って、まるで毎日が3月7日であるように、堂々と振る舞って、歌いながら生きてもみました。しかし、真実と現実の溝を埋めるどころか、そもそも「Moment Joon」も真実ではない、と確認するだけでした 6。そもそも「自分で決めたから真実」「自分の意志だから真実」自体が、虚像なのでは。「行政が決めた私」「環境によって形作られた私」じゃなくて「自分の意志で出来ている私」として生きられたら、それが真実で、それで自由になれるのか。その「自分の意志で出来ている私」なんて、完璧に制御できないし、分からないことだらけなのに。もちろん、他人の意志によって決められる人生と、自分で決めていく人生の違いは大きいでしょうけど、「真実を生きられるか」の問題においては、根本的な所で人間にはそもそも無理なのです。私を含む多くのアーティストたちは、創作を通して「一瞬だけ」真実と現実の一致を味わってみる、神ごっこをしているのでしょう。

 

 じゃ、どうするのか。真実を生きることが虚像であると分かったとしても、その熱望は消えません。今までの通り「一瞬だけ」真実を味わいながら生きるのも、選択肢でしょう。自分で名付けた「Moment」の意味通り、私は「刹那」を追いかける宿命なのかも知れません。

 それともその刹那に頼らず、言葉の海に身を投げて、頭でその真実に近づくための「勉強」を続けることもできるでしょう。それとも、自分から言葉を操って、テーマと展開があり、最後には理解しやすい「バイトサイズの真実」で自分と世界のことをまとめていく、エッセイ的な生き方を続けることも。

 

 Если не, we can let go of the 可能性自体を 자유로워 질 수 있다는. Да? Why 三十五? Почему не 예순여섯歳?必ずДжун이여야 하나? ヴィクトル myun dame? Embrace the メス, признайте что 신지츠와 インガンエゲヌン Salsu Dekinai котово。ウェ Sangatsu нанока ни 픽세이티드 온? Pochemu ニェ двадцать 피예르바야 六月? Laugh the shit off. 범준아, 희망을 버려. そして、頑張って。С днем рождения.

 

1. 徴兵で入隊した時に与えられる兵士の識別番号。入隊した年度から始まる。ほとんどの男性が兵役に行く韓国なので、除隊して民間人に戻った後も男性社会では「お前、何年度の軍番だ」と、序列関係を決める際に使われたりするそうです。

2. 誕生日や法事のための命日などを旧暦で数えるのは、自分の親世代まではそんなに珍しいことではありませんでした。私の親も誕生日はいつも旧暦で数えて祝ってきたし。しかしそんな親でさえ、戸籍上の誕生日は西暦で登録されています。は?

3. ここまでご覧になっている入管関係者の皆さま、いつもお世話になっております。平成3年(西暦1991年)1月21日生まれ、大阪府池田市井口堂2-8-8グリーンハウス25号居住のKIM BEOMJOON(キム・ボムジュン)です。誤解を招かないように補足で説明いたしますと、これら全ての活動はあくまで「課外活動」として、資格外活動許可の週28時間の規定内で行ってきました。学生としての本分に充実し、勉学と研究活動もしっかり行ってきました。どうかご参考までに宜しくお願いいたします。

4. は? ははは。はははは。はははははははははははははははははは

5. 親戚の兄は「尚俊」、私の弟は「豪俊」です。しかしこのルールは、男の子たちだけ。は?

6. その隔たりで苦しんでいた時期の私のわめきが聞きたい方は是非前作『日本移民日記』を。

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著者略歴

  1. Moment Joon

    本名「金 範俊」。韓国ソウル出身、大阪在住の外国人・移民。2010年に大阪大学文学部に入学、渡日。「Moment Joon」名義で日本語でラップ音楽を作って2019年からEPやアルバムなどを発表、2021年に渋谷でワンマンライブを開催するなど。ヒップホップにおける差別用語の研究で大阪大学文学研究科の博士後期課程に在籍中。日本語で執筆活動も行い、2021年には岩波書店からエッセイ集『日本移民日記』を刊行。「移民」の目線で日本や自身の生き方を眺めた前作から一歩離れ、自身の真実を生きてみるために本名のままあえて「外人」という言葉を浴びて書いていく放浪記。

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